第7話 翼の覚悟

 MASTAR大師室では、情報戦略室や人事部が作成した新部隊編成が完成し、部隊の再編成を終えて赤狼七星達に対して出撃用意を掛けていた。


「翼、この戦いに終止符を打つ時が来た」

「随分と速い終止符だがな……」


 そうつぶやきながら、翼は自身のデスクの前にあるマイクのスイッチを押し、放送を始めた。


『MASTERに忠誠を誓う同志達に次ぐ。いよいよ俺達による東京精圧の目的が達成されようとしている。この戦いに勝利し、家族の為にも、愛する者の為にも、仲間の為にも、そして、自分の未来のを手にする為にも、必ず生きて帰ってきてほしい』


 そう言う翼の表情は真剣そのものだった。彼自身、これ以上同士が命を無為に落とすのを見たくないという思いが誰よりもあった。だからこそ、そう言う翼の声に感情が乗るのも無理ないと、御影は思っていた。


『ではこれより、全部隊の出撃時刻を発表する……』


 そう言い終えると、翼は赤狼七星を始めとする全部隊の説明時刻の発表を続々と始めた。


「御影君、どうやら吹っ切れたようだな」


 デスクで仕事をする加山は、そんな翼を見てそう言った。


「吹っ切れたというより、これ以上同志の犠牲を出したくないって思いが強くなったんだと思います」

「まあ、あの台詞が彼の本心であることは分かっている。だがそうなれば、彼と一騎打ちをするというのは……」

「奴は俺達の計画の最大の障壁。そして奴を倒せるのは翼以外にいません」

「翼君以外に、か……」


 そう言う加山の表情は、どこか感慨深さがあった。


「加山さん?」

「いや、あの正義感の強いだけの少年が、ここまで成長したことが、何というかね……」

「そうですね。俺もあいつと知り合った時の同じこと思いましたけど、あの時からああいった部分は変わってないですね。でも、よくあの時抱いた正義感をあそこまで持てる奴はなかなかいないと思います。普通だったら現実の厳しさに妥協する連中が多いのに」

「子供っぽい部分はあるが、それでも一つの信念を貫けるのは大したものだ。だか、だからこそ君達は彼を支えたのだろ?」

「まあ、俺にとっては、弟みたいなやつですからね……」


 そう言って微笑む御影を、加山は穏やかな表情で見守った。


『……以上だ。そして今回もう一つ、お前達に報告すべきことがある』


 その直後、遂に翼の口から例の件に関することが発表された。


『俺達の計画達成の目的に対し、最大の障壁となっている新選組モドキの黒狼を、俺の手で討つ。その為に、俺はこれよりあきる野市に向かう。大丈夫だ。俺は必ず奴を討ち、お前達の未来を切り開く力になる。だから、これからも俺に力を貸してくれ。放送は以上だ』


 そう言って翼は放送を終えた。


「さて、あいつらの反応はどうなるのか、予想できるか?」

「混乱に陥ってるだろうな。連中は総次の活躍を知ってるし、昨日の戦いで直接戦って恐怖を抱いたものもいる。俺が死ぬんじゃないかと心配してるだろうな」

「おいおい、言い出しっぺのお前がそんなこと言ってどうすんだよ」


 御影は翼のネガティブ発言に突っ込みを入れた。


「死ぬとは言っていない。だがそれだけの危険ととなる合わせになることは覚悟してる。あいつらだってその辺りは理解してる」

「しかしだな……」


 そう御影が言おうとした瞬間、翼のスマートフォンがバイブ音を鳴らし始めた。発信者は八坂だった。


「幸村だ。どうした?」

『さっきのお前の放送を聞いて、ちょっとな……」


 そう言う八坂の声はどこか不安げだった。


「済まないだ。唐突な発表になって……」

『いや、お前のことだからピンピンしながら帰ってくると信じてるわ。あんたは簡単に命を落とすような奴じゃない。そして、必ずこの戦いに勝利して、私達それぞれの未来に続く扉を切り開いいてくれる。だから、死んだら許さないわよ』

「や、八坂、お前……」


 不安交じりの八坂の言葉に、翼は戸惑う。これまで自分のことを信じ、そして常に自分に対して心配するようなそぶりを見せなかった八坂が、彼に初めて見せたものだったからだ。


『あたしだけじゃない。アザミだってそうよ』

「アザミが? それは一体……」

『翼っ‼』


 そう言いかえた翼の受話器越しに、アザミのはつらつな声が響いてきた。


「アザミ……」

『翼、絶対に生き残ってよ。あたし達の未来を創る為にやってるんでしょ? その為ならアタシっ、命だって掛ける‼』


 その言葉がアザミの心からの言葉なのは、翼にも理解できた。

アザミだけでなく、赤狼は浅永コンツェルンが運営していた児童養護施設で育った不幸な子達が大半であり、中にはアザミのように、親や友人や思い人に恵まれなかった人物もいる。

翼に赤狼の構成員達が強い忠誠心を抱くのは、そう言った孤独から救い、これからの未来を切り開くという強い意志とカリスマ性を持った彼に使えたいと純粋に思ったからである。


『だから翼、その為ならアタシは……』

「それ以上は言わなくていい。それとアザミ、俺はお前には生きて……」

『翼、絶対に沖田総次を倒して……‼ じゃあね……』


 その言葉と共に、アザミは通話を切った。


「アザミ。お前には、いや、お前達には命を無駄にしてほしくないんだ……‼」


 静かにつぶやいた翼の言葉が、大師室にこだました。

 その直後、待っていたかのように御影が尋ねた。


「翼、準備は整ったか?」

「ああ。言ってくる」


 そう言いながら翼は、椅子に掛けていた真紅のマントを手にして豪快に羽織り、大師室を後にした。


「御影君。三上アザミと五十嵐八坂、そして桐原瀬里奈の部隊の出撃準備が整ったようだよ」

「では、出撃させてください。進撃ルートは既に連中に伝えてあります。続いて慶介と尊の部隊も出撃させます」

「それで、新見君と狭山君はどうするのかな?」

「それについてですが……」

「報告ですっ‼」


 するとそこへ、赤狼の構成員の一人が慌てて入って来た。


「どうした?」

「大通りに回していた偵察部隊から、新選組モドキの長刀使いと弓使いが部隊を率いて出撃。もうじき、我々が率いている部隊と激突予定ですっ‼」

「何っ⁉」


 その報告を聞いて踊どいたよ数を見せた御影。


「……御影君。援軍として、新見君と狭山君の部隊を向かわせるべきだと思わないかね?」

「そうですね。直ぐにお二人の部隊に緊急出撃を頼みますっ! 再編成した舞台となると数は大幅に経ていますが、千五百人は率いることは出来ますので、何とかなるはずです」

「分かった。すぐに二人に伝える」


 そう言いながら加山は至急に安正に電話を掛けた。剛太郎に関しては、安正が伝えると判断し、あえて連絡から外した。


「ご苦労だった。お前は持場に戻っていい」

「了解っ!」


 そう言いながら報告した構成員は二人に敬礼し、その場を駆け足で去った。


「やれやれ、物事、計画通りに進まないと思ってたが、それでもこうも事態が急変するとはな……」


 あまりに予想外の事態に、御影は愚痴をこぼすしかなかった。


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