第15話 混沌の切り札
鎮圧から十時間後の午後七時三十分。新戦組局長室で、麗華は薫と共に情報管理室、及び事態の事後処理を担当した大師討ちから得た民間人の被害者の報告を受けていた。
「全地区での推定犠牲者は二千五百人弱……」
「渡真利警視長達、ここまでやるなんて……」
予想以上に犠牲者が出ていたことに、麗華も薫も心を痛めていた。
「……今後に関しては、新戦組の部隊再編成を中心に、各部署の調整を整えるわ。いかなる状況に置かれても即応できるようにね」
「総務部と一緒に、その辺りはお願い……」
そう言いながら俯く麗華は、そこから何も言わなかった。
「麗華……」
「色々、思うことはあるわ。でも今はこれからのことを考えて行動すべき。そうでしょ?」
「そうね。そう、ね……」
うつむいたまま沈んだ状態の麗華を背中で感じながら、薫は総務部へ向かう為に大師室を後にした。
(渡真利警視長の暴挙を潰すことが出来た。今後のことを考えての準備も出来る。でも……)
薫には今後どうすべきかが見えなくなっていた。いかなる状況に即応できる為の準備は出来る。だが、その先、自分達が自分達の戦う意思を貫くことが出来るのかの自信がなくなっていた。総次から聞いた幸村翼の性格を考えると、自分達の方が正義を抱える資格がないのではと思い始めていたからだ。
「薫ちゃん」
そんなことを考えていると、紀子が影子を伴って薫に声を掛けた。
「紀子先生、影子」
暗い表情で言葉を返す薫。それは影子と紀子も同様だった。
「薫、あなたが気落ちするのは無理ないわ。でも、私達も同じ。目の前で民間人が多く殺された。MASTERにではなく、警察官によって。見たくもない光景だったわ」
「そうね。ショックはあなた達の方が遥かに大きいわね。私なんかと比べれば……」
影子の発言に申し訳なさそうに答える薫。現場で惨状を目の当たりした彼女達の手前、つらいとは言えなかったからだ。
「でも、あなたはこれからどうすればいいのかを考えなければならないわ。そのプレッシャーは、私達には想像できないほどのものでしょうけど、決して無理しないで」
そんな薫の右肩に手を添えながら、暗い表情に鞭打つよう、穏やかな表情で紀子は言った。
「紀子先生……」
「私達も微力だが出来ることをする。だから、一人で抱え込まなくていい」
紀子と同じように薫の左肩に手を添えて耳元で静かに激励する影子。すると薫は瞼が熱くなるのを自覚した。
「二人共……」
そして薫はその場に嗚咽しながら静かに崩れ落ち、二人に左右から抱きしめられた。
⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶
報告を終えた後、第一遊撃部隊の隊員達に休養を取るように指示を出した総次は、真からフリールームに呼び出されていた。総次達が座っている席のはす向かいには、休養を取った花咲姉妹と修一と未菜が着席していた。
「それで椎名さん。あの時のが失敗とは言い切れないって一体……」
「さっき夏美ちゃん達から聞いたことを総合すると、二つの闘気による反発で生まれた空間が、闘気や物体に関係なく全てを消滅させた。それで僕は思ったんだ。これはひょっとしたら、闘気による究極の盾になるかもしれないということだよ」
「究極の盾……」
「今の君の基本戦術は、機動力を軸にした攻守のバランスにある。だが、いくら強力な闘気を持っていたとしても、時として相手の強力な技で押し切られることもある。今回の渡真利警視長との戦いでも、そう言った場面があったと聞いている」
「確かにあの力は相当なものでした。純粋な力で戦い続けるには限界があります」
「君にはそれを利用してカウンターに繋げる手段もあるけど、そちら方面でも限界がある。力比べは君の本領ではないと。そこであの力だ」
「……強大な力を無効化する力と、そういうことですか?」
自信なさげに応える総次。彼からすればあの現象自体が失敗の副産物でしかなく、大して戦力に思えなかった。
「莫大な闘気や無数の銃弾や矢玉に対し、あの技は効果的だ。接近しても相手の武器を消滅させてしまうことも可能だろう」
「究極の、護りの技」
「そう。でも莫大な闘気を使用するから、発動すればその後は闘気を殆ど使えなくなる。扱いにくいけど、切り札として使える。あの時の感覚を覚えているかい?」
「覚えています。闘気の出し方もあの時と同じようにやっていたので」
「ならその感覚を忘れないようにやってみればいい。究極の闘気の盾を使う為にもね」
総次に対して激励するように説明した真だが、総次の表情は暗かった。
「……今でもこの現象を技ではなく、失敗とは思っています。確かに椎名さんの説明を聞けば有用性はあると思いますが……」
「でも、失敗から成功というのは生まれることがある。その時に見れば失敗だけど、ゆくゆく成功に繋がることだってある。この現象も、その一つと考えることは出来ないかい?」
「……」
暗い表情のまま俯く総次に、真は更に説得を続ける。
「麗華から聞いたけど、君がこれまで生み出した技の中には、失敗を重ねたり、失敗そのものを応用したものもあるらしいね」
「確かに、狼牙の派生技は、抜刀の失敗やタイミングミスが理由で生まれましたが……」
「それと同じことだと思えないかな?」
真に優しく、しかしはっきりと言われた総次は、ゆっくりと面を上げる。
「……失敗を成功に繋げる……確かに、やってみる価値はあるかもしれません」
そう言いながら総次の表情から徐々に暗さが抜けていき、真剣なものに変わっていった。
「ろうじゅん……」
「「「「「ろうじゅん?」」」」」
突然聞きなれない言葉を聞いた真達は、理解しきれていない様子で異口同音に復唱した。
「夏美さんが、あの時の闘気が狼の顔を象っていたと言ってましたよね。だから、狼の盾って書いて……」
「狼盾っていうのかい?」
真に指摘され、総次はやや気恥ずかしそうに頷いた。
「悪くないと思うよ、総ちゃん」
そう言いながらベンチに座っていた夏美が腰を上げて総次の隣に歩み寄る。雪崩れ込むように修一達も総次に駆け寄った。
「俺もいいと思うぜ。狼盾って」
「全てを防ぎきる盾。あの力を生かせれば、確かに大きな力になると思います」
「澤村さん、冬美さん……」
夏美に続いて、修一と冬美は笑顔で後押しする。
「まあ、これからこの技を完全にモノにする為の修業が必要になると思うけど、怪我したら私が手当てしてあげるわ」
未菜も総次の背後に回って両肩に手を置きながら激励する。
「とは言え、今の君は闘気がない状態だから、特訓は無理だろうね」
「ですが、明日までには戻るかもしれません。闘気は使い切った場合、基本的には一日で回復すると言われています」
「そうだね。今日はゆっくり休んで、明日に備えればいいよ。でも、これで決意は固まったんじゃない?」
「僕も覚悟を決めました。この失敗がこれからの僕の戦いの力に繋がるのであれば、その可能性を信じてみようと思います」
しっかりと、全員を見渡しながら宣言した総次。
「とは言え、反発をフルパワーで行うと急激な速さで闘気を失う以上、融合を行った時の感覚を、戦闘中も常時維持し続けることを目標にやってみよう。いついかなる時も即座に発動できるようにね」
「はい。必ずものにして見せます」
真剣な表情で宣誓した総次に、真達も笑顔になっていた。
『新戦組の組長、及び遊撃部隊司令官。陽炎は大至急局長室へ集まってください』
突如、放送が本部全体に伝わり、総次達は席を立って未菜と別れて局長室へ向かった。
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