第16話 最終決戦への宣戦布告

「遅くなって、申し訳ありません」

「ギリギリセーフだぜ、おチビちゃんよ」


 真達と共に局長室に駆け込んだ総次を飄々とした態度で出迎えたのは佐助だった。既に局長室には総次達五人以外の組長と陽炎が揃い、部屋の中央にの長方形のテーブルに置かれているノートパソコンに映し出された映像を眺めていた。


『日本の治安と民衆の安全を守る誇り高き警察官達よ。貴様らのこれまでの正義に対する姿勢、確かに見させてもらった』


 そこに映し出されていたのは、赤い狼の仮面を被ったMASTERの現大師。幸村翼だった。


「つい十分前に、動画サイトに投稿されたMASTERの動画よ」


 佐助達と同じように動画を眺めながら、薫は総次達に事情の説明をした。


『だが、俺達は貴様らに失望した。それは貴様らが、自分達の足で自分達が掲げる正義を汚したからだ』


 そう翼言った途端、映像が切り替わる。


「おい、これって……」

「嘘でしょ……?」


 修一と冬美は言葉を失った。そこに映し出されていたのは、今朝の東京各地で大師討ち・渡真利派メンバーが多くの民間人を虐殺している映像だった。


「やはり翼は、都内各地に映像記録を担当する部下を送り込んでいましたか……」

「まだこの件はマスコミが取り上げていなかった。現場の状態はかなりひどかったからね。ある程度整えてから行う予定だったのが、先を越されたってことか」


 映像を見ながら、総次と真は状況を即座に把握し、的確に捉えていた。


「二人の懸念が、現実になってしまったわね」

「総次と、真さんの? 」


 総次と真を見ながらの薫のその言葉に、修一は驚きながら彼らに視線を移す。


「二人は事件が起きた時に、こうなる可能性を考えていたわ」

「まぁ、オチビちゃんが言ってた奴の性格を考えると、頷けるな」

「またしても情報戦で先手を取られてか。手ごわい敵でごわす」


 佐助と助六は納得した様子を見せたが、同時にその表情からは悔しさがにじみ出ていた。そうしながら一同は改めて翼の演説に耳を傾ける。


『今の警察に誇りや正義を持ち続けて職務に励んでいる者がいることは我々も理解しているが、それ以上にその正義に背く行動を起こした者達がいた』


 徐々に翼の声に怒気が含まれてくる。


『我々を否定する為に、新選組モドキと市街地で内乱を起こし、挙句に罪なき民間人を巻き添えにしたっ。貴様らの警察官としての正義はどこへ行った‼』


 演説中の翼の声には怒気が多分に含まれていた。


『法に携わる者も、義務を果たさずに怠り多くの犯罪や腐敗を見逃し続けた。法治国家を支える者として貴様らの誇りは、既に消え失せたと見える』

「否定できねぇが……」


 陽炎のリーダー・高橋翔は壁に寄り掛かりながら翼の演説に一定の評価を下したが、その表情はどこか曇っており、完全に同調している様子はなかった。


『我々新生MASTERなら、それらの行為を迅速に、そしてより正しく執行できる。それはこれまでもの我々の行動から貴様ら自身が一番理解している筈だ』

「そうだけど、ちょっとやりすぎだよ……」


 清輝も翼の強引なやり方を見てきた為、複雑な心境を抱いているようだった。


『貴様らが、どうしても自分達の正義を、そしてこの国の法と秩序を守りたいと心から思うのであれば、潔く貴様らの正義の御旗を俺達に譲るべきだがそうもいかないだろう。なれば実力で貴様らの正義を奪うのみだっ‼』


 翼のその言葉に、局長室に集まった一同は戦慄を覚えた様子だった。


(やはりそうなるか。翼)


 その中でただ一人、総次だけはこの状況を目の当たりにしたであろう翼の行動と、その心情を的確に洞察していた。


 そして放送が終盤に差し掛かり、翼は深紅の狼の仮面を外して素顔を晒した。


『十日後、東京は貴様らの骸で埋まり尽くすだろう。その時まで、せいぜい足掻くがいい。そして国民も立ち上がるのだ。この国の腐敗を正し、寄り寄り国にするには、あなた方一人一人の力が必要なのです』


 その言葉を最後に映像は途切れ、画面は暗くなった。


「……宣戦布告だね」


 聞き終えて納得した様子でつぶやいた真。彼も総次から聞いていた翼の性格から、どこか翼の行為に納得している様子だった。


「SNSじゃあこの映像が拡散され、市民が警察と新戦組に敵意を向け始めてるな」

「更にネット上のみならず、幸村翼を支持する勢力が複数作られ始めているでごわす。先代大師と違い、犯罪者や汚職を働いた者達を自らの手で粛清せず、検挙を警察と検察に任せ、自発的に武力行使をしなかった新生MASTERと幸村翼への評価故に、と言えるでごわすな」


 佐助と助六はスマホ画面を見ながらそう言った。


「この様子だと、みんな覚悟は決まってるみたいね」


 俯きながらソファに腰かけて聞いていた影子が全員に向かってそう言った時、一同は無言で首を縦に振った。


「動画を見るまでもなく、私達と警察は罪なき民衆を巻き添えにしたのは事実」

「そんなっ‼ あたし達は渡真利のやり方が間違ってるって感じたから戦ったのに……」


 哀那は不安を口にしたが、麗美はムキになって反論した。


「既に幸村翼のカリスマ性に心を奪われた民衆が多くなってるわ」


 現状に対して思いつめるように険しい表情の麗華。


「この映像が彼らの手で編集されたもので、警察や新戦組を貶めようと思っている民衆もゼロではないと思いたいけど……」

「少数派ですね」


 薫の言い訳とも捉えられる言葉を総次に一刀両断される。更に麗華と薫に険しい表情を向けた


「文京区役所襲撃の件、渡真利警視長は事前に知っていたんですか?」

「……ええ。知ってたわ」


 総次の言葉に折れて白状した薫の言葉に、局長室の空気がピンと張り詰める。


「やはりあの時、渡真利警視長に対して異議を申し立てるべきだったのではと、思ってしまいます……」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。どういうことなんスか?」


 全く話が見えない様子の修一は、麗華と薫に尋ねる。


「あの襲撃を、渡真利警視長は事前に察知してたんだけど、MASTERへの武力制圧の大義名分を得る為に黙認したの。私も薫も、事が起きた後に警備局長から知らされたわ」

「そんな……」


 力なくそうつぶやきながら、修一はその場に崩れ落ちる。


「これからどうしたら……」


 冬美も麗華の説明を聞いて愕然とした表情をし、真の方を見ながら尋ねる。


「とにかく、現状整理と確認を優先させるべきだろうね」

「……夏美ちゃんは、気付いてたのか?」


 ショックから立ち直れない様子の修一は、自分達と比較してリアクションを取っていなかった夏美に尋ねた。


「総ちゃんからそうかも知れないって感じで聞いてたから……」

「総次は、どうなんだ?」


 続けて修一は力の抜けた表情のままの総次に声を掛けた。


「あの時もっと強く追及していれば、今回の事態も未然に防げたのでは考えています。仮に不可能であっても、ある程度の牽制になったと思います」


 そう答えた総次。内心ではそれは傲慢かもしれないが、本気でそうだと思いたい気持ちは確かだった。


「こうなった以上、アタシ達は出来る限りの準備を進めるしかない」


 総次の言葉を受け、勝枝は決心を固めた様子で言い切る。


「そうね。後悔ばかりで何もしないのは一番いけないことよ」


 紀子も穏やかに、しかし毅然とした態度で麗華達三人に言い聞かせるように発言した。


「紀子先生、勝枝……」

「私達、本当に……」


 涙を瞼に浮かべ、麗華と薫はそうつぶやいて俯き、声を殺して泣いた。


「幸いなことに、連中は俺達に十日の猶予をくれたんだ。連中も俺達を潰すために準備をする。出来ることをやるしかねぇ。そうだろ? 局長さんに副長さんよ」


 そんな二人に、翔はぶっきらぼうながらも前向きになれと言わんばかりの声で言葉を投げかけた。


「……だからこそ、既にその準備は開始できるようにしているわ」


 涙を拭いながら努めて強気に発言する薫。


「私達はMASTERを倒さなければならないわ。確かに彼らのやり方は、ある意味民衆が求める理想的なやり方だけど、政府がそれに耐えうる訳じゃない」

「過酷極まりない職務にもがき苦しみ、死に追いやられた公務員もいる。法曹界の人々にも過労死者も出ているわ」


 麗華と薫は決意を固めた表情で、翼に徹底抗戦の意思を見せる。


「僕も、僕のできることをします」


 そう言いながら総次は局長室を後にしようとする。


「どこへ行くの?」

「混沌の闘気を完璧に扱いこなせるようにし、第一遊撃部隊の練度を高めます。それと椎名さん、僕の特訓、さっそく付き合ってもらえますか?」

「勿論さ。冬美は?」

「手伝います」

「分かった。夏美ちゃん、修一、手伝ってくれるかい?」

「アタシは勿論です」

「……俺もやるっスよ」


 短く答えた夏美と修一。


「修一は?」

「俺も特訓して、この戦いを生き延びられるようにするっス」


 両腰のカットラスの柄を強く握りしめる修一に、真は無言で首を縦に振った。


(時代が変わろうとしている。でも僕は、どんな時代の中でも生きていく。僕を育ててくれた人達の為にも、僕を救ってくれた新戦組の人達の為にも)


 決意を新たに、拳を握り締める総次。


(それにしても、わざわざ開戦日を教えるなんて、翼らしい。この間に政府が民間人を地方に疎開させる準備を整えてくれるだろうと考えて、猶予を与えたんだろうな。民間人を巻き込んでの戦闘など、あいつが一番嫌うだろうし、渡真利警視長や先代大師時代の二の舞は御免だろうな)


 そう思いながら総次は、夏美と一緒に局長室を後にした。


(なっ……⁉)


 その直後、総次の身体が微かにガクッと躓いた。


「総ちゃん?」


 いち早く気付いた夏美が心配そうに総次に声を掛ける。


「大丈夫です」


 総次は平静を装いってそう言った。


(何故だ、急に身体が異様に軽く感じたが……)


 その原因が何なのか、この時の総次には分からなかった。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


「これで、我々も後戻りできなくなりましたね」


 MASTER本部・情報戦略室で十分前に流した大師・幸村翼による日本警察と新戦組に対しての宣戦布告を眺めていた財部は、共に見ていた翼と御影にそう言った。


「ここまで来た以上、やるべきことをやるのみです」

「タイミングとしては最高の状況ですしね」


 御影も財部も感心したが、当の翼は険しい表情だった。


「翼、さっきお前が俺に、全ての準備が整うまでってのを聞いた理由、答えてやろうか?」

「理由?」

「もしお前が手段を選ばず連中を叩き潰すんなら、無差別攻撃を掛ければいい。俺達にはそれが出来る力がある。数の上での不利は個人の質で賄えるしな」

「ああ……」

「この十日間で政府が民間人を地方へ疎開させる時間を与えたんだろ?」

「よく分かったな」


 御影の指摘で微笑んだ翼に、二人もつられて微笑む。


「では、俺達は準備がありますので……」


 そう言って翼は御影と共に財部に頭を下げて情報戦略室を出た。


「俺達の敵は新選組モドキと警察だ」

「お前らしいな」

「ここから先は今まで以上に油断ならないぞ」

「同志達にも言い聞かせとくよ。まだ警察を舐めてる奴らもいるし、そこを付け狙われると厄介だしな。これが俺達にとっての最後の戦いってことだしな」

「いや、戦いはこれからも続く。この国をより良くする為の戦いはな。終わらせるのは、命が失われる戦いだ」


 力強い翼の言葉に、御影は微笑んだ。


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