第14話 罪と罰

 やがて純白と漆黒の闘気が絡み合ってできた狼の顔は消え去り、顔から汗を垂らす総次の姿がはっきりと三人に見える。


「はぁ、はぁ……」


 肩で息をする総次に、夏美は疲労困憊の身体に鞭打って駆け寄った。


「総ちゃん……」

「ガス欠です……」

「え?」

「闘気を使い過ぎました。今の僕に、闘気はありません……」

「そう、なの……」

「結局僕は、融合を果たせなかった。そのことに変わりはありません……」

「だけど、あの渡真利を自滅に追いやったぜ」


 今度はある程度体力を回復させた修一が総次に近づいて激励の言葉をかける。


「おのれ……化け物めっ‼」


 その瞬間、周囲で生き残っていた十五名の渡真利派メンバーが一斉に銃や刀を構えて始めた。


「こいつら、まだ……」


 彼らのしぶとさにあきれ返る修一。すると総次達から見て向かい側から二台の大型ワゴン車が、黒い車と共にやってきた。


「だ、誰だ……?」

「あの車は……?」


 突然の登場に戸惑う渡真利派メンバーをよそに、大型ワゴン車からぞろぞろと黄緑色の新戦組の隊服を羽織って弓矢を持った隊員達が降りてくる。


「第二遊撃部隊……」

「ええ。到着したわ」


 夏美と冬美は、彼らを率いている男が到着したことも確信していた。そしてその男、椎名真が隊服と同じ黄緑色のマントをはためかせながら颯爽と降りてきた。


「お、おのれぇ‼」


 せめてもの抵抗といわんばかりに武器を構えて攻撃態勢に移る渡真利派メンバー。


「遅いよ」(貫鉄連閃‼)


 彼らが武器を構える刹那、それよりも早く弓に矢を番えて放った矢が十五本の風の闘気の矢と共に飛来し、渡真利派メンバーの武器を悉く弾き飛ばす。


「「「「「ひっ……‼」」」」」


 神業と言える弓術と真の怜悧な眼差しに肝を冷やす渡真利派メンバー。中には腰を抜かしてへたり込んだ者もいた。


「やっぱり凄ぇや……」


 真の弓術に感嘆の言葉を漏らす修一。渡真利派メンバーが抵抗をの意思を喪失したのを確認した真は、総次達に近づいた。


「大丈夫かい?」

「ええ。澤村さん達も……」

「まあ、一応生きてるっス」

「生き延びました」

「うん。生きてるわ。あたし達……」


 全てが片付いたのを実感しながら、総次達は安堵の声を漏らした。


「無事で何よりだ……」


 すると今度は黒い車から、姉川と共に上原権蔵が降り、総次達に接触した。


「警備局長っ どうしてここに?」


 驚く総次に対し、真が説明を始める。


「途中で合流したんだ。渡真利警視長に言うべきことがあるってね……」


 真が総次達に事情を説明している間に、権蔵は渡真利の倒れ込んでいる血だまりをポチャ、ポチャっと足音を立てながら辿り着いた。


「……先、輩……」


 辛うじて残った意識と力を総動員して権蔵を見上げる渡真利。その眼からは既に戦闘意欲は失われていた。


「……君には、若い頃から言い続けてきたことがある。先日も言ったな」

「……警察官の、護るべきものは、法と、道徳……だが、そんな、ものでは、最早守り切れない。そうだと、私は……」

「それでも、我々警察官や警察官僚は、法と道徳を守り続けなければならないのだ。そうでなければ、国家の法が機能しなくなる。法治国家である日本が崩壊し、より多くの悲しみを生むことになってしまう。その為に法の下の罰があるのだ」

「その罰に、刑に服しても、改心せずに、犯罪を繰り返すものが出てくる。そのような、輩を生かし続けて、何が、正義ですか……? それで、何が、守れましたか……? 法と道徳だけで、命は、守り切れていないですはありませんか……?」


 悲痛な表情でそうつぶやく渡真利。


「警察官である我々がその正しさの為に罪を犯してどうするのだ。正しいことを実現するためにはどんな手段でも許されるなど、それではMASTERと、先代大師と何も変わらぬではないか……」


 徐々に表情に悲しみを帯びていく権蔵。


「……咎めを、受ける、覚悟は、出来ています……」


 他方で渡真利は自分の覚悟を権蔵に伝える。すると権蔵はその言葉を噛み締めるように目を瞑り、そして静かに口を開いた。


「我々はどんな立場になろうと、どのように追い詰められようと、法を順守すべき警察官なのだ……」

「ううっ……」


 必死に権蔵の顔を見つめる渡真利。そして権蔵は続ける。


「法の下の罰とは、罪人が己の罪を償う為にあるもの。罰を受ける覚悟と言ったが、償いの為にあるものを、罪を犯す為の免罪符にしてはならん。君は法はおろか、罰すら己の犯罪の正当化の為に利用した。君は自分の手で、罰を受ける権利すら手放したのか……」


 権蔵は渡真利の成れの果てを垣間見て、そらしたいであろう視線を必死でそらさずにそう言い切った。


「……あっ……」


 そんな権蔵の言葉を聞いた瞬間、渡真利は静かに息絶えた。


「……これは、あなた方でやったんですか?」


 すると姉川は、辺り一面に打ち捨てられている無数の死体が放つ異臭に花あを抑えながら修一に尋ねる。


「殆どは総次が一人でやったよ」

「沖田司令官が……⁉」


 信じられない、と言わんばかりの表情で総次を見る姉川。


「……何か?」

「い、いえ……」


 総次の言葉と、鋭い眼光にいささか押されながらそう言った姉川。すると渡真利の元から離れた権蔵が真に向かって尋ねた。


「椎名君。生き残ったメンバーの護送を、手伝ってもらえるかね?」

「無論です」

「では、準備が整い次第、頼むぞ」

「はっ!」


 真が敬礼しながら答えると、権蔵も敬礼で答え、姉川と共に再び車に乗り込んでその場を後にした。

 それと入れ違いに総次が率いてきた第一遊撃部隊はバイクに跨りながら、そして修一達が率いてきた六番隊・七番隊・八番隊は走りながら到着した。


「司令官っ! ご無事で……」


 第一遊撃部隊の隊員の一人が総次の身を案じながら駆けつけて声を掛ける。


「あなたがたこそ、御無事で……」


 頬を伝う汗を隊服の裾で拭いながら答えた総次。だが既に呼吸を整えており、今到着した者達からすれば特段疲れているという感じはしなかった。


「総次君」


 すると部下に渡真利派メンバーの大型ワゴンへの乗り込みを指示を出した真がそう言いながら総次に近づく。


「さっきの闘気は何だったのかい?」

「さっきの闘気、ですか?」

「自覚がなかったのかい? 姉山市全域を包み込むほどの規模だったから気になってね」

「無我夢中でしたので……」


 真の質問の意図を理解しかねている様子の総次。すると総次の右隣にいた夏美が真に説明を始めた。


「総ちゃんが陰と陽の闘気の融合をやったんですけど、失敗したみたいで、でも、それで渡真利警視長が放った闘気全部を防ぎ切ったんです」

「それに、闘気だけじゃなくて、銃弾も消滅させました」


 夏美の説明に補足を付け加えたのは冬美だった。


「失敗に変わりはありません。結局僕は闘気の融合は出来ずじまいで……」

「いや、一概に失敗とは言えないかもしれないよ」

「「「「は?」」」」


 真のその言葉に異口同音にそう声を漏らした総次達。


「椎名司令官、準備が整いました」


 するとそこへ第二遊撃部隊の隊員の一人が真に近づいて報告した。


「分かった。直ぐに向かうよ。総次君。詳しい話は本部に帰って落ち着いてからにするよ」

「はぁ……」


 真の言葉の真意を理解しきれていない総次は、去っていく真に一応の敬礼して答えた。


「総次、みんな。帰るか」


 そう言いながら修一は総次たち全員に向かってそう提案し、全員そろって頷いた。


「修一さん、私が肩の手当てします。ようやく落ち着けると思いますし」

「ありがとよ。冬美ちゃん」


 そう言いながら夏美と冬美と共に乗ってきた大型バスへ向かう修一。すると夏美が総次の方を振り返ってこう叫んだ。


「総ちゃんっ‼ 助けてくれてありがとうっ‼」


 その言葉を受け、総次は夏美達に向かって小さく会釈をし、そのまま第一遊撃部隊の面々と共にバイクに跨って姉山市を後にした。


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