第6話 赤狼の次の一手

 昼食を終えた翼は、食堂を後にしたその足で情報戦略室へ赴いていた。食事中に御影から呼び出されていた。大至急の用事があると言われたからである。


(緊急の要件かな……)


 そう思いながら情報戦略室の自動ドアをくぐった。そんな彼を出迎えたのは御影だった。


「悪いな。昼飯をゆっくり済ましたかったところに」

「気にするな。それで大至急の用事ってのは……」

「攻撃する敵施設がようやく絞り込めました」


 そう言いながら財部は翼にタブレットを手渡した。そこには次に襲撃予定の警察署と、その近くにある新戦組の拠点の地図が記されていた。


「……港区の三つの警察署と新選組モドキのアジトか。確か守りが固すぎて進撃できなかった場所だが……」

「去年の東京襲撃の被害が回復してなくて、前よりは攻撃しやすくなりました」

「それでも、敵の警戒は広範囲に厳しいのに変わりない。」


 財部の言葉に続いて発言した御影は、どこか申し訳なさそうだった。


「唯一のネックは、陥落には時間が掛かるってとこか」

「ですが時間的にも戦力的にも、ここがベストです」

「同感ですが、警察署と拠点を同時に奇襲をかけるのですか?」

「だからこそ、お前の判断を仰ぎたいんだ……」

「なら、それは避けた方がいい。効率が悪い上に、新撰組モドキの拠点はそう簡単に落とせるものじゃない。地方拠点と違い、東京は油断すれば返り討ちになる」

「ということは……」


 翼の言わんとしていることを察した様子の財部。


「優先順位を付けて一つずつ攻撃します。新撰組モドキの拠点はこの三つの警察署の中心地にある」

「まずは三つの警察署から落として援軍を潰し、最後に新撰組モドキの拠点を落とすと?」

「それがなければすぐに撤退させる。その判断は俺が下す。それと……」

「何だ?」

「この情報を、埼玉県に潜伏中の情報担当者に流せ。いたずらと思われる程度でいい。そしたらすぐにまだ見つかってないアジトに逃げ込むように言え」

「……その情報を基に警察や新撰組モドキに民間人を避難させるのか。でも守りが固くなるぞ」

「赤狼七星の力を過小評価するな。それに短時間で終わらせられれば何とかなる」

「……赤狼七星から戦力を割くか?」

「無論だ。そして更に念を入れておきたい」

「つまり、両師団を出すってことか?」

「ああ……」


 そう言いながらタブレットを財部に返した翼。


「お二人の力はMASTERの中でも一、二を争う精鋭部隊だ。地方で実戦経験も豊富。しかも全て増援が来る前にこちらから撤退したようだから敵も正体に気付いていない」

「今まで覆われていたベールを脱ぐ時が来たのですね?」


 そこで神妙な面持ちで聞いていた財部が尋ねた。


「我々の力を改めて誇示するにも十分でしょう」

「それはいいとして、赤狼七星から戦力を割くっていうと、連携はどうなる?」

「八坂と尊と瀬里奈。それにアザミの四人なら大丈夫だろう」

「アリーナの蒼炎から戦闘に参加してなかった連中か。だがアザミは大丈夫なのか?」

「瀬里奈とバディを組ませる。それと赤狼から同志達を出すが、少数精鋭で行きたい。四人の部隊を合計して五、六十名でいいだろう」

「つまり、攻撃させるのは警察署か……」


 翼の考えを読んだ御影はそうつぶやいた。


「両師団には最初から新撰組モドキの拠点を攻撃させる」

「とは言え、警察もここ最近はかなりの数が闘気を扱えるようになっています。今までのように一方的に攻め落とすというのは難しいでしょう」


 ここ数ヶ月の警察の動向を知っている財部はこう懸念したが、翼は机上にこう言ってそれを払拭させた。


「こちらも精鋭を選びます。その方がいち早く陥落させて両師団と合流しやすくさせる」

「そして、敵の増援が来る前にそれを行うことが条件となるってことだな?」

「その通りだ」


 微笑みながらそう言った翼。


「じゃあ、人選はお前と人事部に任せる。俺は両師団長にこの件を伝えに行く。決行は明日の夜十一時だ」

「分かった。こっちは任せろよ」

「頼むぞ、御影。財部さん。ありがとうございました」


 御影と財部にそう言いながら、翼は駆け足で情報管理室を後にした。


「やる気ですね。大師様は」

「ええ。ですがどこまで行くのか……」

「はい?」


 御影の言葉に首を傾げた財部。


「いえ、あいつ言ってたんです。自分についていくのはいいが、全てを任せっきりにはなるなって。自分達の未来は自分達でどうにかしなければならないと。同志達にも赤狼七星にも」

「それは一体……」

「もしあいつらが翼に心酔しきると、あいつに未来を全てを掛けて暴走するかもなんです。そうなると先代大師様の時と同じように、同志達が凶行に走りかねない」

「それで、その効果は?」

「まだ完全には……」

「それだけ、彼のカリスマ性が凄まじいのでしょう」

「それに、俺の力はあいつの為にしか役立たないでしょう。思考停止というより、ここが俺達の居場所になったというべきでしょう。赤狼の同志達も、皆大人達の理不尽な暴力や待遇に耐えてきました。だからあいつがそんな理不尽を全て正すって言った時には、本当に救われた表情をしてました」

「ですがその中でも三上様の場合は、恋心というものではないですかね?」

「その通り。だからあいつには、翼には絶対に死んでほしくないんですよ。悲しむ人がいるんだから」


 そう言いながら翼の出て言った情報戦略室の自動ドアを眺める御影だった。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


「つまり、我々にも出撃してもらいたいと?」


 翼の頼みを聞き、確認するように尋ねる新見安正。情報戦略室を後にしたその足で師団長室を尋ねた翼は、彼と狭山剛太郎に先の話を通しに来ていた。


「二人が率いている師団の力はMASTER内部でも群を抜いている。その力で新撰組モドキの拠点を捻り潰してもらう」


 大師という立場で毅然とした態度で命令を下す翼。そこには以前までの柔弱さは微塵も感じられなかった。


「少しは大師らしくなったじゃねぇか。小僧」


 そんな翼に対して気に入らない態度を取りながらも認める剛太郎。


「おやおや、剛太郎の口からそんな言葉が出るとは予想外でした」


 そんな剛太郎の態度を意外そうに振舞う安正。


「前みてぇな申し訳なさそうな態度ならぶっ飛ばしてやるつもりだったがな」

「そうか……」


 それは翼も同様だった。これまでことあるごとに翼に対して反感の目を向けていた彼には、苦手意識と安正への申し訳なさが入り混じっていたのだ。すると安正が一つ咳払いをして話題を戻す。


「第一師団は問題ありません。剛太郎はどうですか?」

「安正が行くんなら俺達も出る」

「分かった。御影にも伝える」

「ご随意に。ところで、赤狼はどうなんですか?」

「赤狼には周辺の警察署の襲撃させる」

「それまた意外ですね」

「今の警察は闘気を扱える人間が増えた。生半可な戦力では油断して足元を掬われかねないからな。警察署の制圧が完了次第、そちらの方へ向かわす手筈となっている」

「そうですか……」


 翼の強い覚悟を感じ取った安正は、どこか嬉しそうな態度でつぶやいた。


「納得すんのか? あんたの同志達はよ?」

「俺の命令なら受け入れる。それに……」

「それに、なんだ?」

「目的を達成させる為ならどんな苦労も厭わない。この先何が待っていてもだ」

「……分かった。任せる」

「頼むぞ」


 そう言って翼は師団長室を後にした。


「随分と態度がデカくなりやがって……」


 そう言いながら剛太郎は丸テーブルの上に置いていた黒ビール入りのジョッキを手にし、ぐびぐびと飲み干した。


「ですが、先代大師様が崩御されてから随分と精力的に行動してますね」

「前よりはマシか」

「だからこそ、私達は彼を利用するのです。彼はそれを百も承知している。幻想を力の源泉としながらですがね」

「実現させようとする意志は本物だがな。でなけりゃ創破なんて力を手にするはずはねぇ」

「ですが、これでいいでしょう。それに私も最近戦場に出ていなかったので、些か身体が鈍ってます。その衰えを取り戻すにもいい運動になるでしょうし」

「お前の力が衰えたとは俺には思えねぇが」

「あなたは問題ないのですか?」

「馬鹿言え。その為に筋トレしてんだからよ」

「そうですね。隙あらば酒盛りか筋トレ、そして部下達のしごきですからね」

「……よく俺のことを見てんじゃねぇか」

「これでも昔からあなたと対峙してきたんです。それくらいのことは気付いてる癖に」

「……ふんっ」

「おやおや」


 どこか照れくさそうな剛太郎の態度を見ながら、安正は紅茶を一口啜った。

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