第5話 敵は人間……。

翌日の昼下がり。警察庁警備局のデスクで書類の山と格闘していた権蔵は、新戦組の薫から電話である要請を受けていた。


「分かった。こちらでも全国のサイバー犯罪対策課から腕の立つ者を協力するように働きかける」 


 それは情報管理室への増援要請だった。現在のペースで情報の復元や解析を行うのは問題ないが、隊員達の負担が大きくなり、体調を崩しかねない隊員も出てきてしまっていた。

故に薫としては、少しでもその負担を軽くしたいからと考えていたのだ。


『申し訳ありません。そちらの方でも情報管理で相当に人員を割いているはずなのに……』

「だが、それでもそちらの情報が駄目になってはこちらにも影響が出る。それで敵を利するようなことがあってはならない。それに……」

『それに……?』

「娘の頼みを、無下に断ることも出来ん」

『あっ……』


 受話器越しにでも、薫が呆気に取られていることが権蔵には分かった。だからこそ微笑んでいた。


「一人で抱え込むなよ。真君達も隊員達もしっかりお前を支えている。私も大師討ちの設立者として、お前達に力の限り協力をする」

『お父さん……ありがとう』


 その言葉を最後に薫は通話を切った。


「ふぅ……」


 一息つきながらコーヒーを一啜りする権蔵。すると彼のデスクの前で大師討ちの提示報告書を渡しに待っていた姉川が、権蔵に書類を渡しながら尋ねた。


「やはり、情報管理室のデータバンクの件、深刻なようですね」

「MASTERの情報に関するノウハウは我々の一歩も二歩を先を行っている。大師討ちの増強で差を縮めることが出来たと思い込んでいたが、改めて実力の差を見せつけられた」

「では、やはりこれ以上我々が先手を取るのは、もう……」

「新戦組と大師討ちの力、警察の勇志達の奮戦を信じろ。もう去年のような惨劇を繰り返したくない。その気持ちが彼らを支えている」

「気持ち……」

「もっとも、渡真利君達の動向は気になるが……」

「それは、まだ懸念材料があるんですか?」

「特にどうというわけでもないのだが、彼らがこのまま何もしないとは考えにくい。それがどのような形で出るのか……」

「リーダーはまだ……」


 渡真利のこれまでの行動を思い出したかのように不安げな表情になる姉川。


「この間新たに配属された二人のこともある。力に文句はないが、警戒を敷くに越したことはあるまい」

「はぁ……」

「まあ、そちらの方は君が考え込まなくてもよい。それで、調子はどうだ?」

「基本的な闘気の使い方のおさらいと、拳銃の扱いの習熟に重点を置いて訓練をしてますが、まだ自信をもって今まで以上に実践でも戦えるには……」

「随分と、手厳しいな。そこまで君が思う原因は何かね?」


 優しい表情で尋ねる権蔵。姉川が委縮しないようにという彼なりの配慮もあるが、かつての自分を思わせる真面目さを感じ取っている為に、自身の部下になってからは気に掛けていた。


「アリーナの蒼炎の時に敵対した相手の力は、今の渡しでは到底敵わない程に大きな相手で、私は足手まといにしかなっていないように思えて……」

「仕方あるまい。彼らは沖田君達でなければ討伐出来なかった」

「ですが、自分の力の小ささと、自分の未熟さを思い知らされました。陽炎の高橋さんを負傷させてしまったこともありますし……」

「高橋君は、自分の意志でやったから気にするなと言っていたぞ?」

「はぁ……」

「まあ、どうしても自分が許せないというのであれば、その感情を軸に向上していくのも悪くはない。これからどうすべきかをしっかりと見定めるのだぞ。過去を軸にするなら、未来に何をしたいのかということを具体的に考えることだ」

「未来に、私が何をしたいのか……」

「過去は変えることも、そこから逃げることも出来ないが、未来は変えることが出来る。人は過去のみの為に今を生きているのではない。それによって齎される未来を手にする為にも生きているのだと。簡単には割り切れんだろうが、そういう考え方もある」

「未来を生きる……」

「まあ、じっくりと考えればよい。君は若い。時間はある。有効に活用して自分なりの答えを見つけられるようになれ」

「ありがとうございます。それでは、私はこれで」


 姉川は権蔵の言葉に感謝しながら深々とお辞儀をし、警備局長室を出た。すると警備局長室の前で待っていた翔と鉢合わせした。


「高橋さん……」

「よう、あれから訓練はしっかりしてるか?」

「は、はぁ、なぜ高橋さんが?」

「薫から、警備局長に渡す新戦組の支部の新しい人員構成表を渡しに来たんだよ。隊員から組長までどいつもこいつも忙しいみたいで、時間に余裕のある俺が任されたんだよ」

「そうだったんですか……それで、あの……」


 そう言いながら翔の右腕に視線を移す姉川。それに気づかない翔ではなかったので、陽気な態度でこう言った。


「もう大丈夫だぜ。お前さんまだ気にしてたのか」

「……あの時は自分が不甲斐なかったです」


 そう言いながら警備局長室の近くの壁に寄りかかった。


「私はあのとき、MASTERは全て化け物だと思っていると言いました。リーダーの指示と言いますか命令に従って、私もそう思っていました。ですが……」

「ん?」

「あの時見た敵の力は、化物じみて強い人間だった。それを倒した沖田司令官もまた……」

「あいつは化物じゃねぇよ」


 やや語気を強めて姉川に語り始める翔。


「あんたもある程度知ってるだろ。あいつの出生の秘密は」

「……遺伝子操作の研究の果てに生まれたということは……」

「あいつはそれを望んでいたと思うか?」


 その言葉にそれ以上の発言ができなくなった姉川。


「自ら望んであの力を手にした訳じゃねぇ。そして俺達が戦ってる相手もまた人間だ。長年戦場に身を置いてると、いやでもそれが分かっちまう。中にはそこは入るしか選択肢がなくなっちまった連中もいた。だから、化物とは思えなくなっちまってな……」

「人間と人間の戦い、ですか?」

「どういう風に思うかはお前の自由だが、俺達の戦いはある意味で普通の人間が出てくるのは難しいものだ。連中と敵対している以上、今の内に闘気の力と扱いは慣れておけよ」


 そう言って翔は姉川の肩を軽く叩いて警備局長室へ入っていった。


「……人間同士の、戦い……」


 翔の言葉を、意味深な表情でかみしめながら警視庁の訓練場に向かう姉川だった。


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