第2話 優位に立てども油断せず

 情報奪取こそ失敗したMASTERであったが、敵データに妨害を掛けられたということで、ある程度の優位性が出てきた。


「とりあえず、これでアタシ達が有利になったって思っていいのかな?」

「そうね。この間にアタシ達が攻撃を続ければ、連中の瓦解を速めることが出来る」


 赤狼七星室で両足のネイルの手入れをしながら尋ねて来たアザミに、八坂は肯定の言葉を述べた。


「あのウイルスは試作段階とはいえ、それなりの効力があるわ。翼も御影も、この隙に打てる手を考えてると思うわ」


 背中まで伸びた黒髪の手入れをしながら言った瀬理名。彼女も同僚の活躍の場が広がったことに対して素直に喜びを感じていた。


「でも、データベースに忍び込めりゃ、もっと楽になったんだがな」


 一方で些か懸念するような表情で口を開いたのは尊だった。


「下手すりゃ青梅の二の舞になりかねねぇし、いくら妨害で来たからと言ってもなぁ……」

「その辺りは一番翼が分かってる。その上でこれからのことを考えるのが建設的だからな」


 前向きに言った御影だが、尊の懸念には肯定的であった。ちなみに同じ意見を翼に告げ、当人も以後気を付けると御影に話していた。


「これからねぇ……新選組モドキの拠点を攻撃すると言っても、具体的にどこを襲撃するのかまだ決まってないんでしょ?」


 同僚の活躍を喜びつつも、瀬理名はこれからの件に関しては些か不安を抱いていた。新戦組情報拠点襲撃から五日が経過しても、次の一手を打てずにいるからである。


「何しろ、半年前から情報収集能力が落ちてると来た、これから新しい施設を探し出すには時間が掛かるし、分かってる拠点を潰そうにも前よりも潰しにくいと来た」

「やっぱり、敵の拠点防衛力とか、情報管理が凄いんだね?」


 そう言いながらテーブルに山盛りになっているフライドチキンを一つ手に取って噛り付く将也。


「それもそうだが、警察の力が相当に大きくなっている。俺達が連中を精神的に追い詰めてからようやく本気になったのか、あるいは隠し持っていたジョーカーを出したか……」

「連中が今まで以上にマジになったんなら、容赦なくやるしかねぇ、だろ?」


 御影の言葉尻に、ぶっきらぼうな態度で言い放った慶介。その言葉は赤狼七星の面々を奮い立たせた。


「どんな敵が現れようとも、どんな拠点が相手だろうと、立ち向かうだけだ」


 慶介の言葉に最も触発された尊は、勢いよく立ち上がって偃月刀を掲げながら言い放つ。


「同感っ! 翼の創る未来を手に入れる為にっ、前進あるのみっ‼」

「あたしも、翼の力になりたい。こんな世の中を変えることが出来る翼の力に」


 アザミと八坂も、それぞれの翼への思いを口にした。


「攻め込むのは俺の得意分野だっ‼ 俺達の道を阻む連中は誰が相手だろうと全力で叩き潰すっ‼」

「慶介と一緒に、ボクも力を振るうよ。皆と一緒にね」


 言い放った慶介は改めて決意を口にし、将也も慶介と共に戦い続けることを宣言した。


お前ららしいな。ま、俺も財部さん達に改めて制圧する拠点の選定を進めるよ。お前らのやる気を、無駄にしない為にもな」


 慶介達のやる気は、御影を奮い立たせるにも十分だったようだ。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


 赤狼七星がやる気を見せる一方で、翼はこれからのMASTERの動きを御影や財部に任せ、大師室で加山と共に各部署から送られてきた報告書の整理をしていた。


「赤狼七星はやる気が出ていますね、大師様」

「加山さん。今は俺のことは本名で良いですよ。敬語も必要ありません」


 未だに自身が大師と呼ばれることになれていない翼は、加山に対しては個人的にそう呼ぶように、幾度となく頼んでいた。


「……分かっている。だがこれは良い傾向ではないかな?」

「これで時間稼ぎになるでしょう。ウイルスの排除には時間が掛かるでしょうし」

「後は、続けて攻撃あるのみ」

 

 そう言った加山に、翼は静かに頷いた。


「この隙を付いて、連中の拠点を落としつつ本拠地を見つける。それを反撃の第一歩とするのが、俺達の基本構想です」

「どれくらい敵を叩けばそれが出来ると、君は思ってるかな?」

「可能な限り早くしたいです。だからこそ、この機を逃す手はありませんからね」

「……沖田総次、だね?」

「奴が戦場に出ていない今だからこそ、俺達が攻撃を仕掛け続ける意味がある」


 そう言いながら翼は手元の資料の束をデスクに一旦置き、大きく伸びをした。


「もし彼が戦場にいれば、手も足も出ないのかい?」

「成功率は落ちます」

「確かに、前回の拠点防衛も、彼がいれば状況が変わっていたでしょう」

「それに他にも強者はいます、その最たる例はあの弓使いの男と長刀使いの女です」

「今も昔も変わらんのだな?」

「あの二人は以前からMASTERを幾度となく苦しめてきた要警戒人物です。長刀使いの女はあまり前線に出ていないとはいえ、力は衰えてはいませんし、弓使いは引き続き油断ならずです」

「それに警察の動きも気になるかね?」

「以前にも増して活発になっています。これまで通りと侮って足元を掬われないようにしなければなりません」

「ああ。あの渡真利と言う男の力が大きいのかも知れんな」

「それを加味しても、連中の士気がこれまで以上に上がっているのは疑いのない事実である以上、次に何をしてくるか分からない。だからこそ先手を打てるかどうかが今後の戦局を決める重要なものになります」

「なるほどね。それで、万一沖田総次が出てきたら、君はどうする?」


 些かいたずらっ気のある表情で尋ねる加山に、翼は椅子の角度を彼の座っている斜め左側のデスクに向けてこう言った。


「俺が討ちとります」

「……やはり、そう言うと思ったよ」


 そう言われた翼は、頷きながら話を続けた。


「あいつの力は大きすぎる。それを野放しにすれば、新たな戦いの幕開けになりかねない」

「それは、闘気をめぐる戦いかね?」

「その戦いを未然に防ぐには、奴を倒すしかありません」

「……沖田総次は、我々MASTERとっての最後の壁ということだね?」

「その通りです」

「……あの力を食い止めることが出来るのは、確かに我々の中では君だけだろうね」

「ですが、第一、第二師団には他にやってもらいたいことがあります」

「ほぉ……」

「確かに、新見さんも狭山さんも俺への忠誠心はありませんが、あの方々なりの大義があり、それが俺の切り開く未来の果てにあるなら、お二人が俺を踏み台にされても、何ら文句はありません」

「敢えて、そうなることも甘受してるのか。彼らの創る未来が、君達の創る未来を壊す可能性があるとしても、かい?」


 問いかけるように尋ねる加山。それに対して翼は瞳を見開いてこう返した。


「……その時は、徹底的に戦います」


 力強く応えた翼。その表情は義務感に満ち満ちたものだった。


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