第3話 奮闘する総次、夏美の献身

 個人の闘気訓練と、遊撃部隊司令官としての仕事と日報の提出を終えて司令官室へ戻った総次は、一日の個人訓練のデータを記したノートを見返していた。


(闘気の融合に必要なことは、まだ分からずじまいか……)


 そう思いながらノートに気になったことを書き加えていく総次。

するとドアをノックする音が彼の耳に入った。


「どうぞ」

「夏美よ」


 ドア越しに聞こえた夏美の声を聞きながらドアにすたすたと歩いて行って開けた総次。


「どうしたんですか?」

「ちょっと総ちゃんの様子が気になってね」


 そう言いながら総次の部屋に入った夏美。総次はそのまま自身のベッドの端に座り、夏美も隣に腰を下ろした。


「何が、気になったんですか?」

「総ちゃんが、疲れてないかなって」

「これでも体調管理には気を配っています」

「そうじゃなくて」


 そう言いながら総次の肩に手を置く夏美。


「心の方は大丈夫かなってことよ」

「問題ありません」

「そう。でも、相変わらず総ちゃんって凄いわ」

「はい?」


 夏美の言葉に首を傾げる総次。


「凄く自分に厳しいってことよ。入った頃からだけど、一日でも早く仕事をモノにしようと努力してたし、任務の中でも功績を立ててたし、その上隊員達には優しいし」

「訓練の時は厳しくしてますよ」

「でもそれ以外は優しくて、努力の甲斐もあって、みんな総ちゃんのことを組長として認めてた」

「僕の力だけではありません。夏美さん達が、僕に組長としてのあり方を教えて下さったからこそです」

「そう言ってもらえるのはうれしいけど、だから総ちゃんって凄いなって思うの。教えたことをすぐに飲み込んでしっかりと自分のモノにしてるとこが」

「そうでしょうか?」


 夏美の称賛に対してぽかんとする総次。


「総ちゃんには、それが当たり前だったの?」

「そうでもありませんが、教わったことは忘れたくないので……」

「そうなの。あたしは総ちゃんと逆に物覚えが悪いから、結構副長から叱られたわ。正直、今でも組長として一人前になったって自信を持って言えなくて……」

「僕は、夏美さんから教わることはとても多かったです。隊員の方々との接し方では特に」

「本当? 嬉しいっ!」


 言葉通り嬉しそうにはにかむ夏美。


「……だからこそ、闘気を元通りに使えるようになる為に、やれるだけのことをしてます。今もこうやって」 


 そう言いながら総次は、彼女にノートの中身を見せた。


「本当だ。今日の特訓の内容とか、改善点とかが細かく書いてある……」


 総次のノートを見て感心する夏美。


「明日以降の特訓のメニューもある程度書いておけば、少しは皆さんの負担を軽くできると思ってこうしてるのですが……」

「だから特訓の時も積極的に意見を言えてたんだ……」


 実際、総次は特訓メニューを自分で組んでおり、そこから夏美達が細かい部分を修正しながら行っていた。だがその総次がどのように自分の特訓メニューを考えているのかまでは、他の者達には知らせていなかった。


「でも、あたし達の負担まで考えてるなんて……本当に周りを見てるんだね」

「正直、周りを見るということは僕自身、中学時代に剣道部の先輩として後輩の面倒を見るまで経験がなくて、上手く出来ていない部分が多いです。正直苦手意識が強いです……」


 自信なくそう言った総次。いくら天才と言われている彼でも、苦手な部分は苦手と意識してしまい、自陣をなくすもあるのだ。


「確かに、ぎこちないとこはあるかな? でも、頑張ってんのはあたし達も分かってるし、第一遊撃部隊の人も知ってるでしょ?」

「それを承知した上で僕に付いてきてくださってるので、有り難いと思っています」

「そう。それにしても……」


 急にニヤニヤしながら総次を見る夏美。


「……何でしょうか?」

「何か総ちゃんがこんなに本音を言ってくれて、ちょっと嬉しいわ」

「本音……」


 夏美に指摘されて、総次はやや驚いた。


「……自覚なかった?」

「何となく、夏美さんの前では不思議と本音で話してることが多いですね……」

「えっ……」


 総次のその言葉に、やや頬を赤らめる夏美。


「どうしてなの、かな?」

「何故でしょうか。局長とは違う何かを感じているから、でしょうかね」

「麗華さんと違う、何かって一体……」

「……自分でもよく分からないんです。どうしてここまで夏美さんに、ここまでいろいろ話すことが出来るのか……」


 困惑しながら言葉を紡ぐ総次の態度は、徐々にぎこちなくなっていた。すると夏美は何かを決心したかのような表情で総次の目を見つめた。


「……じゃ、じゃあ。もし何か困ったことがあったら、あたしに何でも言ってくれる?」

「えっ?」

「総ちゃんがあたしになら何でも言えるなら、少しは総ちゃんの心の負担を軽くできるかな~って……」

「……いいんですか?」

「総ちゃんが良かったらでいいんだけど……」


 夏美にしては随分と控えめな態度での言葉だが、総次にとっては嬉しかった。


「……ありがとうございます。何かありましたら、いの一番に夏美さんに相談します」


 そう伝える総次の声は、いつもの何か余裕のないような声ではなく、無愛想ながらも優しく穏やかだった。彼自身、麗華や愛美以外でこんな風に接することが出来るようになっていることに、多少戸惑いがあった。


「ありがとうっ、総ちゃんっ‼」


 そう言いながら思わず総次に力一杯抱き着く夏美。


「な、夏美さん?」

「ごめん。何かすっごく嬉しくて、つい……」

「……あったかいですね……」

「えっ?」


 唐突な総次の感想に、つい声が出てしまった夏美。


「何だか、不思議と安心するといいますか、今まで感じた温かさとは、何かが違うような気がして……」

「そう、なの?」

「ですが……」


 再びどこか余裕のない声になる総次。その声を聞いて不安そうな表情になる夏美。


「……僕にはやるべきことが多い気がします」

「罪のない人達が死ぬのを防ぐ為?」

「その通りです」

「総ちゃん……」


 彼の名を呼びながら総次を抱擁から解き、両肩に手を添える夏美。


「戦いの中に身を投じて、多くの人と出会い、戦い、多くの死と生き様を目の当たりにして、一層強く感じることが出来ました……」

「総ちゃん、本当に立派ね……」

「いえいえ、ですが、これからもこの思いは変わりません。だから夏美さん、これからも僕を……」

「総ちゃん!」


 堂々とした表情で語る総次の言葉を遮った夏美は、そのままの勢いでこう言った。


「分かってる。総ちゃんの為にあたしに出来ること、総ちゃんが困ったことがあったら必ず飛んでくるから」

「……必ず、駆け付けてくださいね」


 そう言う総次の頭を、夏美は微笑みながら撫でた。

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