第3話 日本アリーナでの護衛任務

「新房経済産業大臣に殺害予告……」

「ええ。明日港区の日本アリーナで開催されるジャパンカルチャーフェスタにVIPゲストとして招かれる彼を、十二時三十分に殺害するという予告が、MASTERからネットを通じて日本中に流れて来たわ」


 同日の午後四時過ぎ。警察宛てに届いた殺害予告を情報管理室経由で受け取った薫は、デスクワーク中の麗華にこのことを報告を行っていた。


「中止するように言わなかったの?」

「警備局長が言ったんだけど、今後の各企業の経済活動に響くから難しいって難色を示されたわ」

「そう……」


 麗華は呆れるしかなかった。


「それは彼らの本拠地からの発信じゃないわね?」

「さいたま市にあるアパートからだったわ。大師討ちが突入した時にはもぬけの殻で、ハッカーの証拠が一つもなかったわ」

「気がかりなのは、そのハッカーがMASTERとは関係ないってことね。となると雇われつつも秘密を堅守するように言われたか、単なるいたずらの可能性もあるってこと?」

「有り得るわ。でも確証がないわ」


 一連の麗華の質問に、薫はそう答えた。


「いずれにしても、この件は私の方から関係者には伝えて、市民には混乱を招かないように事情は秘密にしつつ、近くのファミレスや仮設の休憩所を用意して、お昼はそこで取るようにという通達を出してもらうようにするわ。それで民衆への被害は何とかなると思うわ」

「ありがとう麗華。それと、渡真利警視長から今回の任務には新戦組にも出動してもらいたいという依頼が来たわ」

「ではこちらの方で部隊の選定を……」

「その件だけど、渡真利警視長は一つ、決定事項を説明してきたの」


 そう言いながら薫は手元の資料の一枚を麗華に手渡した。すると麗華はその内容を見て呆れ返ったような表情になった。


「……第一遊撃部隊にも出動して欲しいってことね……」

「今回の一件では相応の人材がMASTERから派遣される可能性があるとし、その敵を討伐できる人間を入れたいらしいの」

「……そう」


 渡真利の提案そのものには一定の理解を示した様子の麗華だが、彼女の本心としては、些か複雑なものがあった。総次を組織として頼り過ぎているのではないか、即ち彼に様々な重荷を背負わせているのではないかと思ったからだ。


「麗華。あなたの言いたいことも分かるわ。渡真利警視長が沖田君を自分の支配下に置きたいという噂が立つのも無理ないわ」


 そんな麗華の本心を、薫も理解している様子だった。長年の付き合い故の洞察力が働いたのだろう。


「それ以外に、渡真利警視長から注文はあるかしら?」

「これだけよ。それ以外の人事はこちらで自由に組めるわ」

「第一遊撃部隊と連携が取れる部隊となるとやはり……」

「真の第二遊撃部隊を派遣するのが望ましいわね。ここ四カ月の彼らの連携を見ても、適任だと思うわ」

「でも、それ以外にも戦力が欲しいわね……」


 考え込むようにそう言いながら、麗華はデスクの上に立てかけられている隊員名簿の一冊を取り出し、ぴらぴらとページを捲り、あるページでめくる手を止めた。


「……陽炎にも協力してもらうわ」


 そのページには、陽炎のこの三年のデータが乗っていた。薫もまた、そのページに視線を移した。


「確かに、陽炎は極秘の警護任務でも、その阿吽の呼吸で対象を守り抜いた実績があるし、ここ最近のいくつかの任務でも、共同戦線を張ったことがあるわ」

「薫。陽炎と遊撃部隊司令官を館内放送で呼び出して」

「分かったわ」


 薫はそのまま管内の放送室に駆け込んで六名を招集する放送を流し、その五分後、六名は揃って局長室へ参上し、麗華から新房氏の殺害予告発令の報を聞くことになった。

 真と陽炎は一様に驚きの様子を見せたが、ただ一人、総次だけは麗華の説明を聞いて不機嫌だった。渡真利警視長が今回の依頼に、新戦組の許可なく総次を作戦の参加メンバーに加えるように強制したからである。


「……また、渡真利警視長ですか?」

「総次君……」


 説明をした当人である麗華は、不機嫌な表情をする総次を前にして表情が曇った。


「いえ、少々気になったので」

「渡真利警視長が、お前を重用してるってことが?」


 不機嫌な総次の表情を覗き込みながらそう言ったのは翔だった。


「いいんじゃない? だって警察のお偉いさんから信頼されてるってことでしょ?」

「沖田君が言いたいのはそうじゃないわ。でしょ?」


 呑気そうな表情で言った麗美と対照的に、哀那は総次に寄り添うような形で話を振った。


「彼の僕への信頼は、本当に日本の治安を維持する為なのか、気になって……」

「理由はともかく、君が警察からの信頼を得ていることは事実だと思うよ?」


 あまり考えないようにというニュアンスを声に乗せ、清輝は総次を気遣った。


「東京を襲った沖田総一と瓜二つの僕を見て、警視庁襲撃のトラウマをぶり返す職員も多く、本庁に出入りしても職員がよそよそしい態度を取るにもかかわらず、ですか?」


 だが総次は冷静に、と言うにはいささか控えめに過ぎる心情を述べた。彼の言うように、沖田総一の一件以降、彼と同じ能力を持つ総次に、兄の面影を見るほどのトラウマを拭いきれない職員が多かった。


「それが日本警察の全てとは限らない、それにその件とMASTERへの対抗とは切り離して考えている人だっている。今は気にする必要はないと思うよ」


 そんな総次に対し、真は総次の頭を優しく撫でながら静かに諭した。


「……そう言うことにしましょう」


 真の意見を聞いた総次の表情は、完全に吹っ切れたとまではいかないが、それでもある程度柔らかくなっていた。


「にしても、そもそもイベントの中止を訴えなかったのか?」


 もっともな意見を麗華に投げつけたのは翔だった。


「したわよ。警備局長を通じて私達の方から。でも多くの企業が参加してる上に民放各局や公共放送まで絡んでるイベントよ。全ての責任者に納得してもらえるように説得する時間はないわ」

「そもそも、イベント開催に使った金額は億単位にも上るわ。もしここで中止になれば、各企業の今後の経営に打撃を与えかねないから、中止を訴え出る人達は少ないと思うわ」


 麗華も薫も無念を表情に滲ませながら答えた。


「それに、今回の殺害予告に使われた形式が、いつも私達や警察、各界の有力者に送られた者と違うのよ、だからいたずらの可能性もあるだろうから、それに怯えるつもりはないって新房大臣が言ってしまったのよ」

「そんな理由かよ……」


 薫の補足説明を聞いた翔は呆れ返る様子を見せた。


「で、主要メンバーはこれでいいとして、僕の第二遊撃部隊と総次君の第一遊撃部隊からも部隊を率いることになるけど、イベントの主催者側からはどれくらいの護衛を付けて欲しいって言ってたのかな?」


 総次がある程度落ち着いたのを見て、真は話題を本筋に戻した。


「あくまで依頼は警察宛てだったけど、最低でも二百五十人は欲しいって言ってたわ」


 麗華は手元の大師討ちから送られた資料を読みながら応えた。


「警察はどれくらい出すのかな?」

「大師討ちの方から渡真利警視長直轄の職員を四十名。警視庁と付近の警察署から百五十名を派遣予定よ」

「新戦組からはどのくらい出してほしいって?」

「観客に不安を抱かせないように、二十人ちょっとで済ませ欲しいとのことよ」

「つまり、両遊撃部隊から十人くらいか。付近の支部に要請をしてしまうと、その地域の治安維持が出来なくなるだろうし、少数の方が目立たなくて済むってことだね」

「本来なら戦力の出し惜しみは命取りになりかねないことよ。でも先方がああ言ってしまった以上、それを反故する訳にもいかないわ」


 薫は目を細めながら不安を覗かせるような表情で言った。


「それにしても、新戦組からの派遣が僅か二十人とは……戦いは数だというのが基本なんですがね……」


 総次は一連の事情を聞いて呆れ返るようにつぶやいた。


「致し方ないわ。だからこそ渡真利警視長は、あなたを強く推薦したのよ」

「その理由は?」

「あなた一人で新戦組構成員千人分の働きが出来る。それが理由よ」

「また軽率かつ、買い被りも甚だしい理由ですね……」

「去年の東京襲撃の時に沖田総一を打ち破ったあなたの力を警察が頼りにしてるからよ。まあそれが少々行き過ぎているのは問題だけど……」


 薫は総次を宥めるように言った。最も薫の言うように、総次の力に大師討ちを含む一部の警察が依存気味になっていることに懸念を抱いている人物は新戦組には多くいるのも事実である。故に総次でなくとも呆れ返るのは無理ないことである。


「確かイベントは午前十時に開幕だったから、その時点で張っておいた方がいいね」


 確認するように麗華に尋ねる真。それを受けて麗華も頷いた。


「第一、第二遊撃部隊には非常事態に陥った時の対抗戦力の中枢として動いてもらうわ。陽炎にはアリーナの東西南北にある出入り口で、大師討ちや警察と協力しながらの警備を軸とし、非常事態には第一、第二遊撃部隊と協力するように。総次君と真は明日の七時に間に合うように準備を整えること」

「「「「「「了解!」」」」」


 薫の指示を受けた六名は一斉に敬礼し、局長室を出た。


「それじゃあ、僕は準備を進めるよ」


 そう言って真は総次達よりも早足で第二遊撃部隊室へ向かって行き、総次達はそれを見送った。

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