第2話 新大師の最初の作戦
「明日、港区の日本アリーナで行われるジャパンカルチャーフェスタに、経済産業大臣の新房武満がゲストとして参加する。だが彼は民間から賄賂を受け取ってそれを個人的な遊興費として着服していた。その罪を大衆の前で明らかにし、その上でこの作戦を決行する」
翌日、MASTERの最高幹部達を招集して会議室へ招集した翼は、二日後に開始する新生MASTERとしての最初の作戦を初めて説明していた。
この日の会議に参加したのは、第一師団長の新見安正。第二師団長の狭山剛太郎。大師秘書の加山光秀。サイバー対策室と統合された情報戦略室の室長の財部正行。補給部部長の皆川泰樹。医療部長の小鳥遊廸子。そして赤狼七星筆頭にして、皆川、小鳥遊の実質的な上官となった後方支援総責任者の神藤御影の六名だった。
「以上が、作戦の概要です。何か修正したいと思った箇所や要望があれば、遠慮せずに質問して結構です」
「でしたら、私の方から一つ」
翼の言葉に甘んじるように手を挙げたのは、第一師団団長の新見安正だった。
「どうぞ」
「今後の作戦に影響する問題が、私達の軍には存在します。それをこの作戦の中で同時に解消したいのですが」
「問題とは一体……?」
回りくどい説明をする安正に対し、翼はやや首を傾げた。
「単刀直入に申し上げましょう。現在第一師団預かりになっている山根正明の処分です」
その名を聞いた瞬間、翼と彼の隣に侍している御影は身体をピクリと震わせた。
「……確かに彼は第一師団の外郭部隊員として参加しているが、切るんですか?」
御影はやや驚いた様子で言った。
「彼は大義やそれに類する思想などとは皆無の、破壊衝動だけしかない男です。これまでは彼の卓越した戦闘能力が必要でしたが、あなたにしても私にしても、彼がこれ以上組織内に存在し続けるのは、障害になるだけで益にはなりません」
「……確かに、あの任務の直後も、彼は敵を討ち損じた鬱憤晴らしの為に構成員の一部を殺害し、それで一年近く地下拘置所に監禁されていましたね……」
安正の説明を受けた翼は思い出したかのようにつぶやいた。
「ええ。処刑しようにも彼に刃を向ける覚悟や実力を持った人間がいないので処刑しそびれてかれこれ一年。これ以上生かしておくのは危険です。なのでその処分を行いたいのですが処刑では不可能なので……」
「つまり俺に、永田町と霞が関の再現をして欲しいってことですか? 民衆を巻き添えにして……」
新見の言っていることの真意を洞察した翼はやや目を細めて尋ねた。
「そうは言いませんが、彼の粛清は必要です……」
安正は眼鏡越しに不敵な笑みを浮かばせた。
「翼……」
御影は不安げな表情になって無言のまま俯く翼を眺めていたが、次の翼の言葉が、彼の不安を払いのけた。
「……分かりました。引き受けましょう」
「ありがとうございます」
「ですが、方法は俺達の方で調整させていただきます。狭山さんはどうでしょうか?」
そう言いながら翼は席に着いたままふてぶてしい態度で一連のやり取りを眺めていた剛太郎に視線を移した。
「……俺は、安正のやろうとしていることの付き従う」
「了解しました。他に何かご意見があれば、どうぞ」
そう言いながら翼は他の五名を見渡したが、誰も異論を述べなかった。
「……では決まりです。今回新見団長の意見を取り入れて作戦の微調整を行い、決行十二時間前に改めて最高幹部全員に書類を持って作戦の修正案を提出します。以上」
そう言って翼は会議の終了を宣言し、御影以外の幹部達はそれぞれの持ち場に戻っていった。
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「それにしても、お前があんな提案を飲んだのには驚いたな」
司令室に戻り、各種資料の整理を始めた御影は、先程の会議の時の提案を受け入れた理由を翼に尋ねた。
「正直、俺だってああいう風なやり方は嫌いだ。だが山根義明の存在は危険過ぎる。武器としては使えても、部下にはなりえない。今回ばかりは、俺もやり方を些か強引にさせてもらっただけだ」
「だが結果的に、お前は去年浅永様がやったことと同じことをしようとしてる。こんなことを言うのはおかしな話だが、随分と振り切ったなって戸惑っちまいそうだ」
「浅永様と全く同じ方法をするつもりはない」
「ほぉ?」
御影はどこか楽しげな表情で翼の話を聞き続けた。
「その為に財部さんにああ言ったんだ。他の部署の幹部がいる場所では話にくいことだからな」
「つまり、今回の作戦成功には、財部さん率いる情報戦略室に掛かってるって訳か?」
「ああ。これで多少なりとも関係のない人間の犠牲を減らすことは出来る」
「皆無には出来ないのか?」
「……できればそうしたい……」
そう言う翼の声はどこか震えていた。
「……気負い過ぎんなよ。俺達がいるってことを忘れるな……」
御影はそんな翼の様子を見て、静かにそうつぶやいた。
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「安正、お前の言いたいことはある程度分かる。だがまさかあの清廉潔白を売りにするあの小僧に対してあんな提案を堂々とするってのは、少し驚いたぜ」
会議終了後、会議室から各師団長室へ戻ろうとしている剛太郎は、自身の右隣りで並んで歩いている安正に対してこう投げかけた。
「あなただって、山根正明の事情はご存知でしょう。あれをあのまま放置しておいては、我々の今後にとっても単なる災厄にしかならないというのは」
「ああ。浅永様が本格的にMASTER大師としての活動を始められてからの重宝されていた戦力だが、当時から奴の扱いに関しては、人事部も加山様も、あの浅永様も手を焼いていたということは知ってる」
「一度、第二師団に配属したいと言う話もあったみたいですが、あなたは断ったんですよね」
「当たり前だ。あの小僧のことも嫌いだが、奴はそれ以上に嫌いだ。ただ単に力を誇示して壊せるものを徹底的に壊すことしか考えていないようなイカれた野郎を、受け入れるつもりなんて鼻からねぇよ」
剛太郎は先程の会議から只でさえ不機嫌そうな表情を更にゆがませて怒なった。
「でしょうね。浅永様直轄部隊でも受け入れられないということで、最終的に消去法で私のところに回ってきたのも頷けます」
安正は納得した様子でそう言った。
「だが考えてみれば、四年前のお前もよくあの人事を受け入れたな」
「あの当時の山根は、受け入れ先がなくなった上に自分の力を存分に発揮できる居場所を失っていて、欲求不満が溜まっていつ暴発してもおかしくない状態でした。あのまま放置していれば確実に組織内で無差別殺人を犯していたでしょう。そうなれば、当時まだ実働組織として発足して二年目の第一、第二師団も被害を免れなかったのは明白です。不本意ですが、誰かがやらなければならなかったことです」
「……その時あの小僧はまだ組織を作ってなかったが、あいつなら山根を受け入れていたと思うか?」
「恐らくなかったでしょうね。彼は私とは違う形で国を変えようとしているようですが、その中でも彼の居場所はなかったと思います。彼の人柄を考えても、あのような男を懐刀として徴用するようなことはしないでしょう。例えある程度の非情さを身に付けたとしてもね」
「そうか……」
剛太郎はどこか不機嫌ながらも納得したような態度で返事をした。
「どうかなさったのですか?」
「いや、だが気になるのは奴のやり方だな。一応お前の提案を飲んだが、やり方に関してはあいつらなりにアレンジを加えたやり方を使うと言っていた。どう言う形でそれを行うのかが気になっただけだ。日本に対しての宣戦布告と同時にやるとしたら尚のこと、華々しい形でそいつを叩けるかどうかだ……」
「まあ、あの財部室長に声を掛けたところを見ると、恐らく彼の得意分野を使うのでしょう。例の作戦に関しても、随分前から下準備をしていたようですし、恐らく問題はないでしょね、少なくとも、こちら側においては現時点で落ち度らしい落ち度は見当たりません」
「ふんっ、また陰でこそこそと細工をしたのか? しかも俺達の知らない間にか? ああいうやり方は個人的に好みじゃねぇが、さて、どうころぶやら」
剛太郎は翼を嘲笑するかのような笑みを浮かべていた。
「お手並み拝見、ということですね?」
「成功するにせよ失敗するにせよ、俺達のこれからにもつながる開戦の狼煙となる。あそこで簡単に失敗するような大将だったら、俺は容赦なくあの生意気な小僧を葬ってやる……」
そう言いながら剛太郎は再び安正と共に団長室へ戻っていった。
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