第二部 第三章 アリーナの蒼炎
第1話 不安尽きずとも、前へ進む
「それでは、本日の訓練はこれで終了です。お疲れさまでした!」
「「「「ありがとうございました‼」」」」」
五月初旬のある夜。訓練場で第一遊撃部隊の訓練を終えた総次は、隊員百二十人の前で号令をし、その日の日報を書く為に司令室、旧一番隊組長室へ向かおうとしていた。
「オチビちゃん」
すると訓練場の出入り口で、一番隊組長の鳴沢佐助が総次を出迎えていた。
「鳴沢さん、もう局長に日報を提出なさったのですか?」
「ああ。そんで組長室に戻ろうとしたら、威勢のいい声がこっから聞こえたってことだ」
「そうですか」
「遊撃部隊司令官になってから五ヶ月が経ったが、大丈夫なのか?」
「大丈夫と、仰いますと……?」
「お前が疲れていないかってことだよ。大変じゃねぇかって思ったんだが……」
「それでしたら問題ありません。確かに仕事の方では新たに編入した隊員達の情報収集や連携の確認等で手間を取ってしまいましたが、今は滞りなく行えてます」
「じゃあ、心の方はどうだ?」
「心?」
総次は予想外の質問を受けたのか、たじろいた。
「今年に入ってから休暇を取らねぇからどうしたのかって思ったんだ。隊員達の負担は考えてるくせに、自分はおざなりになってると思ったんだが……」
「とんでもないです。心身共に問題ありません。椎名さんと一緒に、僕自身の至らない部分を見つけて克服するように努力しています」
「そう、ならいいぜ。」
「はぁ……」
総次は不思議そうな表情で畏まった態度を取る佐助を見つめた。
「どうしたんだ?」
「藪から棒にどうなさったのかなと、思いまして……」
「そうだな……」
そう言って佐助は言い始めた。
「陰と陽の闘気はどうなんだ?」
「まだまだですね。時間が掛かります」
「だが今のままでも、お前の力はあの渡真利サンも認めてるぜ。戦後に警察に誘いたいって、初めて会った時も言ってたぜ」
「いい迷惑です。隊員達の負担も考えずに……」
「……お前も大変なんだな」
「それなりには……」
佐助からにそう言われ、総次は静かに一礼をした。
「それと。ここ最近戦闘任務もない訳だし、少しは休みを取っても大丈夫じゃねぇか? この五か月間、一日たりとも休まずに働いているが、本当に疲れたと自覚した時は、遠慮なく麗華なり薫なりに声を掛けた方が良いぜ」
「お心遣い感謝します。その時間も作れるように心がけます」
「おっ、物分かりが良くなってきたじゃねぇか~」
そう言いながら佐助は総次の頭に拳をドリルのように打ち付け始めた。
「……い、痛いです……」
総次は佐助に打ち付けられた頭頂部の痛みに耐えながら言葉を返した。
「悪い悪い」
そう言いながら佐助は総次を解放した。
「でも俺がこんなにも言うのはな、麗華の為ってのもあるんだぜ?」
「局長の……ですか?」
「そうだ。あいつもここ最近、オチビちゃんが休めずに職務に励んで、ここ一ヶ月に至っては睡眠時間まで削らされて仕事してるもんだから、身体を壊さねぇか心配してんだからよ」
「ですが、それは局長や上原さんの方がよっぽどだと思います。組織内のことだけでなく、公安部や警察庁警備局との連携や情報共有の為の会議と、休み暇がないという意味ではあのお二方に勝る方はいないと思ってましたが……」
「そのランキングはもう古くて当てにならねぇぜ。ここ最近はお前がぶっちぎりのトップ。もし普通の会社だったら、上役がビビッて残業手当すら出すのを惜しむくらいだと思うぜ?」
「そういうものでしょうか?」
総次は未だ理解しえない様子で確認した。
「渡真利警視長には、麗華達の方からも言ってくれると思うから、お前は休める時に休むんだぞ」
「は、はい」
総次は敬礼しながらそう言った。
「じゃあ、俺は組長室に戻って寝るとすっか!」
「お休みなさい。鳴沢さん」
「ああ、オチビちゃんもな~」
そう言いながら佐助は組長室へ向かって行った。
「……さて、僕も局長室へ、と……」
それを見届けた総次も、日報を書き上げる為に司令室へ戻っていった。
⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶
同時刻、姉妹共用の組長室のベッドに腰を掛けている夏美は、どこか憂鬱気味な表情であった。
「はぁ……」
「どうしたの? お姉ちゃん」
暗い表情でため息をついた夏美を、三面鏡を見ながら髪をとかしている冬美が尋ねた。
「どうしたのって、それは……」
「もしかして、総次君のことを考えてたの?」
「分かるの?」
「勿論、妹ですもの」
冬美は夏美の方を振り返って微笑みながら言った。
「……冬美はどう思う? 総ちゃんのこと」
「どうって、何時も真面目で自分に厳しくて、それでいてしっかりと司令官としての仕事も果たしてるし、いい子だと思うわ」
「そう。いい子よ、いい子なんだけど……」
「気になることがあるの?」
「……ここ最近、働き過ぎな気がするって言うか、無理してるような気がするの」
「無理してる?」
首を傾げながらの冬美の質問に、夏美は無言で頷いた。
「うん。新戦組に入ってからの硬い表情が、今まで以上に硬くなった感があるし、目つきもすっごく鋭くなってるし、なんか……うん。怖くなった」
「それは、多分司令官としての仕事が忙しいからじゃないかしら?」
「それもあると思うけど、この間常島に行った時以上にそんな感じがあって、いろいろ考えるところがあるのかな~って……」
「それじゃあ、いっそのこと聞いてみたら?」
「聞いたんだけど、自分は大丈夫の一点張りだったわ」
「そうなの……」
「佐助さんも麗華さんも、最近前にもまして総ちゃんの表情が怖くなったって言ってて、それで……あぁ~! もうあたしどうしたらいいの⁉」
夏美はそう叫びながらベッドに思いっきり背もたれて寝ころんだ。
「うふふっ」
「ちょっと、冬美! 何がおかしいの⁉」
「ごめんなさい、でもお姉ちゃん、本当に総次君のことが好きなのね」
「す、好きって言うか、いつもは真面目だけど、たまに子供っぽいところがあって、そこが可愛いって言うか……」
「ほら、好きなんでしょ?」
「うう……」
冬美にそう言われた夏美は言葉に窮した。
「でも確かに、ここ最近の総次君にはそれすら見えなくなった感じがあるように見えるわね。そう考えると心配になるのも無理ないと思うわ」
「でしょ? でもどうしたらいいのか分からなくって……」
そう言う夏美の表情は徐々に悲壮なものになっていった。今となっては、もっとも総次のことを思い、心配しているのは他でもない、夏美であったからだ。
そんなことを考えてると、二人のいる組長室のドアをノックする音が聞こえてきた。
「はい、いますよ」
「真だよ。ちょっと入っていいかな?」
「はい、今開けます」
そう言って冬美は髪をと書いていた櫛を三面鏡の前のテーブルに置いてドアを開けに行った。
「おや、もうこれから寝るところだったのかな? だとしたら邪魔しちゃったかな?」
「そんなことないですよ。大歓迎ですっ!」
真の姿を確認してからの冬美は、満面の笑みになった。
そんな冬美の持て成しを受けて部屋に入った真は、冬美と対照的に深刻な表情でうんうん言っている夏美を視界に捉えた。
「……夏美ちゃんは、どうしたのかな?」
「それが、総次君のことでちょっと……」
「総次君の……なるほど。最近の総次君が仕事に入れ込み過ぎて心配になってるのかな?」
「そうなんですよっ‼」
真の言葉を耳にした夏美は勢いよく身体をベッドから起こしてそれと同時に叫んだ。
「よ、予想以上に深刻そうだね……」
そんな夏美に気押されしてたじろぐ真。
「真さんっ! 同じ遊撃部隊の司令官として、総ちゃんは一体どうしてあんな風になったのか、理由を知ってたら教えてくれますか?」
「……まあ、本人はそこまで根を詰めてるつもりはないと思うけど、まあ無理と言うか無茶と言うか、それに近い状態にあるのは何となく気付いてるよ。でもどうしてそうなったかまでは僕にも分からないね」
真はお手上げ手と言わんばかりの表情だった。
「更に言うなら、しばらくの間は遠くで総次君を見守る方が良いと思うよ? 今の彼に必要以上の距離で迫ろうとしたら、却って争いごとの種になりかねないと思う。多分総次君もその辺りを察して、トラブル回避の為に周りとの接触を必要がない限り避けてると思うんだけど……」
「どうして避けるようになったんだろう……」
夏美の表情は一向に晴れの気配がなかった。
「考えられる理由としたら、あの闘気のことでしょうか?」
二人の会話に割り込んだ冬美は何か思い当たる節があるかのように言った。
「陰と陽の闘気。沖田総一が常にフルパワーで無制限に近い形で力を振るえていたのに対し、総次君はフルパワーの四割程度が限界の上、そのコントロールがあまりにも難しいって言ってた。だからそのコントロールを完璧にしよとしてるけど、それが難しいという問題に直面して厳しくなってるか……」
「例の闘気に関して、総次君は何て言ってるの? お姉ちゃん」
そう言って冬美は夏美に話を振った。
「常島に行った時は、自分一人の力でどうこうなるほど甘い世の中じゃないから、自分の出来ることを最大限やり抜くことが大事みたいなことを言ってましたけど……」
「本心で言ってるのか、それとも自惚れないように自制心を働かせる為に自分に言い聞かせてるのか。どちらにしても、心中複雑なのは確かみたいだね」
「自惚れない為に……でも総ちゃんにそんなそぶりなんて……」
「本人に自覚がなくても、知らないうちに行動に出ている可能性だってあるからね。まあ、もし総次君のことが気になったり心配になるんだったら、今の内は遠くで見守って、何かあった時に助けてあげればいいさ。勿論、皆でね」
「……そうですね。その時は一緒にお願いします」
真に諭された夏美は、微かに微笑みながらそう言った。
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