第9話 新大師の就任式

「では、明日の午前十時より、新大師の就任式を大広間で行う。バタバタして済まないが、これから準備に入る」


 浅永の最期を看取った加山は、大師室を出て赤狼エリアに戻ろうとした翼と御影を呼び止めてそう説明した。


「浅永様のご遺体はどうなさいますか?」

「浅永様は生前、自身の葬儀は行わず、ご遺体も暫く本部の安置室に保管しておいてほしいと仰っていた。しかる後、公共墓地に埋葬することになる」

「そうですか……」

「では、明日は頼んだぞ」


 そう言って加山はその場を去った。


「おめでとうございます、翼君」

「新見さん……」


 そんな加山と入れ違いに、安正が翼に声を掛けた。


「これであなたは、明日から晴れてMASTERの大師となられる。私も不肖ながら、あなたの破行のお手伝いをさせていただきます」


 そう言う安正の態度は極めて慇懃で、何も知らぬ者が見れば翼の忠臣と思われるようなものさえ感じさせた。


「……新見さん」

「どうなさいました?」


 一方で翼はそんな安正の態度に対して恐縮していた。と言うより、安正の慇懃さの裏に黒い感情の影を感じ取って委縮していると言った方が良いだろう。


「至らぬところはありますが、宜しくお願いします」

「勿論です。ただし、私とあなたの戦いは、その先にあるのを、お忘れなく……」


 そう言って安正は大師室を後にした。


「幸村翼……」


 その安正に続いて、剛太郎が翼と御影の前に立ちふさがった


「狭山師団長……」

「……お前がMASTERの名を汚すようなことをしねぇのを祈ってる。安正の為にもな」


 眉間に皺を寄せ、彼に対する不安を口にした。

そんな剛太郎に、御影はどこか恐怖を感じ取ったのか、その場で二人のやり取りに介入しようとはしなかった。


「……肝に銘じてます」

「……本当だな?」

「無論です」

「その言葉、忘れんじゃねぇぞ」 


 剛太郎はそう言って安正の後を追ってその場を去った。


「大丈夫か? 翼」

「何とかな。それにしても、遂にこの時が来たな……」

「明日からは正式にお前が大師となる。俺達の野望もぐっと近づいた。まあ、まだ現実身を帯びていない感じがするが……どうしたんだ? 翼」


 不意に御影は翼の表情を覗き込んだ。彼の表情は嬉しいとも悲しいとも取れない複雑な印象を見る人に与えていた。


「……結局、俺は最後まであの人のやり方は容認できなかったが、最後まで俺のやり方を否定しなかった。何となく複雑でな……」

「お前としては、この現状をどう捉えていいか分からないんだな」

「だが、その感傷にいつまでも浸っている時間もない。それにこれからは第一、第二両師団からの協力が必要になる、今のところ新見さんと第一師団は大丈夫そうだが、狭山師団長のあの態度には、引き続き要警戒だろうな」

「翼、お前の背中は俺達七星と同志達で守る。第一と第二師団がある程度力を貸してくれるならともかく、もし俺達の野望への道を阻むような真似をした時は、任せてくれ」

「ありがとう、御影。だが俺の方でも、可能な限り衝突は押さえるよ」

「分かった。お互いに頑張ろうな」

「ありがとう、俺達は明日の準備をする必要がある。大師様死去の報と同時に、明日からはいろいろ大変になる」

「だな。書類整理とか諸々の力仕事もあるから、将也達の腕力を頼るとするか」

「分かった。だが当然、当事者として俺が主導で行う」


 そんな会話をしながら、翼と御影は赤狼エリアへ戻っていった。



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翌日、午前十一時二十分。MASTER本部中央エリアにある大広間で、赤狼構成員三千名、本部所属の構成員一万万八千名、後方支援担当部門所属の構成員二千人、合計二万三千人の構成員達の前で、加山の司会の下、幸村翼の大師就任式が執り行われていた。


『幸村翼』

「はいっ‼」


 大広間の中央の壇上でマイク越しに名を呼んだ加山の呼び声に、翼は大きく、そして凛とした声で応えて壇上へ上がった。


『MASTER初代大師、浅永健一郎の命により、そなたを二代目大師に叙する』


 そう言われた翼は、大師バッジと並ぶ大師の証明「大師杖」を授かった。受け取った翼はそのまま回れ右をして構成員達の方を振り返り、改めて姿勢を正して一礼した。一同は拍手で迎えた。


「……遂にこの時が来たんだね……」

「ああ。俺達の大将が遂に全軍の総司令になる」


 壇上で加山から大師杖を授かった翼を見て、大広間の出入り口近くで立っている将也と慶介は感慨深そうな声を出した。それは御影以外の四人も同様だった。


「だが、第一師団の一部と第二師団からの反発を払拭しきれない状態での就任だ。俺達はこれからそっちの対処も必要になってくる」


 そんな彼らとは対照的に、御影は今後の赤狼、引いてはMASTERの行く末について憂慮していた。


「俺達も当然協力する。だが翼は?」


 御影の右隣にいる尊はひそひそ声で御影に尋ねた。


「自分と御影で何とかするって言ってたよ。まあ、俺達にもある程度行儀よくしろってな」

「行儀よく、か……」

 

 そう言われた慶介はどこか難し気な表情を見せた。


「まあ、慶介に限ったことじゃないから、全員気を付けることだな」

「お、俺に限ったことじゃねぇって……」


 御影から名指しされた慶介はへこみ、他の五人はくすくす笑った。それには慶介もさすがに反論できなかったようだった。



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「さて翼、大師に就任してから、何か意識は変わったか?」


 式典が終わり、赤狼司令室に戻った翼に対し、同じく一緒に戻った赤狼七星筆頭の御影は尋ねた。


「今まで以上に責任感が強くなった。それぐらいだな」

「じゃあ今までとそこまで変わってねぇってことか?」


 翼の余裕のある返答を聞いた尊が尋ねた。


「必要以上に構えることもないってことを悟っただけだ。構え過ぎて本調子が出ないんじゃあ、本末転倒もいいってもんだからな」

「なるほどね。お前らしい切り替えの早さだ」


 尊は納得した様子でそう言った。


「そういえば、あの話はどうするの?」


 次に翼に尋ねたのは、両手に二本ずつ焼き鳥を持って次々と食べている将也だった。


「……MASTERの名称を、赤狼に帰るって言うあれか?」

「うん。翼気に入らないって言ってたでしょ? これから僕達がメインで動くのにMASTERだとやりづらいって」

「その件だが、必要はない」

「どうして?」

「気付かないの? 将也」


 のんびりそうな態度で首を傾げる将也を見て呆れながら話に割って入ったのは瀬理名だった。


「今の翼、引いては赤狼は両師団からの睨みがきつい状態なのよ。にもかかわらずこの状態で組織名まで赤狼に変えたら、組織を私物化するんじゃないかって誤解を招いて、赤狼と両師団との関係をより悪化させるだけでしょ?」

「翼もそれを考えたから、組織の名義変更を見送るって言ったのよ」


 瀬理名に続いて八坂も話に加わりながら言った。


「そう言うことだ。それに……」

「「「「「「「それに?」」」」」」」


 赤狼七星は翼を見ながら声を揃えて尋ねた。


「例え名義を変えたとしても、MASTER時代の大量虐殺をなかったことには出来ない。そう言う意味では俺も浅永様と共犯に変わりはない」

「翼……」


 重々しい口調で御影はつぶやいた。


「御影、例の手筈はどうなってる?」

「定期連絡で、何時でも実行可能だと」


 御影は先程までの重々しい態度を改め、事務的な態度で答えた。


「分かった。恐らくその作戦は近いうちに実行可能になる。まあ、これからしばらくの間は組織内の諸々の事務手続きで動けない。本格的な活動はその後になるが、それまでにお前達には、赤狼の練度をより上げて欲しい」

「ああっ! 任せとけっ!」


 翼の言葉に真っ先に反応した慶介は気合十分な声で応えた。


「それで翼、例の作戦の始動はいつに定めたんだ?」


 続けて瀬理名が翼のデスクの前まで来て尋ねた。


「明後日に開かれるMASTERの会議で第一、第二師団長を迎えてから正式な発表をするが、時期はおおよそ二週間後だ」

「そう、二週間後ね」

「そうだ。その日が俺達の大望への出発日となる」


 翼の宣誓にも似た言葉に、赤狼七星は武者震いをした。自分達が思い描いた理想が現実となる日が、刻一刻と近づいていると実感しているからである。


「これからが俺達の本当の戦いとなる。お前達も気を引き締めろよ」

「「「「「「「勿論さ‼」」」」」」」


 翼の号令に、赤狼七星は感極まった声で応えるのだった。

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