第4話 準備は進む

真が出ていったのと入れ違いに、今度は勝枝と修一が局長室に近づいてきた。


「総次、それに陽炎の皆さんも」

「澤村さん、笠原さんも」


 修一を見上げながら総次は声を掛けた。


「何やってたんだ? お前達」

「さっきまで訓練場で特訓してたんだよ」


 ぶっきらぼうな態度で尋ねた翔に、勝枝も似たような態度で答えた。


「そう言えば、皆は知ってるんスか? 例の話を」

「なんですか?」

「いや、三週間ぐらい前に総次が真さんや翔さん達と一緒にMASTERの基地を制圧して捕らえた奴らなんスけど、死んだみたいで」

「死んだ? 取り調べ中にですか?」


 修一の話を聞いた総次は首を傾げた。取り調べ中に死んだと聞いて大して驚かなかったのは、大師討ちでは状況によっては取り調べ中の拷問も警察上層部から認められていた。それは然したる問題ではないが、勝枝の次の一言が総次達を微かに驚かせた。


「これでもう二十三回目、八十人を越えてるよ」

「渡真利警視長になってから多くなったけど、もうそんなになってたのね……」

「情報が得られなかった場合は裁判にかけられるはずだったと思いますが……」


 哀那の愕然とした言葉に続き、総次は静かに勝枝に尋ねた。


「それも渡真利警視長がが得ちまってな。今の大師討ちじゃあ不文律になっちまってる」

「では、何か情報は得られたのですか?」

「いや、どうやら組織でも末端中の末端の連中で何も知らなかったみたいんス。それに警備局長の話じゃ、大師討ちが拷問の末に被疑者を死なせても、上層部は大師討ちの力を惜しんで処罰することはないだろうって言ってたっス」


 清輝の質問に、修一は不機嫌そうに後頭部を掻きながら答えた。


「また事なかれ、ですかね。力が惜しいからと言って特務部隊に好き勝手させたらロクなことにならなというのに……」


 総次は飽きれながら答えた。


「だけど警備局長は、数日以内に渡真利警視長を呼び出して警告するって言ってたわ」


 修一に変わって勝枝が答えた。


「勝手させるとどうなるか分かったもんじゃないからな」


 そう言って大師討ちへの警戒を見せたのは翔だった。


「こんなことしてたら十時過ぎちまう。じゃあ、俺はこれから日報を出しにいくんで、行きましょう! 勝枝の姉貴!」


 そう言いながら修一はバタバタと急ぐように局長室へ続く廊下を走り始めた。


「修一! そんなに急いでコケるなよっ!」


 そう言いながら勝枝は早歩きでその後に続いて行った。


「それにしても、渡真利警視長がリーダーになってからの大師討ちは何か、乱暴になったような気がする」

「組織としての面子が掛かってるのが一番大きいでしょうが、それでもあのやり方は……」


 局長室へ向かって行く修一達を見送りながら、麗美と哀那はそんなことをつぶやいた。特に哀那に関しては先程の修一に負けない程の不機嫌そうな表情だった。


「それにしても、MASTERも随分と派手なことをしようとしてるな。日本アリーナの大観衆の前で殺しをやろうなんてよ」

「去年の正木氏のように暗殺って形じゃないのが、今までと違う感じですし」


 翔と清輝は先程麗華から聞いたMASTERの殺害予告を思い出していた。


「また、永田町と霞が関の繰り返しになるんですかね……?」

「沖田、どうしたんだ?」


 不意につぶやいた総次に、翔は彼を見下ろしながら尋ねた。


「明日のイベントは、観客とイベント関係者を含めて四万人以上が参加され、テレビ放映でも十時間の生放送。何をするにしてもインパクトはありますね」

「それを機に、MASTERがなにがしかの宣伝をするって言いたいのか?」

「万一にもやるとしたら、この上なく絶好のシチュエーションです」


 翔の言葉に、一層責任感に満ちた硬い表情で答えた総次。


「あまり構え過ぎんなよ。俺達も力を貸すぜ! 第一遊撃部隊司令官さんよっ」


 そう言って翔は責任感で硬くなった表情のまま面を伏せた総次の背を軽く叩いて激励した。


「そうよ、私達も椎名さんもいる」

「だから、気を楽に持ってもいいと思うよ?」

「……明日は、宜しくお願い致します」


 総次は哀那と麗美の励ましの言葉に一礼をして自室へ戻っていった。


「……渡真利警視長は随分と総次君を買ってるんですね」


 去り際の総次の背中を見ながら、清輝はつぶやいた。


「まあな。俺達もMASTERも、沖田兄弟の戦いを目の当たりにしてるんだ」

「全員で力を合わせても倒せなかった沖田総一を、たった一人で倒したんですもの。政府が無視できないのも頷けます」


 翔と哀那は、総次の中に眠る陰と陽の闘気の強大さに改めて思いを馳せ、そして警察の総次への姿勢を思い出していた。一方で麗美はどこか不機嫌でった。それは彼女のこの言葉から理由が伺えた。


「でもそれって、結局あの子を自分達の都合のいい道具にしようって思ってるってことでしょ? だとしたらなんか納得できない」

「だが恐らくそんなことはあいつも分かってる。俺達以上に、あいつが不愉快に思ってるだろうな。」


 麗美の気持ちに同調しつつも、翔は総次の心境を的確に洞察していたのだった。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


「それにしても、十二時半の昼食時に殺害予告を出すとはな。それも俺達が今まで使ってない書式でよ」

「警戒心を抱かせるのは重要だが、必要以上にやると動きにくくなる。ある程度悪戯っぽさをだしただけだ」


 午後十時半。新たに大師室となった旧赤狼司令室で翌日の作戦の最終確認を終えた御影と翼は、その日の事務作業を終える為に資料とにらめっこをしていた。そこで御影は翼に対し、正午に各地の情報戦略支部経由で送った殺害予告の件について尋ねた。


「あの時間帯は観客も関係者もアリーナの中や外から離れ、その周囲にある仮設の休憩所やファミレスで休む。だが奴はアリーナの中でイベントの主催者とスポンサーと会食をすることになっている」

「だが、連中だって会場を移すかもしれないぞ?」

「心配ない。新房は前にも何度か殺害予告をもらったことがあって、その都度こう言ってたんだ。自分は犯罪やテロには決して屈さない。堂々と立ち向かうってな」

「勇敢だな」

「蛮勇と言った方がいいだろう。今回はその蛮勇を利用させてもらうってことだ」

「なるほどな……」


 翼の説明に、御影は納得した。


「新戦組も警察も護衛に力を注ぐ。関係ない人々を巻きこまずに済むと信じたい」


 翼は一呼吸置いて口を開いた。


「それに恐らくだが、今回の一件に総次が加わる可能性が高い」

「おいおい、いくらあいつの力が強力だからって、そんな上手くいくか?」

「最近の連中は、総次に依存してるように見えてな」

「根拠は?」

「この四カ月、総次と一緒に警察連中が一緒にいることが多くなってる。都内各地に放った構成員から送られた映像を見たが、八割以上の確率で総次が一緒に映っていた」

「八割?」

「そしてあいつは瞬く間に任務を完了させた。あの驚異的な力を目の当たりにして、依存しない筈はない」

「……まさかお前、この気に乗じて沖田総次を……?」


 翼の言わんとしてることを察した様子を見せた御影はそこから先を言おうとしたが、それを遮るように翼は話し始めた。


「あくまで賭けであり、俺の勝手な願望だ。その為に日本アリーナの外縁に監視役を送り込んで確認を取れるようにしてある。いなければ俺は何もしないさ。無論、出れば俺も出る」

「例えそうだとして、勝算はあるのか?」

「俺と戦わらざるを得ない状況に追い込む」

「どうやって?」

「この間の法規粛正で捉えた構成員に、山根が襲来することをほのめかせる。戦闘経験のあるあいつらなら、恐らく新房の護衛の為に真っ先に動くだろうな。それと……」

「それと?」

「奴が討伐されたら、こいつを使う」


 そう言って翼は自身の右頬から左眉に伸びる大きな傷を指さした。


「……釣るんだな」

「以前からあいつは俺との決着にこだわっていた。そのこだわりを今も捨てきれていないのなら……」

「だが、俺としては沖田総次が山根に倒されるのがいいと思うがな。その方が俺達にとって一石二鳥で手間が省ける」

「期待でいないな。あいつが力を最大限使えば、山根を潰せるだろう」

「随分と評価してるな。奴のことを」

「警戒してるんだ。いずれにしても例の準備も進めるよう、各地の情報支部に伝えてくれ」

「了解、大師様」


 語り合った後、二人は再び作業に戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る