第5話 MASTERの戦乙女達

 赤狼エリアの七星専用の部屋へ向かうアザミと八坂は、率いる部隊の訓練を終えた後、翼との特訓にしごかれて疲労困憊の状態だった。


「はぁ~……翼ったら、今日も特訓でメチャしごいてきたよ~……」

「文句を言うな、と言いたいとこだけど、これに関してはあたしも同感だね」


 八坂はそう言って愚痴るアザミを宥めた。彼女達は二十分前まで赤狼エリアの訓練場で赤狼七星として翼と稽古をしていた。だが翼の稽古は日増しに苛酷になり、どちらかと言えば翼自身の力を高める為の稽古になっていた。いつしか六人纏めて掛かっても全く太刀打ちできない程の力を手にした翼に、彼らは尊敬と同時に「もう翼と稽古をしたくない」という言葉を吐くようになっていた。この時も本隊との共用食堂へ向かう廊下で、二人はその件を話していた。


「でもさぁ~、これから大師になったら、もう前線に出ることなんて少なるはずなのに、どうしてあんなに強くなろうとするのかな~?」


 疲労から前傾姿勢のだらしなく歩きながらつぶやいたアザミに、八坂は苦笑いしながら答えた。


「元々翼だって、あそこまで力に拘るつもりはなかったさ。沖田総一との戦いでの敗北が、あいつを変えたんじゃないかな?」

「でも、翼だって全力の本気になったら勝てたはずじゃない?」

「状況などで変わるが、実際に目の当たりにして分かった。当時の翼で敵うかどうか、あたしにも自信を持って言えないわ」

「でもあいつは単なるバケモノだったでしょ? そんな奴と比較したってしょうがないと思うけどな~」

「だが、今の沖田総次に対抗する為にはそれぐらいが必要だってことよ」


 そのように話していると、共同食堂の入って直ぐの券売機の前で二振りの忍刀を背負った黒いショートヘア―の女性が首を傾げながら立っていた。


「あんた……服部祐美か?」

「あら、あなたは確か赤狼の五十嵐さん、でしたわね?」


 祐美は手探りで八坂の名前を探し当てたかのように尋ねた。


「奇遇ね。こうやって会うなんて。聞いてるわよ。去年の蒲池の一件以降、表と裏の任務を両立してきたってね。流石に『地獄(ヘル)の女神(ゴッデス)』の異名は伊達じゃないわね」

「まだその悪名で呼ぶのね。私はただ単に仕事をこなしているだけ。それも出来る限り時間を掛けたくないから、短時間で仕留められるようにしてるの。それを知った仕事仲間が勝手につけたのがその異名よ」

「でも、あたしは中々に合ってるは思うわ」

「まあ、どう受け取るかは勝手だけど、私としては出来ればあまり聞きたくないわ」

「そう、ならこれ以上は言わないわ。それよりあの噂は本当なの?」

「噂?」

「MASTERの本隊、双璧とば別の部隊の一つを預かる身になったって」

「えっ、それマジ⁉」


 アザミは初耳の様だった。


「私にも分からないわ。でも確か加山様が近々大きな報告があるって言ってて、人事に関する話もそこで出ると思うわ」


 一方で祐美は対して驚くわけでもなく、平然と答えた。


「でも、これまでの功績なら、そろそろあなたも前線の仕事を任せることは出来ると思うわ。その辺りを考えると、結構期待が出来ると思うわ」

「そうだよっ! 祐美さんだったら出来るって!」


 アザミは目を大きく見開いて言った。


「三上アザミ……流石は赤狼の女豹と言われるだけあって、その格好と性格で多くの男を惑わせたのね……」

「は? 女豹?」

「知らないのね。慣れている赤狼はともかく、男が比重を占めるこのMASTERで、あなたのように派手な格好、特に夏場に露出ん激しい恰好をして歩いていると、多くの男性構成員があなたの魅力に目が眩むって、それこそもっぱら噂になってるわよ?」

「……そうだったの? 八坂」

「今更気付いたの?」


 初耳だった様子のアザミとは正反対に、八坂は以前から知っているような態度だった。


「噂は本当だったのね。あなたが男として見てるのは幸村翼のみ。他の男どものことなど眼中にないから、赤狼の構成員達はともかく、本隊の男どもの聖翼に飢えた眼にも気づかないって、女子構成員達の間で言われてるのよ?」

「マジで? うげ~! あたしってそんな風にに見られてたんだ~」

「それも大抵は女との経験がない奴らよ」

「ますますキモイよ~」


 アザミは顔を青ざめて気持ち悪そうに言った。


「まあ、あんたがそう言う目に見られるのは仕方ないと思うわ。春先だからってその恰好をしてたら、慣れてる赤狼の連中と違って、他の男共は注目するわね。見るからに痴女だし」

「ち、痴女っ⁉」


 八坂の言う通り、この日のアザミの格好は、ノースリーブのシャツに太ももの根元までざっくり裂かれたカットジーンズと、とにもかくにも露出が激しかった。


「ええ。それにしか見えないわ」

「へぇ~……年中ライダースーツで蒸れ蒸れのその身体の臭いを嗅ぎたいって変態共が赤狼にうじゃうじゃいるのを知らない女がそう言うんだ……」

「なっ、あいつらあたしをそんな目で見てたのかっ⁉」

「そうよっ。陰でひそひそ言ってたの聞いたことあるもんっ」


 アザミは得意げに胸を張った。一方で八坂は呆然と立ち尽くしていた。


「まあ、いずれにしてもあなた達二人は、MASTERの男共にとって目に毒だってことね。赤狼に在籍してる構成員達が羨ましいって声が上がってたし」


 そんな二人と対照的に涼しい表情で毒を吐いた祐美は、その足で券売機で勝ったきつねうどんをカウンターに持っていっていた。


「あんた……」

「流石は闇の闘気の使い手。言葉にも毒を含めるのね……」


 アザミと八坂は共に額に青筋を立てて祐美を睨んだ。その睨まれた祐美はと言うと、カウンターで貰ったきつねうどんを何食わぬ顔でテーブルに持っていっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る