第6話 忠義と、野心と

 赤狼エリア内にある訓練場の隅に設置されたベンチで、尊達四人は翼との訓練について話していた。


「翼の言いたいことは俺も分かる。俺だって沖田総一にやられたことは悔しいし、今より強くなりてぇってのはある。だがなぁ……」


 と、慶介は隣で肉まんを頬張っている将也に振った。


「疲れちゃう……」 


 将也は口を肉まんでもごもごさせながら言った。


「その通り、フルパワーの翼の力は私達六人でも歯が立たない。半年前の敗北から、一層力が増した感じがするわね」


 慶介達が座っている隣のベンチに腰を掛けてサーベルの手入れをしている瀬里奈も、翼の変化を敏感に感じ取っているようだった。


「それにあいつは闘気だけでなく、技巧にも磨きをかけてる。だから前よりも戦いにくくなったよ」


 そう話す尊は訓練場の中央で薙刀の素振りを終えて彼らに歩み寄った。


「ストイックだな。尊は」

「そんなんでもねぇけど、じっとしてられなくてな」

「そういやもう何年になるっけ? 俺達赤狼七星が翼と会って」

「確か今年で五年になるな。あいつと施設で会って」

「もうそんなになるか。長い付き合いだな……」


 慶介も尊は感慨深そうにつぶやいた。


「考えてみたら、昔から一貫してるよな。誰かの為に戦いたいとか、この混乱の時代を何とかしたいとか、最初に聞いた時は笑いそうになったっけ」

「だな。たった十四歳の子供がそんなことを言いだして、マジでそんなこと出来んのかって」


 しみじみとした表情で昔の翼を回想する慶介と尊。


「十五歳で赤狼が発足させた時も、最初は青臭いことばかり言うあの子が信じられなかったわ。でも実現させる為に任務に励んで、結果を出し続けた」

「その上、大師様が非道な作戦を提示した時は、いつも真っ先に反対してたね」


 瀬理名と将也もこれまでの翼の言動を振り返っていた。


「混迷の時代を斬り裂き、多くの人が幸せに暮らせる国にする。それがあいつの行動の源泉だからな。多くの人々を犠牲にするような作戦が許せないのも分かる」


 尊は薙刀の素振りを終えて慶介達の下へ戻りながら言った。


「そう言うところが翼らしいとこね。でも御影が言ってたけど、これから新たな大師として君臨するとなると、今までとは違う形で苦労を追うことになるわ」

「その辺りは御影やサイバー戦略室の財部さんがフォローするだろうから、僕達はそこまで気にする必要はないと思うよ、瀬理名」


 将也は肉まんを包んでいた紙を丸めながら瀬理名に言った。


「それにあいつだって俺達の総司令官になったらそれぐらいの腹はあると思うぜ。指導者としての覚悟って奴くらい、あいつは持てるさ」

「おやおや、赤狼が発足した時に一番あいつに食って掛かってた新村慶介が、七年も経てばあいつの信奉者の一人となるとはな」

「別にあいつの信奉者になったつもりはねぇ。だがあいつが単なる青臭いことを吐くだけの薄っぺらい奴じゃなかったってことを言ってるんだ」

「またまた、謙遜を」

「お前は……‼」


 慶介は耳と頬を赤らめてそれ以上何も言えなかった。そんな彼らのやり取りを、将也と瀬理名は微笑ましそうに眺めていた。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


MASTER本部の中心エリアにある小会議室で、第一師団団長を務める新見安正は、第二師団長との小会議を行う為に、到着を待ちながら優雅に紅茶を飲んでいた。

 するとドアをノックする音が部屋中に響いた。


「どうぞ」


 安正は静かに、そして持ち前の流麗な声で応えた。入ってきた第二師団団長・狭山剛太郎は、他者を威圧するかのような巨躯と傷だらけの強面を安正に向けてきた。


「また呑気に茶を飲んでるのか。相変わらず無駄に優雅だな、安正」


 そう言いながら剛太郎は右手に持ったコーラの瓶の栓を開けてぐびぐびと飲み始めた。


「無駄に、は余計ですよ。ですがまあ、一々あなたにそう反論するのも疲れました」

「ん? 今日は随分とあっさり引いたな」


 剛太郎は意外そうな表情をしながら安正と反対の席に着いた。


「ところで、そろそろ全国に散った互いの師団の構成員達が、終結したのではないですか?」

「一応な。だがやはり結成当時からかなり数が減ってやがる。俺の第二師団で無事に本部に帰投した連中を含めても、一万三千しかいねぇ」

「私のところも、一万五千しかいません。やはりこの七年で、相当に数を減らされてしまいましたね。結成当初は第一、第二師団を含めて四万人に及んでいたのですがね」

「敵にもやる奴がいるってことだ。特に去年から新戦組モドキに入ったあのチビ」

「……ああ、沖田総次とかいう少年ですね。確か翼君のご友人とか」


 安正は思い出したように答えた。彼の名前は既にMASTER内部でも知らない者はいなくなっていた。


「ああ。奴が今年に入ってからウチの過激派連中を何人殺したと思うか?」

「さあ、そこまでは」

「おおよそ五百人。各地に散っていた過激派で、ある程度場所と人数が把握できた場所に限定してもだ」

「たった四カ月で五百人……大したものですね」

「だが、去年の永田町と霞が関の時にも、それの倍以上の過激派があの世に案内されたと聞いている」

「ええ。あの赤狼の幹部と、新選組モドキの手練れが束になっても敵わなかったボスを、たった一人で倒した、と」

「……あのガキは、その沖田総次を討てるのか?」

「どうですかね。ですが、ここ最近の彼は部下の子達を相当にしごいていると聞いています。どうやら沖田総次への対抗の為かと」

「そりゃ、熱心なこった」


 そう言いながら剛太郎はコーラを一気に飲み干した。


「随分と話が逸れたが、俺をここに呼んだ理由を聞いてもいいか?」

「もうあなただってご存知でしょ? 大師様が危篤と言うことは」

「……ああ。昔から心臓が悪かったからな。そろそろ限界だと思ってたが……んで、あいつが次の大師に就任するんだろ?」

「ええ」


 どこか不安そうな表情でつぶやいた剛太郎に、安正は淡々と答えた。剛太郎は安正とは違い、場数という点において自分達よりも劣る翼が大師に就任することに対して微かに不安を抱いていた。彼でなくとも、まだ十九歳になったばかりの翼が新しい大師に就任することに不安を抱くのは無理のないことである。

既に翼が正式にMASTERに加入して四年になり、実績も残しているが故にその懸念もある程度は払しょくされたが、それでも皆無という訳ではないのだ。


「不安じゃねぇのか? 俺達よりもキャリアが短いあいつが大師になることに」

「無論です。まだ彼が大師に相応しいかは未知数ですからね。理想はともかく」

「まあ、大層な理想だと思うけどよ、それでも実現はほぼ不可能じゃねぇか?」

「それは、私もあなたとの交流である程度は分かりました。ですが私達の大望は彼が作ろうとしている世界の先にも作れます。その為には実現してもらわなければ困ります……」

「……随分と冷静になったな。大師様に直接、次期大師候補筆頭から外されたことを告げられたあの時と違って」

「あの時……」


 剛太郎が言ったあの時とは、四年前に翼が加入した直後に赤狼を組織したことである。当時十六歳だった翼は、大師こと浅永コンツェルン総裁・浅永が経営する施設で育った八坂達だけでなく、全国二十五に点在する施設の少年少女達から賛同者を集い、瞬く間に四千人を超える組織を生み出した。

そのカリスマ性を評価した浅永は、彼を次の大師候補第一位に指名。これによってそれまで候補第一位だった安正がその地位から陥落した。


「お前のあの時のやけくそな態度は覚えてるぜ。俺もあの時は意外に思ったが」

「ですが彼は、この国の腐敗を一掃し、多くの人々が希望を持てる国にしたいと言ってました。その言葉は施設にいる多くの少年達の希望となった。その彼にこの段階で必要以上に反抗的な態度を見せるのは、却って私自身の目的を遠ざけることになる上に、立場も危うくさせる。そう悟っただけです」

「なるほどね。それで今は密かに牙を研いでる状態って訳か」

「あなたは、いや、あなた達第二師団はどうなんですか?」

「不安は多いし、そもそも俺もあいつらの為に戦ってる訳じゃねぇ。だからお前の理想があの小僧の築く未来の先にあるならってことで無理やり納得しただけだ。第二師団の連中にはあいつの反抗的な奴は今でも多いのは変わりないが。暴発しないように配慮はしておく」

「では、引き続きお願い致します」

「だがフォローになるが、あいつらがここまで奴に反抗するはお前の為でもある。お前がそうやって仮面をするから、代わりにあいつらが奴に文句を言う立場になる」

「文句は言いませんが、これでも一応嫌味は言ってますよ。あなたと同じように納得してるわけではありませんからね。ですが嫌味程度にしてます」

「それでお前は堪えられんのか?」

「……まあ、堪えますよ。これでも第一師団の団長です。これしきのことを堪えられなければ、本部の精鋭部隊たる師団の片翼を纏められない。今はまだ堪え時です」


 そう言いながら再び紅茶に口を付けた安正を、剛太郎は不思議そうに眺めた。


「まあ、しばらくの間はあの小僧のお手並み拝見だな。どこまでやれるか、本当に次の大師として相応しいか、見ものだな」

「最もですね」


 硬い決心をしたような表情で訴えた剛太郎に、安正は微笑みながら感謝の言葉を述べた。

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