第4話 上原権蔵の懸念
渡真利との会談が終わって後、総次は上原権蔵警備局長と会う約束をしていた。これは総次が渡真利との会談を行うと知った彼が、短い時間でもいいからと薫に頼んだからである。その理由に関しては総次と会ってから話すということだったので、総次としては気になることであった。
(警備局長が僕に聞きたいことって一体……)
そう思いながら警備局長室の前へ着た総次は、ドアをノックした。
「どうぞ」
中から権蔵の声が聞こえ、それを受けて総次はドアを開けて入室した。
「新戦組第一遊撃部隊司令官、沖田総次。参りました」
「うむ、突然呼び出して申し訳なかったね」
唐突に総次を呼び出したことを謝罪しながら、権蔵は総次をソファに腰を下ろすように手で指示した。総次もそれを受けて一礼をした後にソファに腰を下ろした。
「今朝がた、上原さんを通じて警備局長が僕と話がしたいと聞かされた時は驚きました。一体どうされたのですか?」
「うむ。実は渡真利君のことについて君と話したいと思ってな……」
そう話を切り出しながら、権蔵は総次と反対側のソファに腰を下ろした。
「渡真利警視長のこと……ですか?」
「君は、彼にどのような印象を持ったかな? ああ、一番隊を君に無断で遊撃部隊に編成するように言ったことへの不満を挟まずにだ」
「そうですね。対MASTERの急先鋒と言われているだけあって、MASTERを始めとするテロリストに対しての姿勢に関しては過激な部分があると見えました。無論、それは決して間違っている訳でもないのですが、何と言いますか、前向きとも言い難い部分も見え隠れしました」
「やはりか……」
「やはりと、仰いますと?」
そう尋ねられた権蔵はしばし瞳を閉じ、十秒程沈黙した後、ため息を一つついて話し始めた。
「……彼は、例の聖翼の命日で娘さんと夫人を殺されたのだ」
「ご家族を?」
「うむ。しかも娘の絵美里さんは、その年に聖翼学園に入学したばかりだった。娘を溺愛していた彼にとって、その命を一瞬で奪ったMASTERに対して憎悪するのは当然だ。この件を受けて、新戦組設立以前、つまりあの襲撃直後の薫達に行われた事情聴取の過程で警察のごく一部に知らされた闘気の情報を掴み、その修練に励み、遂には破界の力に目覚めた」
「破界に……ですか……」
「彼としては、新設される大師討ちのリーダーの椅子を考えていたのだが、私や一部の官僚はそれに反対したのだよ」
「反対って、どうしてですか?」
「当時から彼とそのシンパが、徹底抗戦を唱えていたからだよ。だが知っての通り、新戦組が発足した当時のMASTERは、大規模な襲撃以外は目立つ活動は控え、暗殺や小規模なテロ未遂に留まり、徹底した情報統制によって尻尾を掴むことすら出来なかった。その状態で徹底的な殲滅を行うのは不可能だ」
「つまり、渡真利警視長とその一派を、しばらく最前線から離したと?」
「まあ渡真利君に関しては、落ち着ていから大師討ちに招くつもりだった。現に地方に飛ばされてから、その能力を惜しまれて大師討ちへの参加を許された者もいる。渡真利君に関しては、娘さんや夫人を亡くされた心の傷を癒す時間も彼には必要だったのだ。だが……」
「状況が変わったということですね?」
「……実際、渡真利君は警察官僚としても一警察官としても有能で、武術にも秀でている。闇の闘気を覚醒させたことで、MASTERへの強力なカウンターパワーになる。この一年でMASTERを取り巻く環境も大きく変わり、更に沖田総一一派による襲撃で東京が大きな被害を被った。その為に組織としては、渡真利君の能力に頼らざるを得なくなったのだ。不安はない訳ではないが、やむを得ない」
「はぁ……」
「無論、始めから渡真利君を大師討ちに入れておけば、ここまでMASTERの扇動を許さなかっただろう。だがそれを引きずったところで死んだ者が蘇る訳ではない。だからこそ、そのけじめをつけるという理由もあるのだよ」
「それが、警察上層部が渡真利警視長を大師討ちの新リーダーへ推薦した理由ですか?」
「先にも言ったように、彼には自分の心の静養の必要があるとして待ってほしいと主張したかったが、組織として、国家の治安維持の下には手段を選んでいる暇などないからな」
「警備局長……」
「まあ、これからの彼の行動には、私も相応の手段を講じて対処している。それで、君に関して渡真利君は何と言っていたかな?」
権蔵は襟を正して総次に尋ねる。
「個人の意見と言うことで、僕を戦後に警察に招きたいと仰っていました」
「そうか、それに関しては私も同感だ」
「警備局長もですか?」
驚きながらそう言った総次の額には冷や汗がじわりと浮き出た。
「私や渡真利君もそうだが、警察にいるのは君を畏怖する者だけではない。君の能力や実績を買い、警察に招きたいと思っている者もいる。だからと言って私は無理強いしない」
「そうであって欲しいと思います。たった一人の力だけで、国の治安全てを維持するということは、絶対に有り得ないことですから」
額に浮き出た汗を、腰に巻いているポシェットから取りだしたハンカチで拭きながら、総次はほっとした。まさか権蔵までもがその一人だったらと考えると、警察に置いて総次の味方となる者は一人としていないのと同義だったからだ。
「無論だ。私も自覚している」
「……僕も同様です」
「宜しい。それに、君としても過剰に期待されて却って迷惑だろう。新戦組の様子を以前薫から聞いたが、君がいれば国家を平和にできると言っていたものもいたらしいな」
「確かに言っていました。僕としては甚だ迷惑でしたが」
「だろうね。君は新戦組第一遊撃部隊司令官として以前に、一人の若者だ」
「一人の……」
俯きながら、小さく、そして重く権蔵の言葉を復唱する総次。
「そうだ。例え狂気の研究によって生まれたとしても、君は人として間違った道を歩んではいない。そして、君を慕う部下や、愛している者もいる。それを忘れずにいれば、君は君として生きていける。国家の為に生きることは良いが、国家の為に人の命が犠牲になることはあってはならない。この国のことは、国民全員が向き合い、立ち向かうべきことだからな」
「……ありがとう、ございます」
総次は俯いていた顔を上げ、権蔵の目を真っ直ぐ見つめてゆっくりと言った。
「それと、余計な世話かも知れんが、その力の使い方は、一人で考えるのではないぞ」
「それは……」
総次は慌てながら言葉を返した。だが確かに、自分だけで考えようとしている気持ちがないと言えば嘘だった。
「……確かに、君の力は君のもので、そしてその力の重さは君にしか理解できないだろう。だがその君を信じ、愛し、支えてくれる者はたくさんいる。それを決して忘れるでないぞ」
「……肝に銘じます……‼」
総次は恐縮しながら起立し、権蔵に深々と頭を下げた。
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