第9話 約束を果たす時
午前九時五十九分。総次と夏美は彩佳達と共に南西の海岸で沙耶から模造刀を手渡された上でルール説明を受けていた。この海岸は常島でも最大規模を誇るビーチであり、学園の生徒達が放課後によく海水浴に利用している場所でもある。
「ルールは、どちらかが海に叩き落とされたら負けだ」
「最後まで砂浜に立っていられるかどうかってことですね? 相手をどう追い詰めるかも重要になってくるわね……」
沙耶の説明を聞いて自分なりに飲み込む彩佳。
「まあ、そう言うことだ」
「……望むところです」
一方の総次は静かに闘志をみなぎらせていた。
「総ちゃん、なんか燃えてる……」
そんな総次達から百メートル程離れた場所にある休憩用コテージで二人を見守っている夏美にも、総次のやる気がはっきりと感じ取れていた。
「あなたにもそう見えたのね」
隣で同じように眺めている沙希もそう言いながら夏美に同意する。
「それにしても、新戦組に入隊したって話を聞いてからはあまり言わなくなったんだけど、やっぱり気持ちの方は誤魔化せないようね」
「本当ですね。彩佳さんも燃えてる……」
「ええ。私もここまでも得てるあの子を見るのは久しぶりよ」
そう語りながら総次と彩佳を見守る沙希の姿は、どこか楽しそうだった。
「彩佳さん。本気で行くよ」
彩佳と三十歩程距離を取って模造刀の柄に右手を掛けた総次は、凛とした声で宣言した。
「勿論、そのつもりよ」
彩佳もそんな総次に応えるように笑顔で言った。
「それじゃあ二人共、準備はいいかしら?」
「「はい!」」
沙耶の問いかけに、二人ははっきりとした声で応え、互いに抜刀の体勢を整えた。
「それじゃあ……始めっ‼」
沙耶がそう叫んだ瞬間、両者は猛スピードで抜刀しながら互い目掛けて突進し、激突した。総次は陽の闘気を、彩佳は炎の闘気を刀身に纏わせて、鍔競り合いになった。
「くっ……‼」
「どうしたの? 彩佳さん」
「随分と、一撃が重くなったわね」
彩佳のその言葉通り、鍔競り合いに入った瞬間から総次の力によって後ろへ押し込まれていた。
「やはりこれも、陽の闘気の性質かしら?」
「さあね。でも前の僕と違うってのは、分かったでしょ!」
刀に込める力を上げて彩佳の刀をいなし、更に彩佳の身体の真下に迫って強烈な突きを繰り出す。
「いきなりやるのねっ!」
彩佳は何かを察したかのような表情になりながら刀身の闘気を風に切り替え、弱い出力でその場に突風を巻き起こしてその場から離脱した。
「その通りっ!」(尖狼‼)
そのまま超高速の三十三連突きと共に陽の闘気の光線を放ち、風の闘気の突風を打ち消す。
「やっぱりね!」
迫る光線を刀に纏う風の闘気の出力を上げ、光線の間を縫うようにするりするりと通り抜けながら総次へ向かう彩佳。
「総ちゃんの尖狼をいとも簡単にかわして無傷って……」
「あれが彩佳の身のこなしよ。僅かな空間の中でも優れた動体視力を持って技を見切り、高い柔軟性を持つ身体をフル活用し、文字通り蝶のように舞うことができるの」
彩佳の身のこなしに驚く夏美をよそに、沙希は彩佳の能力を夏美へ説明した。
「ということは、彩佳さんはまさか……」
「そう。総次君の動きや技のほんの少しの隙を見つけてそこから一気に突き崩す。あれが彩佳の基本戦術よ。器用さって意味での小回は、昔の総次君を凌ぐものもあったわ」
「そんなことができるなんて……」
夏美は感心した様子で彩佳を眺めた。
その彩佳は光線の間を踊るように潜り抜け、総次の胴体目掛けて強烈な横薙ぎを繰りだしていた。
「速くなったけど……‼」
総次は彩佳の刃の軌道を見切り、刀身で彩佳の刀を受け止めた。
「……僕も前とは違う」
その瞬間、彩佳の刀をいなした総次は場で身体を一回転しつつ、彩佳の斬撃の威力と勢いを上乗せした斬撃で彩佳の左肩を狙う。
「狼爪ね。だったら……」
総次の技に対する理解がある彩佳は、そうつぶやきながら総次と間合いを取る。
「前とは違うって言ったばかりだけど?」(狼爪・飛翔‼)
そのまま陽の闘気は三日月状の刃となり、彩佳目掛けて飛ばした。
「バリエーションを増やしてたなんて……‼」
焦りを見せる彩佳は身体を砂浜に伏せてやり過ごしたが、それが総次の接近を許した。
「今度はこっちからだ……‼」(豪嵐狼‼)
総次は突進しつつ、より強力な連続の回転斬りで彩佳に迫る。遠心力と持ち前の機動力で加速を増す総次。しかし彩佳は動揺することなく分析する。
「だったら……」
彩佳は先程総次が先程狼爪でしたのと同じように刀を受け止める。
「さっきより、パワー増してない?」
「あれから少しは鍛えたからね」
総次は両手持ちにして更に力を込め、そのまま彩佳に渡る超高速の回転斬りを繰り出した。
「前はこんなことしなかったのに……‼」
彩佳を中心に半径二メートル程しかない空間も関わらず、圧倒的なスピードで彩佳を包囲する総次。繰り出される斬撃を受け止める彩佳だが、その額には汗が流れ始めていた。
「……落ち着け、彩佳。落ち着けば必ず見えるわ……‼」
彩佳はなんとしても総次の動きを捉えようと、周囲の総次の姿を確認し始めた。
「あの状況で総ちゃんの動きを見切る気なの?」
絶望的状況とも取れるこの状況に追い込まれても尚戦意を失わない彩佳に、夏美は微かに驚きを見せた。
「並の相手なら、あの時点で戦意喪失してもおかしくないわ。でも彩佳は動体視力でも優れたものを持ってるわ」
沙希が解説した直後、彩佳は総次の動きを見切って斬り掛かりながら刀の闘気を炎の属性に切り替えて潰しにかかった。
それを総次は直前でその場に飛び上がり、陽の闘気の出力を上げて斬り下ろしにかかった。
「来るのね……‼」
「これならどうっ⁉」(天狼‼)
それを迎え撃たんと刀を構える彩佳。だがその威力は凄まじく、受け止めた瞬間に発生した爆発によって辺り一帯の砂が巻き起こり、更にその爆風は離れた場所にある海を沖合にまで押し戻してしまった。
「あれが陽の闘気の威力なのね?」
「はいっ‼」
百メートル先のコテージにまで届く爆風に吹き飛ばされないように手すりに掴まりながら、夏美は先の質問に答えた。
「彩佳は、彩佳は無事なの……⁉」
沙希は彩佳の無事を確かめようとしたが、立ち込める砂に遮られてその姿を確認することは出来なかった。
二人の姿を確認できたのは、立ち込めていた砂が収まって視界が開けた一分後になってからだった。彩佳は海を背にしてその場に刀を杖代わりに刺して片膝をつきながらも耐え抜き。総次も彩佳と距離を取って攻撃態勢に入っていた。
「凄い……彩佳さん、天狼をいなすなんて……‼」
夏美は彩佳の技量に感服した。陽の闘気を発動した技は、全て一撃必殺の威力を持つ。それを受け流すことが出来たというだけでも、彩佳の剣士としての技量の高さを認識させるには十分だった。
「確かに、彩佳は凄いわ。でもここから先が難しいのも事実ね」
「……どう言うことですか?」
沙希の開設を聞いた夏美は理解しきれていない様子で尋ねた。
「ご覧なさい。あの二人の姿を」
そう言われた夏美は彩佳と総次の方を振り向いた。
見ると総次は一切息を乱していなかったが、彩佳の方は既に肩で息をしていた。
「……あっ‼」
夏美は何かに気付いた様子を見せ、沙希は再び説明を始めた。
「彩佳は総次君に対応する為に体力を消耗し過ぎたわ。その上、海は最早目と鼻の先。一方で総次君はまだ息も上がっていない。そして砂浜に立っているとなれば……」
「場所と体力の差、ですか?」
「彩佳の課題は体力。その為に高校時代から体力トレーニングを積んだり、効率的な体力配分を考えた戦い方を考案してたのよ」
「それなら、彩佳さんがこうなることなんてないはずですよね?」
「ええ。以前の総次君が相手だったら、勝敗は分からなかったわ。でも……」
「総ちゃんが、彩佳さんの予想を超えて強くなってた、ですか?」
「ええ。体力配分を考えて戦おうとしたらその余裕を総次君は一切与えなかった。こうなることを総次君は分かってたのよ」
沙希の言葉通り、彩佳は多量の汗をかき、息も絶え絶えと言う状態だった。
「はぁ、はぁ、総次君。まさか、これを狙って……?」
「体力がついたといっても、限界がなくなった訳じゃないからね」
「……本当に君らしいわ。でも、まだまだこれからよ」
そう言いながら彩佳は全身に力を入れて立ち上がった。
「ここで一気に決める……‼」
総次がそう言った瞬間、彼の身体を陽の闘気が覆っていく。
「まだあんな力が……」
「総ちゃんの本気、彩佳さんにとってそれは、想定外のレベルだったってことですか?」
「あれを見ればそうね。その上、この状況に追い詰めることも、あの子は計算してたみたいね」
関心した様子の沙希。一方で彩佳は、総次のそのおびただしい量の闘気を目の当たりにし、目を思いっきり見開いて顔を引きつらせていた。
「総次……君……」
「……行くぞっ‼」(飢狼‼)
飢狼から放たれた陽の闘気によって生成された巨大な純白の光線は、辺りに砂嵐を巻き起こしながら一直線に彩佳に襲い掛かる。
「絶対に……絶対に倒して見せるわっ‼」
そう言いながら彩佳は炎の闘気の出力を最大に高め、更に残る全ての力を絞り出して巨大な純白の光線を受け止めた。
「ぐっ‼ ああっ‼ 痛いっ‼」
総次の飢狼の威力と圧力に悲鳴を上げる彩佳。絶対に受け止めるという自身の言葉通り、力に押されながらも耐える。
だが……。
「きゃあ‼」
巨大な純白の光線を殺しきることは出来ず、彩佳の模造刀は沖沿いまで吹き飛ばされ、彩佳も海に叩きつけれた。
「はぁ……はぁ……」
叩きつけられた彩佳は、身体をおぼつきながらも起こした。総次は模造刀を鞘に納めて彩佳の元へ駆けつけ、彼女の手を取って助けた。
「本当に凄いわ。総次君は……」
息も絶え絶えながらも、どこか誇らしげな表情の彩佳。そんな彩佳に対し、総次は申し訳なさそうな表情だった。
「怪我はない?」
「あれくらいで怪我するタマじゃないのは、よく知ってるでしょ?」
「……だね」
総次も納得しながらそうつぶやいた。何度も過去に戦ってきただけに、彼女の強さを理解していたからだ。
「でもこれで、卒業イベントの忘れ物を取り戻せたと思ってるよ」
「私も、ずっとどこかでも燻ってたモヤモヤが晴れた気がするわ。ありがとう」
そう言う彩佳を総次は立ち上がらせ、そして互いに握手を交わした。
「……いい勝負だったわね」
「ええ。二人共、なんか憑き物が取れたみたいに見えます」
沙希と夏美はそう言って微笑んだ。
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