第7話 一時の安らかな時間

「悪魔との契約……と表現しましたか」

「うん。だから警察にとっても総ちゃんの存在は諸刃の剣になるかもって……」


 その日の夜。沙耶が手配した旅館に泊まった総次は、同じ部屋に泊まることになった夏美と話し込んでいた。話題は、夏美が昼に美原姉妹と話していた件である。


「……先生方も随分な言い方をしましたね。まあ警察にその手の派閥が存在することはある程度覚悟してますし、それに、現状では不当な扱いを受けている訳でもないですから、特に気にしてはいません」

「でも、これからの警察の出方次第じゃ、総ちゃんだってどうなるか……」

「今の警察は、既に闘気の扱いの学習は済んでます。必要以上に僕に頼ることもないと思いたいですが……」


 総次の態度は少々ぎこちなかった。それにはある理由があった。


「……束縛されるかもなんでしょ? このままだと」

「……馬鹿馬鹿しいことですが」


 自分の力が強大であるが故に、その力に目を付けた組織や権力者に自由を奪われてしまうのではないか、それは総次の中で、日増しに増している感情だった。そして現状としてその急先鋒は、夏美達が話題の中でも述べた警察、それも警察官僚達である。


「正直、僕自身の思い上がりと考えたいことではありますが、もし警察がこれからも僕の力に頼り切ろうとすれば、それは彼らが組織として、一個人の力からの自立できないことを証明することと同義です。上の人間はともかく、現場の警察官にそのような考えが蔓延していないことを祈るばかりです……」

「総ちゃん……」


 総次の願望にも似た言葉を聞いた夏美は、不安を込めたような声でつぶやいた。


「心配しなくていいですよ。警察も闘気を組織的に導入しました。新戦組に必要以上に頼らず独自に動いてMASTERに対抗しようとしてます。だから、僕の懸念するような事態に必ずなるって考えない方がいいですよ」

「……そうね。そうよねっ!」


 そう言う夏美の表情は、これまで通りの明るいハキハキトシタものになった。


「それで、総ちゃんの方はどうたったの?」

「僕の方ですか?」


 総次は夏美の方を振り向いた。


「うん、彩佳さんと久しぶりに話して、懐かしかったんじゃない?」

「まあ、彩佳さんは相変わらずでしたね。部活でも引き続き剣道部に入ったらしいですし」

「そう、じゃあ今までと変わらずだったってことね」

「ですが、少し様子が変でしたかね……」

「変って?」


 興味津々な表情で、総次の顔を覗き込む夏美。


「……心残り、だったのかな? 最後に戦えなかったことが……」

「最後に戦えなかったって、どう言うこと?」

「……去年の三月、もし僕が新戦組に入隊するようなことがなければ、僕は三年生を送る会で、彩佳さんと卒業イベントの一環で試合を行うことになってたんです」

「そうだったの? でも何で卒業イベントで戦うの?」

「後輩達や同級生から、僕と彩佳さんの一騎討ちを最後に見たいってリクエストが多くて、僕も彩佳さんも戦いたいって気持ちがあったので了承したんです。結局、僕が新戦組に入隊してしまったので、それも叶わぬものとなりました」

「そんなことがあったの……」


 夏美は神妙な面持ちでつぶやいた。


「ですから、上原さんから入隊を迫られた時に時間を頂いたのには、そう言う理由もあったんです。正直な所、彩佳さんや学校の人達全員の期待を裏切ることになるのではと考えたりしたものです。何より、最後に彩佳さんと戦える機会だったので……」

「総ちゃん……」

「ですが、今後の自分の身の振り方を考えて下した決断に、後悔はありません。下した瞬間は別でしたが……」

「……辛い、決断だったのね……」


 夏美はどこか悲しそうな表情でつぶやいた。


「彩佳さんもそうですが、ここにはいろんな友人がいました。本当に懐かしいものです」


 そう言いながらますます暗い表情になる総次。ふと南ヶ丘学園に入学してから大学の合格発表に向かうあの日までのことを、思い出していたのだ。もう戻ることのない、そして普通の人間として島を出た、最後の日のことを。


「総ちゃん?」


 そんな総次の表情を夏美はゆっくりと覗き込んだ。


「……もし、美ノ宮大学襲撃がなかったら、僕は今頃、何をしてたんでしょうね……」

「それは……」

「普通に大学生として学生生活を送り、友人を作って、四年生になった時には就職活動と卒業論文の制作に追われて……そんな未来もあったのかなって……」


 徐々に声が小さくなる総次。


「不思議なものです。彩佳さんと久しぶりに会ってから、そんなことを考えてしまいます」

「……総ちゃん、やっぱり後悔してるの? あの時の決断を……」

「最終的にこの道を進むことを決めたのは、他でもない僕自身です、自分の決断に対して責任を持てないのは、それこそ無責任です。なので、後悔はしてません」

「そっか……」


 夏美はどこか安心した様子でつぶやいた。


「そう言えば、ショッピングモールで服を買ったんですよね?」


 すると総次は思い出したような表情で夏美に尋ねた。


「うんっ! お土産にもなるかなって思ったから勝ったの」

「どんな服ですか?」

「それは、夏のおたのしみっ!」


 嬉々として話す夏美に、総次は無愛想ながらも穏やかな態度で聞いていた。


「分かりました、夏まで楽しみにしてます」

「ホント! じゃあ楽しみにしててねっ!」


 夏美は嬉しそうにウインクしながら言った。


「あっ、先にお風呂入って来るねっ」

「では、その後で僕も入ります」

「うんっ」


 そう言って大浴場に向かう時の夏美の足取りは軽かった。先程総次に服のことを言われたのが余程嬉しかったのだろう。


「……そうだ、そろそろ本部への定時報告の時間だった」


 思い出したように総次はポシェットの中からスマートフォンを取り出して麗華に発信した。


「第一遊撃部隊司令官の沖田です」

『ご苦労様。そっちは滞りなく済んだのかしら?』

「はい。闘気研究の件に関しては、既にレポートとして資料を受け取ってます。それと新型闘気バイクも受領しました」

『了解したわ。それと……』

「何でしょうか?」

『久しぶりの母校、懐かしかったんじゃないかしら?』

「……ええ」


 小さく、そして穏やかな声で総次は答えた。


『美原さんも元気そうだった?』

「相変わらずでした」

『じゃあそっちは安心ね。ああ、夏美ちゃんに変わってもらえるかしら? 折角電話したんだから、夏美ちゃんからの定時報告もあるし……』

「でしたら、大浴場から戻ったら電話するように伝えます」

『あらら、分かったわ。じゃあ明日、気を付けて帰って来てね』

「局長、僕は子供じゃないんですが……気を付けて帰れますよ」


 麗華に子ども扱いされた総次はむすっとした態度になった。


『ごめんごめん。じゃあ定時報告はしっかり聞いたわ。今日はご苦労様』

「はい、では失礼します」


 そう言って総次は通話を切った。

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