第5話 思い出の学び舎
バイクの試運転を終え、夏美は沙紀と沙耶の案内でショッピングモールに買い物に向かい、総次は彩佳と懐かしの母校へ足を運んでいた。この日は部活動も行われていなかったので、沙耶の許可を取って三年生の時の教室を見に来ていたのだ。
「……変わっていない。教室も、机も、黒板も……」
教室に入った総次は、自分がかつて使っていた机に軽く触れながら辺りを見渡した。
「でも同級生の皆は、これからの自分の人生の為に成長し、変わっていったわ」
「そうだね……」
彩佳と言葉を交わした総次だったが、久々のことでぎごちなく、そして長続きしなかった。しばしの沈黙が続いた後、今度は総次が彩佳に話しかけた。
「僕のこと、先生からどこまで聞いてるの?」
「君が遺伝子操作によって生まれた天才ってことと、双子のお兄さんのことは……」
「そう……」
総次は小さくつぶやいた。
「……変わらないね。君は」
「えっ?」
突然の彩佳の言葉に、総次は聞き返した。
「ここに来た時からそう。普段は穏やかだけど、勝負となると闘争心を燃やして、クラスでも一番活躍した。でもその目はどこかずっと遠くを見てる。私達を見てるようで見ていない感じがする……」
「そう思ってるんだ……」
「何て言うか、思いが普通の人以上に真っ直ぐっていうか、そんな感じがして……」
「僕は正直、変わったような気がするんだ」
「どういうこと?」
彩佳は静かに尋ねた。
「戦いの中で、多くの人を手に掛けた人殺しになったってことだよ」
「っ‼」
その言葉に、彩佳は動揺した。
「罪のない人が殺されることのないようにと戦ってきて、その実自分は多くの人を手に掛けて……」
「でもそれは、平和の為なんでしょ?」
「それでも、事実に変わりはない。それに……」
「どうしたの?」
「昔、君達は僕から、赤ん坊のような匂いがするって言ってたでしょ?」
「ええ。とってもいい匂いって言うか……って、それはちょっと恥ずかしいかしら……」
そう言いながら自分でしどろもどろになる彩佳。だが総次の表情は暗かった。
「……最近は、血と死体の匂いしかしなくなったよ」
「⁉」
ふと、総次の発した言葉を聞き、今度は怯む彩佳。
「人を殺していったからかもしれない。多くの人の命を奪ったから、その分匂いが身体に染みついたのかもしれない……」
戸惑う彩佳をよそに、総次はそんな独白をした。新戦組として戦いに身を置き始めてからのこの一年間で、数えきれないほど多くの敵を屠って来たが、彼らもまた人間であり、結局自分のやっていることはほかならぬ人殺しであるという現実への意識は、総次の自覚しないところで増大していたのだ。
「総次、君……」
「ごめん。ただ、なんとなくそう思っただけだよ」
「ううん。大丈夫よ」
「まあ、立場も大きく変わって、背負う責任も大きくなった。前の僕なら、背負いきれないような責任だよ……」
そう言いながら総次は左手で刀の柄を握りしめた。
「だから、一層戦い抜かないといけないって思うようになった。もうあんな風に罪のない人達が犠牲になるのを見たくないし、生き残らないと、歯を食いしばってでも生きていかないと、愛美姉ちゃんに申し訳が立たないよ……」
「総次君……」
そう話す総次に、彩佳はどこか安心した様子でつぶやいた。
「どうしたの?」
「本当に、前から変わったわね」
「そう……」
総次は微かに俯きながらつぶやいた。
「あっ、これ……」
すると彩佳は不意に教室の扉の近くにある本棚に目を向けながら一冊の本を取りだした。その表紙には『平成二十七年度・南ヶ丘学園文芸部秋季誌』と書かれていた。
「懐かしいわね。総次君の小説もこれに載ってたわね。世界を股に掛ける賞金稼ぎを主人公にした物語でしょ?」
「昔から読んでた本をベースに書いたからね。それに賞金稼ぎって、結構かっこいい感じがあるし……」
彩佳に近づきながら、懐かし気な声色で総次は言った。
「……そう言えば、小説も最後までちょっと難しい感じだったわね」
「うん。文体は硬いし難しい内容だし、おまけに表現力に問題があって治らなかったしで、そこを毎回直せたらいいのにってアドバイスを何度受けたか……」
「もう少し柔らかくすれば、分かりやすい物語になるのにって私も思ったけど……」
「それが僕の小説の癖みたいでね。砕いた口調を話す登場人物もいないから、感情移入しにくい部分が多いって指摘されたこともあったな……」
総次は彩佳から受け取った文芸誌のページを捲りながらつぶやいた。
「あれから、小説は書いてないの? って、忙しいからそんな時間もないはずよね」
「また書いているよ。ずっと前に書き始めて放っておいたやつがUSBメモリにあったから、それを使って、今年に入ってからもう一度書いてるの」
「そうなの……」
彩佳は軽く微笑んだ。
「……彩佳さんって偉いよ。夢を叶える為に、研究者としての道をしっかり歩いてる」
「えっ?」
そう言って彩佳はページをめくっていた手を止めた。
「闘気解析学科。闘気のメカニズムを解析する道を進んで、それが今回の陰と陽の闘気の解析の力にもなってるんだから、本当に感謝してる」
「ど、どういたしまして……」
感謝の言葉を投げかけられた彩佳は照れくさそうに頬を赤らめた。
「それで、今も自分の闘気の修業は積んでるんでしょ?」
「ええ。闘気研究者として、自分の闘気のことを把握し、手足のように扱えるようにしなければいけない。そしてその力の本来の使い方を心掛ける……」
「真に闘気を使う時、時代と人民が困窮に瀕した時。闘気を扱う人が必ず共通して、道場の人から教わる理(ことわり)だね。彩佳さんもやはり……」
「それに従い、私は闘気を扱えるように修練を積んで、そしてその中でもっと闘気のことを知りたいと思った。闘気のルーツを探る。それが今の私の夢なの」
「素敵な夢だと思うよ」
感心した様子でそう言った総次。すると、彩佳は総次にこう尋ねた。
「ところで、総次君はこれからどうするの?」
「これから?」
「そう、この戦いが終わったらどうするの? 今は新戦組の一員として戦ってるけど、この戦いが終わってMASTERが壊滅したら、その後はどうするの?」
「……」
「総次君……」
不安げな表情で再度尋ねた彩佳。すると総次はゆっくりと口を動かし始めた。
「もう一度、大学受験をしようと思うの。美ノ宮大学はあの一件以降、復興の為にかなり時間と財力を使ったらしいから無理だけど、一ランク下なら何とか……」
「そう……」
それを聞いた彩佳はどこか安心した様子を見せた。
「どうしたの?」
「ううん。私の杞憂だったなって思ったの」
「杞憂?」
「もし戦いが終わってからのことを考えてなかったらどうしようって思ってただけ」
「大丈夫だよ。これからの身の振り方ぐらいは考えているつもりだよ」
「……なら良かったわ」
「そう思ってくれるのは、素直に嬉しいよ」
総次は小さく、しかし相も変わらず無愛想な表情で礼を言った。本心を言えば笑いたかった。だが新戦組に身を投じてからというもの、自分が戦場で多くの人間を手に掛けていくという重圧を抱え、永田町・霞が関の戦いで実際に無数の敵を殺してきたという経験が、彼の表情から笑顔を消してしまっていたのだ。
「彩佳さん。僕は君と出会えてよかったと思ってる。あの時の自分にとって欠けていた、何事も楽しむってことを思い出させてくれた一人だ」
「それは有り難いわ。本当によかったわ……」
「彩佳さん?」
急に面を伏せた彩佳に、総次は怪訝な表情をした。
「いえ、何でもないわ。あっ、私まだやること残ってたから……」
「そっか。そうだよね。今、結構忙しいって聞いてたけど……」
「だから、先に研究所に戻るわね」
そう言って彩佳は教室から早歩きで離れた。
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