第4話 彩佳の思い

「あれよ」


 闘気研究所から出て北へ十二分程歩いた所にある自動車教習所に総次達を案内した沙耶は、サーキットの中央にあるバイクを指さした。


「あれが闘気を動力にした新しいバイクですね」

「そう。前にお前が使ったのと違って大型二輪だから、加速性は段違いだ。ウチの闘気機械工学科が開発した新型よ」

「初期型三機の内の貴重な一機を下さり、本当にありがとうございます」


 説明した沙耶に対し、総次は彼女に向かって深々とお辞儀しながら礼を言った。


「まさか、例の件ってこれのこと?」


 状況をある程度のみ込んだ夏美は総次に尋ねた。


「半年前の東京襲撃であのバイクを壊したので、先生に伝えたらこれを紹介されて……」

「それで総ちゃん、大型二輪の免許を取ったんだ……」

「結構大変だったんじゃないか?」

「いえ、一発試験で合格しました」


 沙耶の問いかけに総次はあっけらかんとして態度で応えた。


「だろうね。まあ普通二輪のバイクを乗りこなしてたお前なら、問題ないと思ってたけどね」

「もしかして、今回僕をここへ呼んだのって、あのバイクの習熟訓練の為ですか?」

「ええ。でもこの様子じゃその心配もないと思うけど……」


 沙耶の言葉を聞いた総次は少し考え込む素振りをしたが、三秒程でこう答えた。


「念には念を入れて、感覚ぐらいはしっかりと身体に染みつかせておこうと思います。最低でも、自分の手足として扱えるぐらいになっておかないと、今後の任務に支障が出るでしょうし……」

「任務? そんなにバイクを任務で酷使するの?」

「状況が変わりまして……」

「状況が?」

「一番隊は今年の一月一日から、第一遊撃部隊として再編成されました。その上でより迅速に現場に向かえるように、全員が普通二輪や大型二輪の免許を持ってるので、新戦組の方でバイクを調達してもらったんです」

「つまり、バイクに乗りながらの戦いをする為に必要になるってこと?」

「乗り手の技量次第では可能です、。難易度は高いですが、戦術の幅は少しでも広げておきたいと思いまして……」

「全く君って子は……」


 沙希は呆れ返った様子でそうつぶやいた。


「まあいいじゃないか。ほら、キーはこれだ」


 沙希と対照的に軽く応えた沙耶は、総次にバイクのキーを渡した。


「出力は平均より五割増しだから、慣れるには時間が掛かると思うよ」

「その程度なら問題ありません」

「いい意気込みだ。じゃあやってごらん」

「はい」


 そう言いながら総次はバイクへ向かって走り出した。


「あれ、あのマントのマーク……」


 すると彩佳は、総次が羽織っている灰色のマントの背に、見慣れないマークを見つけた。例の黒い狼の顔のペイントだった。


「……あのペイント、隊員の人がノリで提案して作ったらしんです」

「ノリで?」


 突然の夏美の言葉に、彩佳は彼女の方を振り返って聞き返した。


「この二か月で、総ちゃんが率いる第一遊撃部隊は敵味方から『黒狼』って呼ばれるようになったんです。それで隊員達が隊服を黒に統一して、おまけに総ちゃんのにはあのペイントを入れたんです。最初は総ちゃんも呆れてたみたいなんですけど、皆の提案に乗ってあれを入れたみたいなんです」

「こくろう?」

「黒い狼ってことです」

「黒い狼……ですか……」


 夏美の説明を静かに聞いていた彩佳は、話が終わって直ぐに夏美の方を振り返った。


「あの、もし良かったら、聞かせていただけませんか? 総次君が美ノ宮大学に行ってMASTERの襲撃を受けてからのことを」

「それは勿論いいけど、突然どうしたの?」

「……どこか雰囲気が違うような気がするんです。今の総次君が」

「……分かったわ」


 夏美はそれを受けて応えた。


「ありがとうございます」


 感謝しながら彩佳は、サーキットの隅にあるベンチに夏美を案内し、そこに腰かけて話を聞く体勢を整え、夏美もベンチに腰を掛けて話し始めた。


「最初に美ノ宮大学に行った時、あの子は一人でMASTERの大群と戦ってたみたいなの。現場に来たときはもう敵は逃げてたんだけど、状況から見ても確かだったわ」

「あの子なら、それくらいは乗り切ると思います。まさか新戦組はその力に目を付けて……」

「……結果的にはね。それもいきなり組長になれって言う話だから、戸惑う人も多かったわ」

「いきなり組長って、総次君に拒否権はあったんですか?」

「あったわ。でも総ちゃんはあの襲撃のせいで美ノ宮大学に行けなくなって、東大にも不合格で進路がない状態だし、その他諸々の理由でそうせざるを得なくなったのよ」

「じゃあ、最後に決めたのは総次君の意思ってことですね?」

「うん。あれから総ちゃんは、常にあたし達を助けてくれたわ」

「そうですか……」


 そうつぶやいた彩佳は、俯きながらもどこか納得した様子だった。


「……恨んでる? あたし達のことを?」

「えっ?」


 突然の夏美の問いかけに、彩佳は拍子抜けしたような表情になった。


「最後に新戦組の入隊を決めたのは総ちゃんだけど、その選択肢を与えたのはあたし達新戦組だから、その……」


 そこまで言いかけて歯切れが悪くなった夏美。


「……彼が決めたことなら、何も反論はありません。それに……」

「それに?」

「……命を賭けて戦っている総次君のことを、安全が保障されているこの島で過ごしている私が言うのは、失礼と言うか恥知らずというか……」

「そんなこと……」


 夏美は否定しようとしたが、尚も彩佳は続けた。


「私は高校を卒業してすぐに闘気研究者になる為に大学に入りましたが、総次君は大学に入れなかった現実から目を背けないで、前へ進んでる。そんな彼と私とじゃ、置かれた立場も覚悟も違い過ぎて……」

「彩佳さん……」

「やっぱり総次君はあの頃から強いわ。最初はライバルと思ってたのに、いつの間にか差が出来ているし……」

「差って、総ちゃんと戦ったことがあるんですか?」

「何度か。最初はちょっと自分より強くて、特に無茶して危ない目に遭うこともあったのに、学年が上がるごとに差が広がっていって……」

「差か……」


 そこまで語った彩佳のどこか悔しそうな表情を眺めながら、夏美は小さくつぶやいた。


「でもあの子はどこか別の場所を、別の何かを常に見ていたような気がするんです。私達以外の誰かを、そんな存在を私達の中に求めていたと思うんですけど……」

「……総ちゃんは自分より強い人を倒したいっていう気持ちは誰よりも強い子だと思います。実際、新戦組で戦うことになってから、自分より強い人と戦うことが多くなりましたし」


 そこまで言った夏美はどこか暗い表情になった。


「今の総次君、どこまで強くなってるのかな……?」

「えっ?」


 ふと呟いた彩佳だが、夏美は聞き取れなかったようだ。


「おやっ! もう乗りこなしたのかい?」


 するとサーキットの方から沙耶のはつらつとした声が轟いた。見ると総次が例の大型二輪を苦も無く乗りこなし、サーキットを駆け抜けていた。


「総ちゃん、もうコツを掴んだのね」

「あれ、結構癖が強くて、テストをした子達も乗りこなすのに一週間も掛ったのに……」


 彩佳は驚きながらつぶやいたが、同時に微かな笑みを浮かべた。


「……彩佳さん?」

「……やっぱり総次君は総次君ね。私も頑張らないと……‼」


 彩佳は微笑みながらも、どこか前向きな表情でつぶやいた。

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