第3話 同級生との再会

 船着場から十分程南東に歩いた森の奥に、南ヶ丘学園大学付属の闘気研究所はある。設立当初表向きの研究が出来なかったこともあり、国家の極秘条項に基づいて建設されたので、鬱蒼とした森にひっそりとそびえ立っていた。

 外観は南国風の建物が大半を占める常島の雰囲気には合わない、鉄筋コンクリート造りの無機質な外観だった。


「ここが闘気研究所……」

「僕もここには、闘気研究の協力の為に何度か足を運んでます」

「そう言えばそんなこと言ってたわね」


 思い出したように夏美はそう言った。そこで彼女とすれ違うように、沙耶は研究所のドアの前のインターホンを押した。


「おおーい、沙希。沙耶よ」

『今開ける』


 インターホン越しに聞こえた女性の声が応えた直後、研究所のドアのロックが開いた。


「さあ、行くわよ」

「「はい!」」


 そう言って総次達は研究所の中に入った。そんな彼らを、エントランスで長い黒髪と眼鏡が似合う女性がにこやかに出迎えた。


「総次君、久しぶりね」

「お久しぶりです。沙希さん」


 総次は沙希からの握手に応えた。そしてそれが住んですぐに夏美が前に出て自己紹介を始めた。


「初めまして、新戦組七番隊組長の花咲夏美です」

「こちらこそ、闘気研究所の研究員の美原沙希です」

「えっ、美原って……」

「あたしの妹よ」


 そう言って沙耶は話に割り込んできた。


「妹さん? でも全然雰囲気が……」


 夏美が言うように、へそ出しTシャツに際どいホットパンツと言う露出の激しい恰好で快活な沙耶と、整った長い黒髪に赤い縁の眼鏡を掛け、落ち着いた紺色のワンピースの上から白衣を着た沙希とは、雰囲気が正反対だった。


「よく言われるわ。だから姉さんにはいつも言ってるの。せめて人前に出るときは落ち着いた格好をしてって」

「いいじゃない。ここには女しかいないんだし、何より暑い。あんたこそ、そんな厚着で暑くないの?」


 沙希の忠告に対して気にも留めない態度を取る沙耶はそう切り返した。


「ここは冷房が効いてるし、それに外に出るにしても姉さんのような派手な格好はしないって、いつも言ってるでしょ?」

「勿体ないわね。スタイルいいのに……」

「ね、姉さん、恥ずかしい……」


 沙希は頬を赤らめてそうつぶやいた。


「あの、例の研究の結果ですが……」


 そんな美原姉妹のやり取りに割って入った総次は、本題に入ろうとした。


「ああ、ごめんね。例の研究結果は第三研究室にあるから、直ぐに案内するわ」


 そう言って沙希は総次達を第三研究室へ案内した。


「あの、一つ聞いていいですか?」

「何です?」


 研究室へ向かいながら、夏美が沙希に質問を投げかけた。


「闘気は知っている人以外には為しちゃいけないってことになっているんですよね? 普通の生徒達は知ってるんですか?」

「ええ」

「その人達は、他の人達に話したりとかはしてないんですか?」

「その心配はないわ。口外無用としてるからね。でもまあ、元々この学園は闘気研究の為に出来た学園じゃないんだけどね」

「そうなんですか?」


 夏美は多少驚きながらそう言った。


「元々、先代の学園長が作った学校なんだけど、前の学園長が十年位魔に癌でなくなって、それで今の学園長が就任してから出来たのよ」

「どうして作ったんですか?」

「今の学園長、南ヶ丘風音学園長が、突発的に闘気を覚醒させた能力者だったからよ。政界にも顔が利いてるから、闘気研究の役に立ちたいってことで研究所を作ったのよ」

「そうだったんですか……」


 沙希の説明を聞き、夏美は納得の表情を見せた。


「一般の生徒を受け入れた後だったから、闘気のことは口外無用って新しい校則を作って対応してるんだけど、今のところはそれが上手く行ってるから成功ってとこかしらね」

「僕も入学した時は驚きましたよ」


 一連の話を聞き、総次は懐かしさを滲ませた声色でそうつぶやいた。彼も学園の高等部に編入学したその日に学園長から直接聞いたときは驚かされたからだ。


 そんな風に雑談をしていると、総次達は第三研究室と書かれたプレートがドアに掛けられている部屋の前に到着していた。


「闘気解析学科……?」


 そのプレートの下部に刻まれた『闘気解析学科』という文字を見た夏美が首を傾げながらつぶやいた。


「闘気研究分野の一つで、闘気のメカニズムの科学的見地で解明する学科よ」


 夏美にそう説明しつつ、沙耶は研究室のドアを開けて総次達を案内した。研究室の棚には闘気に関する文献や過去の研究を記した論文が所狭しと並んでいる。


「総次、君?」


 すると、研究室の奥で資料と格闘していた女性が、総次の姿を見るや否や彼の名を呼んだ。


「……彩佳あやか、さん?」


 総次のその女性に見覚えがあったのか、彼女を名前で呼んだ。


「やっぱり、総次君なのね……」


 彩佳と呼ばれた女性はどこか懐かし気に微笑んだ。


「あの、知り合い?」


 そんなやり取りを総次の隣で不思議そうに眺めていた夏美が総次に尋ねた。


「僕の高校時代の友人です」

「初めまして、有馬彩佳ありまあやかです」


 総次に紹介された彩佳はそう言いながら一歩前に出て夏美に挨拶をした。


「こちらこそ、新戦組七番隊組長の花咲夏美です」

「新戦組……」


 夏美が自己紹介を終えた直後、彩佳は表情を曇らせながら総次に視線を移した。


「……彩佳さん以外で、僕が新戦組の一員ということを知ってる人って……」


 総次は彩佳から沙耶に視線を移して尋ねた。


「君の同級生でこのことを知らせたのは、彩佳を含めて少数よ」

「そうですか……」


 沙耶の返しに総次は小さくつぶやき、話題を変えた。


「それで、沙希さん。例の闘気について分かったことと言うのは一体……」

「これを見て」


 沙希はそう言いながら手に持っているタブレットを総次に渡し、夏美達もそこに集まった。それは陰と陽の闘気が入ったカプセルと、それ以外の七属性の闘気を入れた専用カプセルを一つの場所に設置している動画だった。


「これは一体……」

「この闘気が、闘気の基本七属性とどう関係があるのかの研究よ。これはその一環なんだけど、面白いことが分かってね」

「面白いこと、ですか?」

「その動画の一分十二秒のところまで持っていって再生して」


 言われた総次はタブレットを操作して動画をその時間に合わせて再生ボタンをタッチした。


「これは……」


 そこに映し出されていたものは、陽の闘気が光・炎・風・雷の闘気に近づくと互いに強く眩く輝き、陰の闘気が水・闇の闘気と鋼の闘気で出来た金属に強く反応し、より禍々しい輝きを放っていたのだ。


「この実験から分かったのは、陽の闘気と陰の闘気が例の七つの属性と強く反応したってこと。つまりこの二つの闘気は七つの闘気を分割して融合された結果できたものってことだわ。あるいは、この二つの闘気が、他の属性の闘気の大本ってことかしら」


 彩佳は総次に対してこう説明した。


「闘気の融合による、新たな闘気の生成……」

「総次君、何か心当たりでもあるの?」


 彩佳は急に考え込んだ総次の顔を覗き込みながら尋ねた。


「……この闘気に覚醒した日に、局長から紹介された人と修行をしてて、その時水の闘気を使って、そしたら突然黒いオーラみたいに変化して……」

「その時、どういう感情でその闘気を放ったのかしら?」


 沙希はどこか興味津々な態度で尋ねた。


「どういう感情でと、仰いますと……」

「闘気はその使用者の精神状態によって制度や威力の強弱が出る。それはあなたも知ってるわよね?」

「ええ」

「もしかしたら、その闘気を放った時のあなたの精神が、闘気の融合を果たした可能性があると思うんだけど……」


 そう言われた総次ははっとしたような表情になった。


「あの時、僕は何が何でも生きて戦わなければならない。中途半端なところで負ける訳にはいかないと、その気持ちがあの時の僕の全てを支配してたと、そんな気がします」

「……なるほど、そこまで総次君が意識を集中してたとなると、余程追い詰められた状況だったようね」

「極限状態での精神の過集中、それが闘気融合のトリガーになったと考えて間違いないと言えるわね。現に送られてきた髪の毛から分析した遺伝子構造が、入学当時から微妙な変化があったから、闘気が遺伝子に影響を及ぼした、と考えるのが正しいと見ていいわね」

「闘気と遺伝子の関係性に関する研究は難航していましたが、これで進歩できますね」


 沙希と彩佳は納得した様子でそう言った。


「それと、例の文献を調べたけど、文系学科の教授と検証した結果、この文献は平安時代から鎌倉時代初期の代物とだと分かったわ。つまり、その時代に少なくとも一人はこの闘気に覚醒した人がいるということになるわ」


 彩佳に続いて沙希はそう説明した。


「……それが、この一カ月の研究で分かったことですね」

「ええ。納得できる情報じゃなかったらごめんなさいね。何しろ過去の文献や論文に全く記載のない属性の上、頼みの綱の資料がこの文献と例の研究ノートだけだからね。お負けに遺伝子との関係に関する研究だって難しいのよねぇ~。何しろどこにどう影響があるのか分かるにも、手間が掛かるし」

「お手数をお掛けしました。ですが、少しでもこの闘気のことが分かれば、僕としては嬉しい限りです」

「ならよかったわ。でも今回あなたを呼んだのはそれだけじゃない。それは一応伝えたよね?」

「……例の件ですね?」


 沙耶の問いかけに、総次は悟ったように言った。


「……総ちゃん、例の件って何?」


 二人と対照的に何のことか全く理解していない様子で尋ねたのは夏美だった。


「それは……」

「一緒に付いてくれば分かるわよ」


 そう言って総次の説明を遮った沙耶は、沙希や彩佳と一緒に総次達を研究室の外へ連れていった。

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