第2話 美原沙耶、再び
フェリーから降りた夏美は、三月とは思えない熱気に驚かされていた。
「あっつ~い……」
「ここではこれぐらいが基本です。四月になると三十度前後にはなるので、僕も最初に来たときは驚いたものです」
暑さに既にへとへと状態の夏美と対照的に、総次は涼しげな表情で淡々と説明した。
「こんなになるんだったら、服も夏物持ってくればよかった~」
「こうなると思ったので、一応夏物の隊服を着てきました」
「マジで⁉」
夏美は大きく目を見開いた。
「冬物と大差ないデザインですから、分かりづらいでしょうけど……」
平然とした様子で言う総次に、夏美は唖然としていた。
「お~いっ! 総次! 夏美ちゃ~ん!」
そんな会話をしてると、総次達の一直線上、約二百メートル先から快活な女性の呼び声が轟いた。言うまでもなく、総次達を呼び出した美原沙耶である。
「美原さん、一年前と相変わらずみたい」
「あれが美原先生らしいところですからね」
そんな会話をしながら総次と夏美は沙耶の下へ向かった。
「久しぶりね、総次」
「美原先生こそ、お元気そうで何よりです」
さわやかな笑顔で再会を喜ぶ沙耶に対し、総次は無表情かつ淡泊に応えた。
「久しぶり、夏美ちゃん、相変らずいいおっぱいね~」
「セ、セクハラですっ‼ 美原さんっ‼」
再会早々のセクハラ発言を受けて両手で胸を隠す夏美。顔も一気に赤くなっていた。
「いいじゃな~い。大きいし柔らかそうだし~」
そんな夏美の恥じらう姿を愉しむように、沙耶は両手を手前でワシワシさせながら迫る。
「ところで美原先生、例の結果ですが……」
そこで総次が遮るように割って入った。
「分かってるよ。そう焦るんじゃないよ。研究所に今から案内するから」
「お願い致します。夏美さん」
「う、うん……」
「さっ、レッツゴー!」
沙耶は意気揚々と研究所に向かって歩き出した。
「ありがとう、総ちゃん」
「いえ、先生も相変わらずですから、対処法は分かってます。それに……」
「結果が気になる、でしょ?」
ウインクしながら夏美は言った。
「ええ。今後のことを考えて、しっかりとメカニズムは把握すべきですし……」
「そうと決まれば、行きましょ!」
「勿論です」
「あっ、それまでの間、あたしを守ってね。またセクハラされたら怖いもん」
「分かってます。でも、そんな無暗に襲うようなことはしないと思うので、そこまで怖がらなくても大丈夫ですよ」
そう話しながら二人は沙耶の後を追った。
「それにしても、本当にここって日本? なんか外国の南の島みたい」
辺りを見渡しながらつぶやく夏美。彼女の言うように、船着き場の周り一面にヤシの木が生え、その向こう側には南国風の建物が所々にあり、始めてきた人からすれば異国の地に来た感覚になるのも無理はないだろう。
晴れ渡す青空と、それを覆うモクモクとした入道雲の存在が、一層春先の日本とは全く違う雰囲気を醸し出していた。
「ここは学園長の意向で、こういう建物が多いんです。後者はそうでもないんですが、ショッピングモールもこんな感じです」
「ショッピングモールがあるの? じゃあ後で寄ってこうかな~」
「寄ってどうするんです?」
「決まってるでしょ? 洋服を買うのよ。冬物で来ちゃって失敗したから、夏物を買って涼しくしたいの」
「それなら、学園から南の目立つところにありますよ」
「分かったわ。総ちゃん」
夏美は満面の笑顔でそう言った。
「おやおやお二人さん、ただでさえ熱い南の島でお熱いご様子っ」
そんな二人のやり取りが耳に入った鞘は再び冷やかしをした。
「何がです?」
沙耶の言ってることを理解できずにキョトンと答えた総次。
「えっ? あっ、いや、その……」
その隣でしどろもどろになっている夏美と、二人の反応は正反対だった。それを見た沙耶は更にニヤニヤし出した。
「あらっ、夏美ちゃんは満更でも……」
「ち、違いますっ! 総ちゃんは新戦組の仲間で、弟みたいって言うか……」
「そっかそっか、分かったよ。じゃあ急ごうか」
そう言うや否や沙耶は再び研究所に向かって歩いて行った。
「はぁ……本当に美原さんのペースに飲まれまくってるよ、あたし……」
ため息をつきながら夏美はつぶやいた。
「……僕は夏美さんにとっては弟ですか」
「えっと、不愉快だった?」
「いえ、寧ろ安心を覚えます。その、何て言うか、うまく言いにくいんですが、とにかく安心すると言うのは、はっきりしてるんです」
そう答えた総次は、どこか歯切れが悪かった。本来別の言い方があって、だがそれが何なのかが分かっていないような雰囲気があった。
「そっか……じゃあ急ぎましょう。早くしないと置いてかれちゃうし」
「そうですね」
そう言いながら二人は再び歩き出した。
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