第10話 出撃の時

「……熱い……‼」


 里見神社寝室で紗江の隣で寝ていた総次が全身に大量の汗をかきながら起きたのは、その日の午前三時三十五分だった。

 クーラーが掛かっているが、それでも暑さに耐えきれず、寝室を出て水を飲む為に水道代の前まで来て、コップ一杯の水を入れて飲み干した。


「ふぅ……」


 その直後、寝室から微かにスマホのバイブ音が鳴り始めた。


(どうしたんだ?)


 不思議に思いながらも、総次は紗江を起こさないようにスマホを取った。着信相手は麗華だった。


(まさか……)


 総次は言い知れぬ不安と恐怖にかられながら、電話に出た。


「もしもし、沖田です」

『総次君、緊急で悪いけど、すぐにこちらに戻ってもらうわ』

「それは、まさか……」

『ニュースを見れば分かるわ』


 言われるままに総次はテレビを付けた。


「やっぱり……」


 映し出された映像からは、首都・東京の一部が火の海と化し、上空のヘリコプター同士での下記による打ち合いが行われている現場だった。


『現在、練馬区上空では警察のヘリコプターとテロリストと思われるヘリコプターによる砲撃戦が展開されています! 被害は時間と共に拡大していくばかりで、近隣住民の不安と恐怖はピークに達しようとしています‼』


 テレビに映った女性リポーターの言葉通り、女性リポーターの背後では多くの区民が悲鳴を上げて逃げまどい、何人かは負傷して救急隊の治療を受けていた。それは紛れもなく上空からの攻撃に巻き込まれたものだった。


「やはり上空から仕掛けてきたか……」


 総一の意図するところを明確に察知した総次は、すぐさま着替えを取りに戻ろうとした。


「行くのかい?」


 そんな彼を背後から呼び付けた紗江に、総次は驚きながら振り向いた。


「……局長からの命令です」

「代わって」


 そう言いながら紗江は、総次からスマホを受け取った。


「紗江よ。遂に来たのね」

『先輩……ええ。そうです』

「分かったわ。総次君をそちらに送るわ……‼」


 紗江はそう言いながら総次にスマホを返した。。


『総次君、いいかしら?」

「無論です。必ず決着を付けます……‼」

『お願いね』


 そう言って総次は通話を切った。


「総次君、すぐに支度なさい」

「勿論です」


 紗江に催促され、総次は寝室に戻り、隊服に着替え始めた。


⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶



 午前三時四十一分。情報課支部で総一達への指示を送っていた和馬達の下へ、沖田総一が北東京地区で部下によって破壊された検問の一つから都内への侵入を果たし、そこから小道を通り始めているという報告を受けた。


『俺だ。都内の侵入に成功したぞ』

「では予定通り、中央区に到達するまでは人通りの少ない道や住宅街をできる限りと追って下さい。頃合いを見て、あなたの欲望を存分に吐き出してください。御三家部隊がその間に時間を稼ぎます」

『御三家にはその分、存分に暴れてもらうぜ』

「そうですね。彼らの力なら、新戦組やMASTERの猛者達を手こずらせるのは簡単でしょう」

『俺はその間に東京セントラルドームへ向かう。この首都東京を猛者を一網打尽にはそれなりのステージが欲しい。あそこなら規模もデカいし、何より派手に暴れ易いからな』

「では、すぐに向かって下さい」


 道真のその言葉を聞いた総一は無言で頷いた後、無線を切った。


「それにしても、あいつも余計な戦いを売りつけるよな」


 道真の横でデスクの画面を確認していた和馬は人ごとのようにそう言った。


「ですがボスは勝ちますよ」

「だな。俺達の天下が目と鼻の先に近づいてきたぜ……」

「いずれにしても、新選組モドキとMASTERの動きには、引き続き警戒が必要ですね」


 二人は天下が目の前に近づいている実感を噛みしめた。


⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶



「敵ヘリコプター部隊の第二陣……」

「まだ数があったのね……」


 支部の隊員の一人が齎した報告に、麗華も薫も驚きと混乱を隠せなかった。永田町を最終防衛ラインと定めて付近に部隊を展開させた新戦組の隊員達に、敵ヘリコプター部隊の第二陣の襲撃の方が齎されたのは午前四時十分になってからだった。第一報から五十分以上連絡が遅れたのは、警視庁の対策本部や太師討ち、更には各新戦組支部間の情報連絡が乱れ、彼らの下へ情報が到着するのに遅れが生じたからだった。


「それ以外の詳細は?」


 薫は恐怖で振るえそうになる声を無理やり堪えながら隊員に尋ねた。


「敵は手始めに来た東京地区の各検問を爆撃し、そのまま二十三区の北地区に散らばって無差別爆撃を繰り返しています。迎撃の為に向かわせましたが、数の上での不利が祟って、押されています」

「別の遠射型の隊員を大至急編成し、最低でも七機のヘリコプターの増員を警備局長に要請してもらえるかしら」

「了解‼」


 隊員にそう命じた薫は、そのまま顎に手を当てて考え込み始めた。


「第一の部隊は、警視庁のヘリコプターを東京湾付近にある程度引き付けてその付近を手薄にする為の囮で、第二陣が本丸……」

「問題は、何故検問を潰したのか。となると、第二陣も囮と言う可能性もあるわね」


 真の意見を聞いた麗華はそう言った。


「もしそうだとしたら、一体誰が地上から来てるのかが気になりますね」

「敵の数だってまだ分からないんじゃ、細かく動くことも難しいですね……」


 冬美と夏美は、迫りくる賊への不安を口にした。


「沖田総一、全く持って油断ならないわね」

「たった一人で警視庁をあんな風にした力を持ってる奴相手じゃあ、立ち向かえるかどうかも分からねぇな……」


 そう言って沖田総一の常識の通用しない強大な力を警戒する意を示したのは鋭子と佐助だった。


「沖田総一のみに気を取られるのは危険でごわそう」

「そうね。他のヘリ部隊への警戒が疎かになるのは確かに危険だわ」


 助六と紀子は総一の強さへの警戒と、総一以外の戦力への警戒という二つの見解をそれぞれで述べた。


「だが、上空からあれだけの空爆を行ったのが、地上からの進撃をし易くする為の布石を打ったと考えると納得がいくわ」

「これだけやれば、連中は混乱してる俺達をよそに堂々と攻め込めるな」

「哀那や清輝さんの言う通りだと思います!」


 哀那と清輝に続いて麗美もそう言って彼らの言葉を後押しした。今回の任務に当たって陽炎の連携攻撃の巧みさが認められ、組長待遇で本陣への参加が認められていた。


「確かに奴なら真正面から潰しに来るな。三人の意見に俺も賛成だ」


 部下の意見に、翔は得物の双刃薙刀の手入れをしながら同意した。


「いずれにしても、各支部との連絡を更に密にしておくべきだね。現状こちらも増員すれば数の上では有利に立てるから上空への警戒はそちらに任せるべきだけど、より正確に状況を整理して的確に行動できるようにしないと、足元を掬われるからね」

「その為にも今の内に役割を決めておかなきゃいけないわ」


 薫はそう言って彼らと今後の状況を考慮しての役割分担を始めようとしたが、直後に薫のスマートフォンがバイブ音を発した。それは索敵班の隊員からだった。


『副長‼ てっ、敵が北東京地区の各所大通りから南下して、永田町に近づいています‼』

「具体的には?」

『三ヶ所で、各索敵班からの方向を合計したその数は、合計でおよそ二百五十人です‼』

「分かったわ。ありがとう」


 そう言って薫は通話を切った。


「都内三ヶ所の大通りからを進行中で、戦力は合計でおよそ二百五十人」

「一ヶ所に約八十人ってところね……」


 薫からの報告を受けた麗華は冷静の分析を始めた。


「大至急部隊を向かわせるとして、やはり本部所属部隊からの出撃が一番だけど……」

「それなら俺が行くっス‼」


 薫の言葉を聞いていの一番に名乗りを上げたながら勢いよく席を立ったのは修一だった。

「俺、あいつらに日本を奪わせたくないっス‼ 大通りの一つは俺達八番隊に任せてもらいたいっス‼」

「澤村君……分かったわ」

「じゃあ、僕も行くよ」


 そう言って修一に続いて彼とは正反対に腰を静かに上げたのは真だった。


「敵が誰であろうと、僕達なら防ぎきることは出来るよ。大通りとそのほかの道を塞ぎながら相手をすれば、問題はないよ」

「頼むわ、真。それで最後はどうするか……」

「それなら、私が行くわ」

「「「えっ⁉」」」


 各組長や陽炎の面々が驚きながら振り返って声の主を見ると、新戦組本部局長の鳳城院麗華が起立していた。


「麗華……」

「東京の中枢地区は彼らに任せても大丈夫よ。それに、沖田総一がいたとすれば、総次君の言葉を借りれば、私にしか太刀打ちできないみたいだし、適任だと思うけど?」

「私はそれでいいけど、皆は……」

「薫。俺達に異存はないぜ。驚きはしたがな」

「拙者も問題ないでごわす」


 そう言って麗華の出陣を後押ししたのは佐助と助六だった。他の者達も彼らと同様に賛同の意を示していた。


「ここに残るメンバーを総理大臣官邸外縁の東西南北に部隊を展開して、防御網を敷くわ。だから麗華達は安心して戦ってきなさい」

「ありがとう、薫、皆。ここは頼んだわよ!」

「「「「了解‼」」」」」


 麗華の感謝と信頼の言葉を聞いた一同は、一斉に起立して敬礼してそう言った。

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