第7話 未来を切り開く為に

「まだまだいくわよ‼ 勝枝ちゃん‼」

「あいよっ‼ どんどんかかってらっしゃい、夏美‼」


 午後六時五十五分。新戦組本部・地下訓練場で二時間前から始まった組長クラスの訓練を行っていたのは勝枝と夏美だった。そしてそんな二人の試合を他の組長達と陽炎の面々は見守っていた。


「やれやれ、勝枝も夏美ちゃんも気合入ってんな。そう思うだろ助六?」

「うむ。総次殿も本部を離れて特訓を行っている。我々もより強くならねばと使命感に燃えるというものでごわす」


 それを聞いた佐助はやや驚いた様子で助六を眺めた。


「珍しいな。お前がこんなに燃えてるなんてな……だからさっきの特訓でも修一をしごいてたのか……」

「たっぷりしごかれたっス……」


 そう言いながら修一は助六の隣で座り込んで未菜から手渡されたスポーツドリンクを一息に飲み干し、首に掛けたタオルで顔に流れる汗を拭いた。


「お前も不幸だったな、修一。今日の助六はいつになく気合が入ってたからな」

「でも、いい汗流せたっス」

「強がりか?」

「そんなことないっスよ!」

「悪ぃ悪ぃ。ついからかいたくなっちまってな……」


 佐助は笑いながら修一に謝った。最も本気で誤っていないことを悟った修一はややむくれてしまったが、それも含めて笑っていた。


「でも、考えてみたら総次君の提案って、結構今の新戦組にとっていい刺激になったと思いますね。こうやって組長や陽炎の皆さんが気合十分で訓練してるんですから……」


 そう言ったのは勝枝達の稽古を修一の隣で観戦していた未菜だった。


「俺もそう思うな。あいつが新戦組に入ってから、俺達も結構気付かされることが出来たしな。今回の訓練もそうだし、感謝しなけりゃならないな」


 それを受けて修一はそう微笑みながらそう言った。


「それにしても、真さんは強いっスね」

「ああ。弓使いの弱点である近接戦を、蹴り技で上手くフォローする。相変わらずの強さだな……」


 そう話し合いながら修一と佐助は反対側の壁に寄りかかりながら冬美と談笑している真を眺めた。この日も陽炎や他の組長達との訓練で全勝を収め、新戦組第二位の実力を見せつけた。


「麗華に真。流石に新戦組を支える双璧の実力は飛びぬけてるな。時期にあのオチビちゃんもその中に入るだろうし、俺達も気を引き締めねぇとな……」


佐助は右手に持った肉厚の剣の刃の輝きを眺めながらそう言った。


「組長としてはそれでいいかも知れない」


 そんな彼らの会話に割って入ったのは、夏美達より前に訓練を終えて紀子と共に観戦しに来た鋭子だった。


「だが、一人の少年としてはどうなのか、考えたことはあるかしら?」

「鋭子……」


 そう言われた佐助は言葉に詰まった。その部分にまで考えが及んでいなかったからだ。


「拙者も考えていたでごわすが、他の者達と違い、彼が将来何をしたいのか話したことがなかったでごわすな」

「それだけじゃないわ。あの子がここに来てから、笑ったところを見たことがあるかしら?」


 紀子はどこか物悲しげな表情でそう言った。


「確かに、いつも険しい表情ばかりで、時々怖いって思うこともある……」

「それにこの間の警視庁襲撃から、思いつめた表情が多くなった気がするわ……」


 修一と未菜は総次のこれまでの行動を振り返りながらそう言った。二人は本部で総次と関わることが比較的多かった為に、思い当たる節が多かった。


「彼が麗華に一番隊を任せて稽古に行ったのが、自分の将来を切り開く為ではなく、ただ単にこれからの戦いに備える為だけだとしたら、あの子の未来はどうなるのか。ここ最近、私も紀子先生もそれが気がかりでね……」

「あいつの将来か……そういや、俺達も知らねぇよな。こんなくだらない戦いがなかったら、あいつはどんな未来を歩むつもりだったのかって……」


 鋭子のつぶやきを聞いた佐助はそう言った。確かに総次は自分が将来何をしたいのかを彼らに一切語らなかった。その流れで助六は何かを思い出したようにこう話しだした。


「そう言えば先日、薫殿が総次殿の意見を殆ど聞かずに強引に組織に入れてしまったことを後悔してると言っていたでごわす」

「薫がねぇ……まああの時のあいつが強引だったのは否定できねぇがな」

「佐助君はどう思ってるのかしら?」


 紀子にそう言われた佐助は顎に手を当て、十秒程考えた後こう言った。


「確かにオチビちゃんが何をしたいのかっていうのは分からねぇ。でも俺は、オチビちゃんがどうなろうと応援するし、必要なら手助けしたいって気持ちはあるけど……」

「けど?」


 言葉を詰まらせた佐助に顔を近づけながら鋭子は尋ねた。


「普通に生きるとかだったらだけどな……俺が手助けできるとしたら……」

「つまり、あなたも具体的には分からないのね。でも確かに、もう少し私達に心を開いて話してもいいと思うのだが……」


 鋭子はどこか歯がゆそうにそう言った。自分達に本音をぶつけてくれたら、その内容が自分達に取って総次を助けることになるのなら、進んで手助けしたいと思っていた為に、余計に歯がゆさを感じ取ったのだ、


「でも今は沖田総一の件をどうするかが最重要だから、この件は戦いが終わってからにしましょう」


 紀子は総次のことを気に掛けながらも、場を纏める為にそう言って話題を終えた。


⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶



午後八時二十分。夕食を取り終えた総次は、居間でここ三日の特訓の中で得た純白の闘気と漆黒の闘気の運用方法について、持ってきたノートに記録と独自の理論を取っていた。

 ノートに書き留めた内容を整理した総次は、この日一日の特訓を振り返っていた。午前中はこの闘気の持ち味とリスクを理解し、午後の特訓で午前中の稽古の中で得た情報を元に動きや闘気放出の調整を行いながら力の運用法を見つけようとしていた。

その中で仕入れた情報は総次からすれば満足のいく量ではなかったものの、後の部分は沖田総一が使っていたイメージを元に考えて動くことを考え始めていた。


「おやおや、随分と気合が入ってるじゃないかい?」


 そんな総次を背後から抱きしめながら突然話しかけてきたのは紗江だった。


「龍乃宮さん……」

「また今日一日の特訓の内容をノートに纏めたのね」

「中学時代も、試合の時はこれとは別に試合用のノートも取って、そこで築き上げた理論を元に自分を鍛えていたものです」

「ノートの取り方もきれいだし、学校で成績優秀なのが納得だな」


 紗江は感心した様子でそう言った。


「勉強はやらなくても出来ました。正直、学校の勉強は教科書を読んで暗記してそれを応用しての繰り返しで、何ら味気なかったですが……」

「なぁにその言い方? 勉強が苦手な子を挑発してるみたいに聞こえるわよ?」


 総次の物言いを聞いた紗江はやや不機嫌な態度でそう言った。


「そう聞こえたとしても、龍乃宮さんがそんなに不機嫌になる理由はないのでは?」

「こう見えてあたし、勉強は中途半端だったからね。大学受験直前まで順位はいつも平均点だったから、あなたみたいに勉強が味気ないなんて生意気な言い方する子には、ちょっとジェラシーになるの」


 そう言いながら紗江は総次の胸に触れてその辺りをしつこく念入りに撫で始めた。


「……変なとこ触らないで下さい……」

「ムカつくことを平気で言う生意気な坊やにはお仕置きが必要ね……♥」

「成績を……上げようという努力が……足らなかっただけ……では?」

「してたわよ。でもあたしが通ってた中学も高校も結構偏差値が高かったから、もう少し偏差値が低いとこだったらいい成績だったと思うわ」

「言い訳にして……は……下手ですね……」

「減らず口ね……じゃあこんどはこうしてぇ……♥」


 そう言いながら紗江は総次を真正面に向けさせ、そのまま彼を優しく抱きしめた。


「……今度は何ですか?」

「本当に頑張り屋さんね……」

「それで、これは何ですか?」


 総次が戸惑う一方で、尋ねられた紗江は抱きしめる力をやや強め、しばらくしてこう話しだした。


「……麗華があなたを愛おしいって言ったのが、何となく分かったわ」

「どういうことですか?」

「どこまでも純粋で真っすぐで、何事にも恐れることなく突き進み、そしてとても危なっかしくて守りたくなる男の子だって……」

「……麗華姉ちゃん……」


 それを聞いた総次は小さな声でそうつぶやいた。


「どうしたの?」

「……まだまだ半人前だなと思ったんです。局長の足元にも及ばないと……」

「それは、剣士として? 人間として?」

「両方……ですかね……」

「九歳の差は大きいしね」

「たった九歳の差で、ですか?」

「そうよ。確かあなたが麗華と初めて会ったのって、あなたが六歳の時で、麗華は十五歳だったわね」

「ええ。河原で始めたばかりの剣の稽古をして怪我をした時に手当てしてくれたんです。懐かしいものです。あれからもう十二年も経ったとは……」

「そんなあなたの過去や、これからの未来の為にも、強くなって生きなきゃいけないわね」

「……ええ。その通りです……‼」


 優しく紗江にそう言われた総次は、再び真剣な表情になって力強くそうつぶやいた。


「その為にも、これからの戦いを勝ち続けてます。自分の未来を切り開く為にも」

「自分の未来を切り開く為……か……」


 そうつぶやきながら紗江は抱きしめていた総次を解放して立ち上がった。


「それで、あの闘気に関して、君なりの運用法は見つかったのかしら?」

「ある程度は……」

「たった一日で見出すとはね。普通闘気を戦闘で扱うとしても、実戦レベルに昇華させるまでに大体一カ月くらいかかるけど……」

「力自体は警視庁の時に少しは把握していて、実戦ではその時に分からなかった余白部分を埋めれたと思います」

「そう……」

「そして龍乃宮さんとのこの三日間での特訓から得られた闘気のデータと照らし合わせれば、上手くいくでしょう。本当にありがとうございます」

「そう言ってくれると嬉しいわ」


 感謝の言葉を述べられた紗江は微笑みながらそう言った。


「じゃあ、明日からの特訓もそのデータに基づいて動くってことね?」

「ええ。そしてその中で更にわかったことや修正すべき点が見つかれば、その都度ノート上のデータを更新していきます」

「じゃあ、その中で答えを見つけるって訳ね?」

「ええ。ここに滞在できる期間も後少ないですが、見つけていきます」


 総次は真っすぐ紗江を見ながらそう宣言した。


「よく分ったわ。その調子で明日も頑張りなさい」


 総次の気合を感じ取った紗江は激励の言葉を送りながら居間を後にした。

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