第4話 総次vs紗江

九月四日、午後八時。紗江に言われた通りに雲取山の中腹へ到着していた総次は、近くの草場に腰を下ろして紗江の到着を待っていた。


「……そろそろか」

「お待たせ」


 すると紗江がそう言いながら歩み寄って来た。そこで総次は、彼女の左手に握られている長物の日本刀を目にし、首を傾げながら尋ねた。


「……模造刀?」

「マジもんよ」


 太陽のような満面の笑顔で答えた紗江に、総次は背筋に寒気が走った。


「……えっと……」

「あたし、巫女として、里見神社の神主の仕事以外に、国からある副業を仰せつかったの。闘気を使う犯罪者を暗殺をね」

「なっ……⁉」


 その言葉に、総次は目を大きく見開いた。


「依頼主は、闘気の存在を認めているごく一部の官僚や政治家よ」

「そんなことを……」


 闘気の存在に肯定的な政府高官や官僚が、その力を犯罪者狩りの為に利用しているという実態など、当然総次に走りえないことだった。


「知ってるのは、新戦組じゃあ君以外だと麗華や薫ちゃん、真君ぐらいよ」

「でも、どうしてですか?」

「あたしが通ってた大学で闘気の研究者が集まることが何度かあってね。研究の協力をしたことがあるの。そこで政府と警察があたしのことを知って、スカウトに来たのよ」

「そんな……」

「言ったでしょ? 強大な力を持つってことは、相応の責任を背負うことになるって」

「……はっ‼」


 紗江のその言葉に、総次はやっと彼女の言った意味を悟った。


「あの言葉は、今のあなた自身……」

「まあ、将来はともかく、今は誰かがそんな役割を得ないとダメなのよ」


 そう語る紗江の表情は、これまでにない責任感に満ちた真剣なものに変わっていた。


「覚悟は決まりました。そしてこの稽古であなたは……」

「大体察しがついてるでしょ?」

「……殺す気で戦うと?」

「最悪の場合、あなたはこの世にさよならしなきゃいけないわ」


 紗江から放たれる殺気に、総次は足元がすくんだ。未だに紗江に防戦一方の自分が、真剣での殺し合いを乗り越えられるかが分からないからだ。


「……これを乗り越えれば、強くなれると?」

「あなた次第よ。お話はここまで……」


 そう言いながら紗江は腰に左手に持った刀を鞘から抜いて構えた。方の総次は紗江が放つ威圧に及び腰になっていたが、生きて戦う為にと己に鞭を打って刀を抜き、紗江と同じように構えた。そして二人の間に一陣の風が吹いた瞬間――。


「行くわよ……」


 その言葉と共に紗江は、総次が反応するか否かの速度で一気に間合い詰める。そのまま彼の懐に飛び込み、風の闘気を纏わせた突きを繰り出した。


(速い……‼)


 戸惑いながら、総次はすかさず刀に風の闘気を纏わせながら、彼女との間合いを作ろうとするが、紗江はその余裕を与えず、至近距離で強烈な連撃を繰り出す。間合いもない為、総次の十八番である超高速も封じ込められて不利になった。更に彼女の斬撃は全て総次の急所を狙っていた為、一瞬も気を抜けなかった。


「自慢のスピードは寝起きで出せないのかしら?」

「そんなこと……」


 体勢を整えつつ、一気に攻勢に出る総次。だが紗江は総次の攻撃を次々といなし、更に自分の攻撃に繋げていった。


(こんな攻撃を一瞬で繰り出し続けるなんて……‼)


 何とか攻撃を繰り返す総次だったが、三十秒程その状態が続いた所で、突然紗江が攻撃を止めて総次と間合いを取った。同時に刀を天に掲げながら、多量の風の闘気を螺旋状に纏わされる。


「はぁ‼」


一息に振り下ろした直後、発生した螺旋状の風は地面を抉りながら総次目掛けて一直線に向かう。


(あれじゃ直撃……‼)


 総次は刀に多量の光の闘気を纏わせ、腰を深く落としながら強烈な突きを繰り出した。


「まだまだ‼」(尖狼‼)


 尖狼から繰り出された三十三の光のはそのまま狼の姿を象って紗江が放った螺旋状の風の闘気とぶつかり、爆風が土煙と共に辺り一帯に吹き荒れた


(接近戦は不利だ……‼)(餓狼‼)


 総次は爆風で巻き起こった土煙を前に刀に炎の闘気を纏わせ、駆け出しつつ強烈な突きを繰り出した。

 飢狼から発生した炎の闘気は、土煙を突き破って前方で巨大な爆炎を巻き起こした。


「攻撃の切り替えの早さも相変わらずね……」


 だが既に紗江は総次の背後に回って居合切りを放とうとしていた。慌てた総次は反撃することを諦め、紗江が攻撃を繰り出すまでの僅かな時間を使ってその場から前方に飛び移って距離を取った。


「もうビビっちゃったの?」

「そんなことは……」


 総次は否定しきれなかった。紗江の戦い方と、それ以上に容赦のない紗江の態度が総次にとっては一言で表現できない恐怖を与えていた。


「じゃあどうするか、分かってるでしょ?」

「……ええ」


 紗江の言葉に応えるように、総次は刀を鞘に納めながら腰を深く落として構えた。


「一気に懐に飛び込めるかしら……」


 そんな総次の態度を口元に微笑を携えながら眺めていた紗江は、総次の居合切りに呼応して刀を構えた。


「決める……‼」


 そう言いながら総次は目にも止まらぬ超高速で一直線に紗江目掛けて突進した。


「さっきよりは早いけど、一直線ならタイミングを合わせるだけ!」


 紗江が自信気にそう言った瞬間、総次の姿が紗江の視界から消えてしまった。


(隙あり……‼)(狼牙・瞬‼)


 総次は紗江の手前二メートルで身体を半回転し、その遠心力を利用して紗江の背後の回り込み、刀身に闇の闘気を纏わせて斬りかかっていた。


「マジで殺す気になったのね?」


 尚も余裕の態度を崩さない紗江は、総次のこの小癪な攻撃に全く動じることなく刀に風の闘気を纏わせてこれを迎え撃って捌き、そのまま刀に風の闘気を纏わせた総次と激しい打ち合いになった。


(これで……‼)(尖狼・九十九連‼)


 総次は紗江との打ち合いの中で僅かに間合いを取ってそのまま常人では見きれぬ速さの連続突きを放った。


「結構なギャンブルに出たわね」


 そこから紗江は、総次の刀から放たれた九十九体の風の槍を、光の闘気に変えて刀に纏わせて大振りに薙ぎ払って放った三日月上の刃で全て叩き潰した。そこから紗江は闘気の激突によって発生した爆風と土煙の中で刀を構えつつ、総次が取る次の一手に即応する体勢を整えた。

しかし総次は、既に紗江の頭上に立ち込める土煙を斬り裂きながら唐竹割りを繰り出していた。


(これなら……‼)(天狼‼)


 雷の闘気を纏わせて技を繰り出した総次だが、紗江はそれに反応し、風を纏わせた刀を頭上に構えてそれを防いだ。


「残念だったわね……」


 紗江は下半身に力を入れて総次の攻撃を弾いて地上に下ろした。着地した総次は鋼の闘気を流し込んだ刀を振るい、身体を回転させながら強烈な回転斬りを繰り出す。


「まだまだ‼」(豪嵐狼‼)


 猛烈なスピードで繰り出した嵐狼の三十六連撃で紗江の防御を崩そうとする総次。紗江はその攻撃をかわしつつ、一瞬で総次の懐に飛び込んだ。


「ちょっと隙があるわね……」


 紗江は総次の脇腹目掛けて強烈な突きが繰り出される。総次は抜いた小太刀に鋼の闘気を流し込んで防ぎ、再び紗江と距離を取った。


「分かりやすい子」


 紗江は再び刀を構え直して次の攻撃に備えた。


「まだあたしの動きを封じるまでには至っては……」


 紗江の言葉が遮られた瞬間、総次は刀に炎の闘気を纏わせて一気に紗江の懐に飛び込み、腰を深く落として紗江の足元で刀を構えていた。


「封じるまで……」(伏狼‼)


 足元を薙ぎ払うとした瞬間、紗江は上空に飛び上がってかわした。


(チャンス……)(蒼天狼‼)


 紗江が飛翔した場所を見切った総次は、刀に炎の闘気を纏わせたまま彼女と同じ高度まで飛び上がって百を超える連撃を繰り出した。

紗江もすぐに迎撃したが、それらの攻撃は先程よりも威力が上がっていた。更に総次は斬撃スピードを上げ、紗江の剣技を崩しにかかっていた。

しかし動じない紗江に、総次は一旦彼女と距離を取って光の闘気に切り替えて莫大な量の闘気を纏わせて技を繰り出した。


(もっと力を……‼)(飢狼‼)


 強烈な餓狼は、巨大なレーザーの如く紗江目掛けて一直線に向かってきた。


「大きいわね」


 微かに驚きつつ、光の闘気による巨大な三日月の刃を放って迎撃する紗江。だが威力は僅かながら総次が上回っていた。

 更に総次は、刀と小太刀に風の闘気を纏わせて紗江の目前に飛び込みながら猛烈な連続斬りを繰り出して紗江の動きを封じようとした。


「ならば‼」


 更に総次は連続攻撃を続け、力技で紗江の連続斬りを突き破り始めた。だがその瞬間、紗江は総次と一旦距離を取って再び刀を構えた。


「……そろそろ全力で来ていただけませんか?」

「あたしは本気よ?」

「ですがまだ全力ではないですよね?」


総次にそう言われた紗江が微笑んだ瞬間、紗江の刀を纏っている風の闘気が黄緑色に変色し、眩い輝きを放ち始めた。


「破界……?」

「だったらここで、あたしの奥義を見せてあげるわ」


 紗江は闘気を光に切り替え、纏わせる量を増大させながら刀を両手持ちにして振りかぶった。その構えに総次は見覚えがあった。


「白鳳斬……」

「麗華にも教えたけど、私のは一味違うわよ」


 総次は刀に雷の闘気を纏わせて上空へ飛ぼうとしたが、その刹那に紗江は刀を振り下ろした。


「飛び上がる隙なんてないわよ?」(白鳳斬‼)


紗江が振り下ろした刀に纏われた巨大な黄金色の刃は、放たれた直後に総次目掛けて一直線に向かってきた。


(かわすだけじゃない……‼)


 そこで総次は、刀に水の闘気を纏わせつつ、更にそのまま破界の力を込めた風の白鳳斬に向かって駆け出したのだ。


「総次君っ⁉」


 総次の命知らずな行動に思わず声を出した紗江だが、総次は水の闘気を纏わせた刀と小太刀で、白鳳斬から放たれた巨大な黄金色に輝く光の刃を受け止めた。


「僕は……総一に、翼に、勝つんだっ‼」


 その瞬間、総次の刀を纏っていた水の闘気が徐々に黒く変色していき、そしてそれは徐々に禍々しさを醸し出し始めていた。同時に、純白に輝く闘気が彼の小太刀にも纏われ始めた。


「あれって……?」


 突如として総次の刀に起こった謎の現象に、紗江は言葉を失ってただ茫然と眺めていた。


「おのれぇぇぇえ‼」


 総次の刀を纏う漆黒の闘気は、紗江が白鳳斬で放った闘気の刃を吸収し始めた。


「はぁぁぁああ‼」


 総次は力いっぱい身体を一回転させながら漆黒の闘気を纏わせた刀と、純白の闘気を纏わせた小太刀を振い、二つの闘気で形成された巨大な刃を紗江目掛けて飛ばした。それは紗江が白鳳斬から放った破界の闘気を遥かに上回る大きさだった。凄まじい地響きと闘気の閃光が、一気に紗江に襲い掛かり。


「ヤバい‼」


 即座に横に身体を翻してその場に伏せた。漆黒と純白の刃は地を削りながら猛スピードで駆け抜け、紗江の遥か後方の森に直撃し、吹き飛ばしてしまった。遠く離れた紗江の方にまで爆風は到達した。


「今のは一体……」


 立ち上がりながらつぶやいた紗江は周囲を見渡した。すると彼女の眼前で、総次は前のめりに倒れて気絶していた。


「まあ、こんな朝早くからあれだけ動き回ったんだから、無理ないわね……」


 紗江は刀を鞘に納め、倒れていた総次を抱きかかえてその場を後にした。

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