第3話 白き鬼の次の一手

「ボス。三宅君が帰還されましたよ」

「通せ」


 道真の報告を受けた総一は、私室のソファに腰を掛けながらそう言った。そしてそれを受けて直ぐに私室に、迷彩服を着て手に方天戟を持った青年が入ってきた。


「久しぶりだな、桐弥。栃木県各地に散った部下の招集、ご苦労だった」

「容易いことだ。ところで一つ、聞いておきたいことがある」

「ウチの訓練場が、奇襲を受けたことか?」

「犠牲者は出なかったのか?」

「犠牲になるような連中は出してない」

「そうか……」


 そう言った三宅(みやけ)桐(きり)弥(や)はそれ以上この話題に触れなかった。


「話を変えるが、出撃はいつになる?」

「お前が招集した部下達の戦力確認や、武器弾薬の再々確認。決起の為の準備でおおよそ四日は掛かる」

「和馬や道真に、また苦労を掛けることになるな……」

「仕方ない。だが時期に、警察も新選組モドキも、MASTERも俺色の国の中で消滅する。俺達の力によってな」

「……水瀬氏に、感謝しなければならないな」

「……チッ……」


 桐弥がそう言うと、総一は急に不機嫌そうな表情をした。


「気を悪くさせてしまったが、お前の力があのマッドサイエンティストの狂気の研究の賜物なのは、否定しがたい事実だ」

「そんなことは自覚してる。だが俺はあいつのことは最後まで好くことはなかった。あいつも俺を研究対象として以外は見てなかっただろうな」


 総一は不愉快そうにそう言った。そしてそのまま更に話を続けた。


「現にあいつは、毎日のように俺を研究のモルモットにした。何度あいつの汚い手で身体を弄られたことか。奴を毒で自殺に見せかけて殺した後に俺を引き取った奴の知り合い夫婦も、俺に対して何ら施しをしなかった上に虐待し続けた。日頃のストレスを発散したいっていう理由でな」

「……例の夫妻が死んで、いや殺してもう三年か……」

「所詮、自分より弱いと思った奴をサンドバックにしてストレス発散をするしか趣味のない哀れな連中だ。奴らにも才を伸ばす為に力をつける時間はいくらでもあった。だがそれを最期までせずに俺を虐待し続けた。自分の弱さに甘えてな。それによって奴らは死への片道切符を、寿命を迎えるよりも早く手にしてしまったがな」

「だがその虐待の中で、誰よりも強大な力を得て生き抜くことが、この世界で生き残る為の最も強い道具であると悟った。だからこそ、俺達のような、あまりいい身分と言えねぇ連中でも力さえあれば、そんな理屈を覆せるって証明したいとな」

「そうだ。そして今の俺には力がある。その理屈を証明する、俺だけの最強の力がな……」

「それこそが、お前の創る世界を切り開く刃となるのか」

「その為には桐弥。お前の力が必要だ。お前も俺の創る日本の中でやりたいことがあるだろうが、それまではその力、俺の為に使ってくれ」

「分かっている」


 了承の態度を取った桐弥はそう言って部屋を退出した。そして彼と入れ違いに尋ねてきた和馬と、外で待っていた道真が入って来た。


「やっと御三家の集合か。にしても、お前に対してあんな態度取れんのはやっぱりあいつしかいないか。流石はお前の部下の最古参だな」

「和馬……どこから見ていた?」

「お前が水瀬の名前を聞いて不機嫌になったとこからだ」

「っふん!」


 つまらない瞬間を見られたと思った総一は再び不機嫌な表情になった。


「これから諸々の準備で忙しくなるんだ。お前もボスとして手伝ってくれればありがたいんだが……」

「分かってる。あいつらの士気を上げるのも、組織のボスである俺の役割だからな……」

「それもそうですが、再びの襲撃となれば、他の勢力の抵抗も凄まじいものになるでしょう。例のエセ新選組も迎撃に現れると見てまず間違いないと思います」

「だろうな。だが道真。俺を敵に回して無事だった奴はいるか?」

「……でしたね……」

「だろ?」

「愚問でした。ボス」


 そう言って道真は深々と頭を下げて謝意を示した。


「別にお前を責めた訳じゃない。それにお前が警戒したくなるのも分かる話だ。だからこそその不安を解いてやろうと思ったんだが……」

「お気になさらず。武器弾薬の再々確認は明日より行います」

「ああ。確かに聞き取ったぞ」

「だがニュースじゃ、警察は検問を敷いて警戒に入ってるが、どうする? また力でねじ伏せながら突っ走るか?」

「それも悪くねぇが、確かにちまちまやるのも面倒だな……となると、やはり俺達の全戦力を叩きつける以外にない」

「確かに、電撃戦となれば機動力がモノを言いますからね。戦力を出し惜しみしてそれを削ぐような愚行は当然避けるべきです」

「そうなると道真。例のプランに従ってお前にアレの準備を頼みたい。なまじ目立つ代物だが、お前なら密に密を重ねて準備は行えるだろ?」

「ええ。問題なく」


 道真は部屋のライトの光に反射した眼鏡の奥から不敵な笑みをしながらそう言った。


「じゃあ頼んだぞ。それとだ。お前達に渡しておきたいものがある」

「何でしょうか?」

「俺達にまた負担を掛ける気か?」

「多少はな。だが講じておいて一応は問題ないものだ」


 そう言いながら総一はデスクの引き出しから五枚のプリントを道真に渡した。


「これは……」

「例のプランに、俺流のアレンジを加えた案だ。使うかどうかはお前らの判断に委ねるが、取り敢えず考慮してもらいたいと思ってな」

「……必要か? これ」


 和馬は疑問を抱きながら尋ねた。


「手札は多い方が戦術の幅が広がる」

「広げ過ぎて混乱する程のものでもありませんし、必要性に関してはいささか疑問を持ちますが……」


 普段総一に対して従順な道真も、珍しく首を傾げながら尋ねた。


「多少の用心は必要だと思ってな。俺だけで東京を潰すならともかく、組織で動くならな」

「……分かりました。善処いたします」

「しょうがねぇな。俺達情報課も協力するぜ」


 そう言って道真と和馬は総一から渡された書類を正式に受け取った。


「では私は、この作戦についての協議を作戦課で始めますので、これにて……」

「ああ。今日はご苦労だった。下がっていいぜ」


 そう言って総一は道真を見送った。


「やれやれ、これから慌ただしくなるな……」

「その分、てめぇら情報課の力も頼りにするぜ。もう潜らせてんだろ?」

「一昨日の段階で、怪しまれないようにさせた。そこから情報はいくらでも掴める。後はその情報を活かす道真の力次第だな……」


 和馬は道真が去った部屋のドアを見ながらそう言った。

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