第2話 もう一度立ち上がる為に
「情けない……」
午後八時時二十分。MASTER医療部の病室のベッドの上で横になっていた翼はそうつぶやいた。三日前の今市の戦いで、総次の兄・沖田総一によって胸部から腹部に全治一ヶ月半の重傷を負った翼は、帰還して直ぐに手術を受けた後、医療部で入院することになった。
更に九月に入り、先の警視庁襲撃の傷がある程度癒えた警視庁が、新戦組と協力して都内各所に検問を敷くなど警戒を強めた為に、MASTERとしても動きが取れなくなった。これを受けた赤狼も、暫しの間待命を命じられていた。
そんな中、見舞いの花束を持って来ながらアザミが尋ねてきた。その姿からはいつもと比較してやや明るさが乏しかった。
「何を考えてたの?」
「いやな、あいつのことを少し……」
「沖田総一のこと?」
「ああ。今回の任務は最悪の結果を招き、おまけにこのザマだ」
尋ねれられた翼は自嘲するようにそうつぶやいた。
「そう言えば、すっごく不思議な力を使ってたって?」
「白と黒の闘気だ。あんな闘気を俺は見たことがない。パワーでは他の全てを凌駕している。だが、だからこそ、これ以上あいつの好き勝手を許す訳にはいかない」
「あたし達からも、犠牲が出ちゃって……」
「済まない。俺が甘かった。瀬理名達の話では、むしろ戦い慣れているような動きも多かったらしいな」
「動きも無駄がなかったし、力もあった。隙も無くてすっごく厄介だった」
「奴らの力は大きい。だがそれだけじゃない。特に俺が戦ったあいつの野心の強大さもあるが、それ以上に戦っている時の無邪気さが怖いな」
「無邪気さ?」
アザミは翼のベッドに近づきながら尋ねた。
「あいつは、常に俺の力の限界を引き出そうと戦っていた。純粋に、かつ残酷な程に。容赦のなさやそれに見合った実力は認めざるを得ない。だがその分その時覗く無邪気さが、武器を最悪の凶器に変えている。凶器は悲劇しか生まない……」
「……絶対、倒さなきゃならないってことね?」
「奴がこれ以上生き続ければ、これまでとは比ではない数の死者が出る。それだけは絶対阻止したいが……」
「その為に、尊達もリベンジの時が来るまで特訓してるんだから、だいじょうぶよ」
アザミは小さく胸元でガッツポーズを取りながらそう言った。
「……次にあいつとぶつかると決まった訳じゃないんだが……仕方ない。アザミ」
「なぁに?」
「御影を呼んでくれ。今の時間はあいつの仕事も終わってるだろうし、俺の方から今後のことについて少し話があるんだ」
「うん。わかった」
そう言ってアザミは御影を呼びに行った。御影が到着したのは、それから十分後だった。
「派手にやられたな、翼」
「面目ない。まさかあの男の力があそこまでだとは思わなかった」
「沖田総一。謎の闘気を操り日本を恐怖のどん底に叩き落とす巨悪。それにまんまとやられたのは、お前としては屈辱だろうな」
「ああ。その上、結局俺はあれを完全に会得できてないと来た」
「破界の上位形態、創破。あれを身内で覚醒させているのはお前だけだ。それに扱いは破界以上に困難を極める。短時間でも扱えたのは凄いと思うが……」
「あの程度ではダメだ。あれでは俺達の望む未来を切り開くことは出来ない」
「……身体が全快したら、また修行だな」
「ああ。それに八坂達にも、もっと強くなってもらいたい。今回のことはあいつらにとっても屈辱だったろうよ。その悔しさをバネにしてもらいたい」
「大丈夫だよ。それに、今回もお前が危なっかしくなったら、ちゃんと助けてくれただろ?」
「ああ。今回俺は冷静さを失っていた。奴の力に的確に対処できなかった」
「出来てりゃ、奴に勝てたと?」
「分からん。だが、例えできたとしても奴と刺し違える程度だな」
「そこまでの力を持った奴を兄に持つ沖田総次も、ひょっとしたら化け物かもな」
「総次が、か……」
そう言いながら翼は、ベッドの左隅に置かれている花瓶に添えられた花を眺めた。
⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶
慶介達赤狼七星の面々は、過日の雪辱を晴らす為に彼ら同士での実戦形式の特訓に余念がなかった。その中でも特に慶介は、翼を護れずに重傷を負わせてしまったことに対する責任を強く感じ、熱の入れようは七星の中でも群を抜いていた。
「オラオラオラァ‼ もっとキビキビ動けぇ‼」
そう言いながら慶介は、自身に向かってくる尊達相手に、両手に構えたマシンガンから無数の弾丸を乱れ撃った。
「闇雲に乱れ撃つだけじゃなくなったようだな‼」
そう言いながら真っ先に向かってきた尊は雷の闘気を偃月刀全体に纏わせながら振り回して弾丸を弾き飛ばした。そしてそのままの勢いで慶介に斬りかかろうとした瞬間、慶介の後ろに控えていた将也が両手の双戟に鋼の闘気を流し込み、そのまま尊と打ち合いになった。
「相変わらず、将也の防御力は高いわね。でも慶介ががら空きよ‼」(虎爪滅却‼)
そこで八坂は、尊との打ち合いの隙を突いて両手に持った鉤爪に風の闘気を纏わせ、巨大な風の爪を放った。
「承知の上だっ‼」(大光連撃‼)
慶介は両手に構えたマシンガンに多量の光の闘気を流し込んだ弾丸・大光連撃を乱れ撃ち、八坂の虎爪滅却を叩き潰した。
周囲には双方の技の激突によって発生した爆風と土煙が立ち込め、晴れた時には尊達と慶介達は互いに距離を取り、構えていた。
「随分と気合が入ってるじゃないか」
そんな彼らの間に立ち込めていた緊張を断ち切ったのは、アザミと共にやって来た御影だった。
「この間のリベンジを果たす為だからね」
そう言ったのは、壁に寄りかかって彼らの特訓を見学していた瀬理名だった。
「そのことについてだが、さっき入院中の翼からある伝言を預かってきた」
その言葉を聞いたアザミ以外の赤狼七星の面々は彼の下へ集まって来た。
「知っての通り、今のMASTERは東京都内の警戒の強さ故に下手に動けない状態だ。そして俺達赤狼も、先日の任務によって多くが負傷した為に待命中となった。だがそれに納得しない奴が多いのも事実だ」
「ああそうよ‼ こんな時に待命なって、俺達は納得してないぜ‼」
そう息巻きながら叫んだのは慶介だった。彼の心中を察していた御影はその意気ごみに感心しつつ、話を続ける為に彼を宥めた。
「まあ落ち着け。その件についてだが、既に情報戦略室に頼んである」
「それって……」
「ああ。今市で戦った連中への再戦の機会が与えられるかもしれないって訳だ」
それを聞いた七星の面々は、リベンジの機会を早く与えられたことに知ってテンションが最高潮に達した。
「ただし、敵施設への奇襲はない」
「じゃあ、どうするの?」
彼の言葉が特に気になった将也はそう尋ねた。
「奴らが国を盗るとすれば、以前俺達がやったことと同じことをするだろう。そして今の警察じゃあいつらを抑えきれないだろう」
「ということは……」
何かを悟った様子の瀬理名はそうつぶやいた。
「そう。奴らが東京へ侵攻してきた時に戦うってことだ」
「でもそれって、いつ来るか分かんないことだし、まして警察はともかく新選組モドキが黙ってねぇんじゃねぇか?」
そう疑問を投げかけたのは尊だった。
「幹部クラスの連中ならいざ知らず、支部の連中の強さはたかが知れている。連携もちゃちな策も、奴らの実力がお前らの言う通りなら、純粋な力技で叩き潰しちまうのが目に見えている。だがこの間戦ったことがあるお前らならその対策は取れやすい。となれば……」
「返り討ちに出来るかも知れない……」
それを聞いて武者震いの隠せない八坂はそうつぶやき、御影は静かに頷いた。
「奴らが栃木県にいる関係上、恐らく埼玉県を南下して最短距離で進行するだろう。埼玉の各支部と情報共有が出来るようにしておく」
「それって、太師様達には言わないの?」
将也は心配そうな表情でそう言った。
「……連中が進行してきた時の迎撃に関しては、既に翼から太師様に許可を取っているが、これに関しては内密にしてる。任務が下ってからでは遅い場合もあるからな。これもあいつの命令だ」
「でもそれじゃあ……」
「大丈夫だ将也。俺達赤狼がこの手の隠密行動は慣れているはよく分かってるだろ? その辺りはうまくやっておくさ」
「御影……」
それを聞いた慶介はどこか安堵した様子でそうつぶやいた。待命指示を受けて以降、同志達の仇討ちを兼ねた沖田総一へのリベンジの機会を伺っていたからだ。
「その件の手筈は俺と情報戦略分室が何とかする。幸い分室の存在は、まだ太師様達には気付かれていない。だから必要以上に心配せず、お前らは次の指示を受けるまで、引き続き訓練を続けろ」
「「「「「勿論だ‼」」」」」
御影の言葉を聞いた七星の面々は気合の入った声を上げて応えた。
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