第25話 白き鬼の脅威……‼

「はぁ~……」

「心配かい? 慶介」

「ああ。一応密偵は放ったが、出来れば奴から連絡が来てほしくないって言うのが本音だな。自分でやっといてあれだが……」


 時刻は午前零時四十五分。翼達が、それぞれ潜入した地下施設で銭湯に入ってからしばらくした頃。バスの中で待っていた慶介は先程放った密偵からの報告を待っていた。本人が言うように、出来ればその密偵から悪い報告を聞きたくないという気持ちがあった為に余り報告を期待してはいなかった。

 だが期待していない報告は突然入って来た。午前零時四十七分。慶介の無線に密偵としてはなった同市からの通信が入った。


「俺だ。何かあったのか?」

『そ、それが……司令官が……』

「翼がどうしたんだ?」

『敵に押されています。このままでは敗死する可能性も……‼』

「チッ……分かった。直ぐに向かう‼」


 そう言って慶介は無線を切って出撃準備を始めるように同志達に指示を出した。


「将也。お前も準備しろよ。やはり悪い予感が当たった。このままだと翼がヤバい‼」

「分かってるよ! 僕達も準備は出来てるよ!」

「「「「「我々は万端です!」」」」」


 将也の言葉に対し、彼が率いている隊の同志達はそう言って慶介を少しばかり安堵させた。だが事は一刻を争う状態となっている以上それに長々と浸る訳にはいかないと思い、準備を整えてバスを降りた。


「将也。お前は八坂達に無線を繋いでこのことを‼ 俺は瀬理名達に繋ぐ‼」

「分かった‼」


 そう言って二人はそれぞれ無線回線を開いて他の七星達を呼び出した。



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 吹きすさぶ爆風と立ち込める土煙が、第二訓練場全体を包み込んでいる。その中で一人、沖田総一はまだ戦い足りないという表情で立っていた。


「終わったか……ん?」


 その瞬間、総一は自分の右頬から血が流れ出ていることを知った。


「こいつは……まさか……」


 立ち込める土煙が徐々に晴れていく中で、人影が見えてきた。その人影は膝まづきながら肩で呼吸していた。赤狼司令官・幸村翼だった。彼は右胸から左脇腹に掛けて大きな傷を負って出血してはいるものの、辛うじて生きていた。


「はぁ……はぁ……」

「あれを受けてもなお命を手放さなず、その上俺に傷を負わせるとはな」

「言っただろ? 俺は簡単には死なないと。俺の闘気はまだまだ残ってる。この程度でやられる訳がない……‼」

「……どうやら俺はお前の信念の強さを見誤っていたようだな。見直した、と言っても喜ぶお前じゃないだろうな……」


 そう言いながら総一はカツカツと靴音を鳴らして、翼の息の根を止めんと近づいてきた。身体の周囲を、鬼の姿を模した純白と漆黒の闘気を纏わせて。


「言わずともわかるなら口にしないで欲しかったな……」

「どこまでも減らず口を叩くな。じゃあお前のその信念に敬意を表して、ここで華々しく散らしてやろう……‼」


 そう言って総一は純白の闘気を纏わせて振り上げた刀を振り下ろそうとした。その瞬間だった。


「やらせるかよぉ‼」


 突如として訓練場全体に雷鳴の如く轟くマシンガンの銃声と共に放たれた光の弾丸が総一に襲い掛かった。


「ふんっ‼」


 当たるか否かのタイミングでそれを見切った総一は即座に横にかわして事なきを得たが、無数の光の弾丸は訓練場の壁に直撃して爆散した。


「慶介……お前……」


 突如現れた慶介の姿に唖然とする翼だが、同時に安心感に包まれていた。


「お前にはまだ死んでもらう訳にいかねぇんだよ‼」

「一体どうやって……」


 翼がそう言いかけた瞬間、もう一つの聞きなれた声が彼の耳に入って来た。


「話は後で!」

「将也……」


 慶介と共に部隊を引き連れて駆けつけた将也が、翼の前に立ちはだかって彼を守護する盾になっていた。そしてそれから一分も経たない間に他の施設の奇襲に当たっていた尊達も、生き残った部下達を率いて雪崩れ込んできた。


「翼‼ 大丈夫⁉」


 その中で真っ先に彼に駆けつけたのはアザミだった。彼女は翼が負傷したのを確認して目に涙を浮かべながら無事を確認した。


「あいつって……」


 すると八坂が翼と相対していた人物・沖田総一の姿を確認して驚愕の声を上げた。そしてそれを聞いた他の面々も彼の顔を見た。


「なんで、なんで沖田総次がここに……?」


 そう言ったのはアザミだった。


「ほぉ~。まさかあいつの知り合いだったとは、あいつは有名人なんだなぁ」


 総一はどこか呆れ返った様子でつぶやいた。


「おい翼。これは一体どういうことなんだ?」

「……奴は、総次の双子の兄、だ……」


 尊に尋ねられた翼は傷の痛みを堪えながらそう言った。


「双子の兄、だって?」

「そんな奴がいるなんて……」


 八坂と瀬理名は驚きながらそう言った。一面識ある八坂はいざ知らず、かつて近畿本部で任務に当たっていた瀬理名にとっても、その近畿地方で無数の支部を壊滅させた沖田総次の存在を脅威と捉えていたからだ。


「そいつは俺をかつてないほどに追い詰めた。礼として名乗ってやるか。俺は沖田総一」

「沖田……」

「総一……」


 総一の言葉に、唖然としながら復唱するようにつぶやいたのは八坂と尊だった。


「しかしまあ、その様子だと、お前らは総次一人に随分とやられたようだな」

「貴様には関係ねぇことだ」


 尊は総一の物言いに微かに感情的になりながら吐き捨てた。


「だがお前らの大将は随分とやるな。ここまで昂ぶったのは初めてだぜ」


 上から目線の言い様の総一に、赤狼七星の面々は不機嫌な表情になって彼を睨んだ。


「……お前に一つ……聞きたいことが、ある」


 そんな彼らの空気に割って入ったのは翼だった。胸の傷の激痛に苦しみ吐血しながらも、総一に尋ねたいことが出来たのだ。


「何だ?」

「何の為に、お前は、日本を奪う気だ? 力を手にした者のみが、何を為すのだ?」

「「「「「「⁉」」」」」」


 翼のこの質問に、赤狼七星の面々は再び驚愕の表情になった。そんな彼らのリアクションに興味を一切示さなかった総一はそれを聞いて話し出した。


「……今、この日本に必要なのは、圧倒的な力だ」

「それで、どうしたいんだ?」

「俺がこの国を強大な力で手に入れ、俺色に染め上げてやる。力や才能を持った人間は役に立つ。それに気付いていない奴がいれば、俺達がその力を自覚させてやる」

「で、気付いているにもかかわらず伸ばそうとしない奴はどうする?」

「簡単な話だ。そんな堕落した奴は俺が彩る国にはいらねぇよ。この手で直接始末する」

「まるで自分がこの国の神様みたいな言い方だな。生殺与奪を思うままにしたいとは……」


 一通り聞いた翼は嫌味を込めてそう言ったが、総一は一切気分を損ねること無くこう言い返した。


「神?……悪くねぇな。じゃあ言い換えよう。俺がこの国の神になってやるよ」

「貴様ぁ‼」

「待て、慶介……」


 総一の挑発に堪忍袋の緒が切れた慶介は銃口を総一に向けたが、翼に制止されてしまった。


「どうしてだよ⁉」

「こいつはお前では、いやお前だろうと俺であろうと、簡単に始末することは出来ない……悔しいが、一旦引くしかない」

「くそ……」


 翼の言葉に、慶介は従わざるを得なかった。戦いたい気持ちはあったが、司令官たる翼が深手を負った為に、彼の治療を兼ねて引かなければならないということを分かっていたからだ。


「お前らも、今日は一旦引くぞ。これ以上ここにいても、意味がない」

「翼……」


 将也に抱きかかえられて少々弱気になっている翼の姿勢に、八坂は悲しげな表情でそうつぶやいた。他の赤狼七星の面々も言葉にこそ出さなかったが、ここまで弱った翼の姿を見たことがないからだ。だが上官の命令とあっては無下にすることも出来ない為に、悔しさを滲ませながら同志達を率いてその場を後にした。


「やれやれ、総次の奴も随分とファンが増えたもんだ……」


 赤狼の面々が立ち去った訓練場で、総一はそうつぶやいた。



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「どうなんだ? 翼の具合は?」

「応急処置は済ませた。幸い傷が浅かったから致命傷は免れているが、こりゃ本部に戻って正式に手術しないと安全とは言い切れないな……」

「そうか……だがこれからどうする?」


 バスに乗り込んで本部への帰路へ着いていた赤狼は、八坂によって翼の応急処置しながら今後の方針について話し合っていた。


「御影には無線で報告したが、これからについては本部に戻ってからになるだろうな……」

「だが、ウチの司令官をこんなにしやがって、俺はこのままあいつを野放しにしたくはねぇよ‼」

「慶介……」


 悔しさと後悔を滲ませながらそう言った慶介を、将也は宥めようとした。


「将也。こんなことになるくらいなら、俺が強引にでも一緒について行くって言うべきだった‼ こんなことになるくらいなら……」

「それ以上は……口にしなくていい……」


 傷の痛みの言えない状態の翼は、最後尾の席で八坂の応急処置を受けながら慶介にこう語りかけた。


「それに、お前には感謝しなければならない……俺の身を案じてB拠点に密偵を送り、結果的に……俺の救援をスムーズに展開した手腕にな」

「翼……」

「それに、俺はまだ死んだ訳ではない。闘気の源たる心臓が害されたわけでもない。帰還してから再起を図ることは何度でも出来ることだ。だからお前らも……今日のところはその感情を収めろ……」

「つばさ~……」


 八坂の隣で応急処置の手伝いをしていたアザミは泣きじゃくりながらそうつぶやいた。

 結果的に赤狼による賊討伐任務は失敗に終わり、幸村翼も負傷した為に、彼らにとっては苦い経験となった。

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