第22話 それぞれの戦い

「アザミ、瀬理名。A拠点に到着したな?」

『ええ』

『勿論よ!』


 バスを出発してから二分後、翼の無線越しに小声で応えた瀬理名とアザミだった。


「八坂と尊も、持場に到着したな?」

『ああ』

『到着したわ』

「では、内部へ侵攻するぞ」


 そう言って翼は目の前にある無人の建物の内部に入っていった。ドアの上に掛かっている看板には「今市クリーニング第二支店」と記載されているが、それが実体のない会社であることは赤狼の事前調査済みだった。実際内部に入ると、その類の設備やデスクは一つもなく、あるのは地下へと続く階段だけだった。


「無防備すぎるな……それともこの程度の無防備さをチャラに出来るだけの力を持っていると考えるのが賢明かな……」


 微かにそうつぶやきながら地下へ続く階段を下っていた。

 下りきったところには薄暗く広大かつ長い廊下があり、その奥には空間が広がっていた。


(さて、敵はどう言う奴なのか……警視庁を単独かつ短時間で襲撃して鮮やかに去っていった手際からも、油断はならないが……)


 翼はそう思いながら警戒心を強めつつ、奥の空間に何があるのかを考えていた。果たして何があるのか、どんな奴が待っているのか、戦士としての好奇心と隊を束ねる司令官としての責任感が、彼の心の中でせめぎ合い始めていた。

 そんな翼の感情は歩みにも出ており、廊下を歩くスピードが徐々に速くなっていき、結果的に翼の薄暗い空間への到着を速めた。


(ここか……俺にもう少し広い範囲での闘気感知が出来れば、奴の闘気の質ぐらいは分かった筈なんだが……)


 自分の能力の限界を心中で嘆きながら空間に入っていた。するとその薄暗い空間の奥からぼんやりと見える人影が動いた。


「なるほど、俺の相手は仮面の戦士か……」

「誰だ。出て来い」

「そうだな。ここだけは電灯が手動なのが不便だが、そうだな。暗闇の中で戦うよりも、見渡しのいい空間でお前の姿を拝んでやりたいから……」


 そう言いながら動いた影が壁際に到着した瞬間、ぱっと灯りがついた。その瞬間、翼は絶句せざるを得ない光景を拝むことになった。


「お、お前は……」

 


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「めっちゃ暗いね。ここ」

「廊下も長いわね。私達の支部に似ているが、果たしてどんな奴が待っているのやら……」


 瀬理名・アザミの両隊が侵入した今市クリーニング第一支店内部も、第二支店と同様に内部には地下へ続く廊下があり、その薄暗さにアザミも瀬理名も少々薄気味悪さを感じ始めていた。


「八坂達は大丈夫かしら……?」

「大丈夫だって瀬理名。あたし達は強いんだから」

「……そうね。でも油断は禁物よ。何しろ敵の戦力に関しては警視庁を叩いた奴以外、ベールに包まれた状態なんだから」

「じゃああたし達がそのベールを取るんだね?」

「その通りよ。それより、そろそろ準備をした方が良いわよ」


 そう言いながら瀬理名は腰に佩いているサーベルに手をかけ、指示されたアザミも腰に下げていた鞭を手に取った。



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「やれやれ、入ったはいいものの、こっから先どうするかだな……出来れば警視庁を襲った奴じゃないのを望みたいものだ」


 潜入した施設の地下の廊下を、部隊を率いている尊は八坂に愚痴りながら歩いていた。


「そうは思っても、現実そんなに思い通りにいかないものよ」

「そうだろうけどな、実際お前は奴に勝てる自信はあるのか?」

「だとしても、それは警視庁の奴らが闘気を持っている連中じゃないのが大半だったからじゃないのかい?」

「その時は本気じゃなかったって可能性もあるだろ?」

「ネガティブだな、尊は。どっちにしても、数の上ではあたし達の方が有利なんだから、一対一で挑むよりリスクは少ないと思わない?」

「……そうだな、ありがとう八坂。少しは前向きになれそうだ」


 八坂の意見を聞いて少々安堵した表情をした尊は、手にした偃月刀を構え直す。

そうこうしている内に、廊下の奥に広がる空間に入った。八坂も腰に下げていたホルスターから鉤爪を取り出して臨戦態勢に入る。


「どうやら、俺達のスパイの存在は完全にばれちまってたようだな……」


 すると灯りのない漆黒の空間にぱっと灯りがつき、それによって筋骨隆々の男の姿が彼らの視界にはっきりと映る。


「しかしまあ、声からして二人もいるのか……」


 そう言いながら筋骨隆々の男こと棚橋祐は得物の肉厚の柳葉刀を振るいながら襲い掛かる。即座に反応した尊は偃月刀の柄でそれを防ぎ、鍔迫り合いになる。


「このスピードについてこれるとはな。どうやら結構やるようだな」


 祐は尊の反応速度を称賛する言葉を送った、その瞬間――。


「後ろががら空きだよ‼」


 祐の背後を取った八坂が両手の鉤爪に風の闘気を纏わせて斬りかかった。そのお気配を感じた祐は、寸前に尊との鍔迫り合いを止めて二人から距離を取った。


「一対二……戦いは数が最も重要って、道真も言ってたな……」

「数が戦いを決めるって言うのが分かってんなら、逃げるって選択肢もあるんじゃないのか?」


 尊は面倒くさそうな態度で祐を挑発した。


「……お前らなら、大将の為に多くの敵を前にしても、尻尾を巻いて逃げるのか?」

「……そうね。あたし達もそんなことするような臆病者ではないわね……‼」


 八坂は尊の挑発への返礼と言う形で放たれた祐の問答に自信をもって応えた。


「尊、ここは連携していくわよ」

「分かってるよ!」


 そう言い合いながら尊と八坂は得物を振るって祐に襲い掛かった。


「お前らの大将がどんな奴から知らねぇが、随分と幸せ者だろうな‼」


 祐も二人の強襲に呼応して手にしていた柳葉刀に鋼の闘気を流し込んで迎撃態勢に入った。一斉に振り下ろされた二人の得物を、祐は鋼の柳葉刀の刃で防ぎつつ「はぁ‼」と一声叫んで尊と八坂を大きく吹き飛ばした。


「ちぃ‼」

「ヤロー……」


 吹き飛ばされながらも体勢を整えて危なげなく着地した八坂と尊は、祐の怪力にやや驚いた様子だった。二人の渾身の一撃をたったの一振りで吹き飛ばしたその力は、二人の警戒心を強めるのに十分だった。


「不知火隊長‼ 我々も行きます‼」

「行ってこい‼」


 そう言いながら尊が率いてきた部隊の同志達は一斉に祐目掛けて各々の闘気を纏わせた刀を振るいながら襲い掛かった。


「お前達も行けぇ‼」


 八坂も尊達の隊員達の気迫に触発され、同志達に強襲指示を出した。


「数はざっと二十ってとこか……その程度じゃなあぁ‼」


 祐は物足りなさそうにそう叫びながら鋼の柳葉刀を振るって襲い掛かってくる尊と八坂が率いてきた同志達を迎え撃った。


 祐の戦闘能力は凄まじく、襲い掛かってくる同志達を、その剛腕と重量感溢れる巨大な柳葉刀から繰り出される斬撃でことごとく葬っていった。一人は脳天から叩き斬られ、一人は胴体を横薙ぎの一太刀で両断され、また一人は首を斬り飛ばされてしまった。二十人いた同志達の数は、僅か二十秒足らずで六人にまで減らされてしまった。


「短時間でこんなことに……」

「こんのぉ……タダで済むと思うんじゃないわよ……」


 無惨に斬り殺された同志達の哀れな亡骸を眺めながら、八坂も尊も祐に向かって憎しみを込めた言葉を叩きつけた。


「落ち着け八坂。まずはあいつの力を分析してからだ」

「そうだな……」


 尊に宥められた八坂はある程度落ち着きを取り戻して戦術を練った。もっとも彼もレも激高したかったが、八坂が先に激高した為に自らが冷静な役回りを引き受けざるを得なくなった。

 内心は彼女同様、怒りに任せて攻撃をしたかったが、それでは敵の術中に嵌ってしまうと踏んだのだ。


「鋼の闘気で武器が堅くなった上に、あの筋肉からしてその重量もさしたる問題でもないのでしょうね……」

「ああ。あの大きな剣だけでも随分重そうなのに、あんなに軽々と振るえるなんて……」

「あれじゃあ、重量級の奴特有の弱点の第一候補に挙がる『パワーはあるが鈍足』っていう理屈は通ら無さそうね。そうなると……」

「手数で攻める。そうだな?」

「ええ……行くわよ!」


 アイコンタクトを取った尊と八坂は、得物に闘気を纏わせながら再び祐に襲い掛かった。



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 八坂達が祐と戦闘に入ったのと同時刻、アザミ・瀬理名の両名率いる部隊も敵と遭遇していた。


「チッ、まさか女二人とはな……」


 薄暗い空間の中でぼんやりとアザミ達の姿を確認してそう言った幹敏は、両手に持った斧に風の闘気を纏わせ始めた。


「むぅ‼ 女の力を甘く見ないでよっ‼」


 そう言いながらアザミはバトンに風の闘気を纏わせながらそれを振るって薄暗い空間の中に見出した幹敏の影を頼りに、部隊を率いて襲い掛かった。


「皆‼ まずはあいつを囲って身動きを取れなくして瀬理名に繋げるよ‼

いいわね‼」

「「「「「了解‼」」」」」


 同志達の了解を得たアザミは、彼らと連携して幹敏の周囲に部隊を展開して彼を翻弄せんとした。


「こうやって周りを囲っちゃえば簡単に動けないで――」

「動けるんだよなぁ‼」


 だが幹敏はアザミの部隊展開を物ともせずに、身体を軸にして回転し、その遠心力を活かして風の斧による斬撃を強化して一斉に斬り殺されてしまった。 

 辛うじて幹敏の斬撃をかわしたアザミは彼が攻撃の余波で巻き起こした突風で空間の壁に叩き付けられてしまった。


「きゃあ‼」

「アザミ‼」


 アザミの下へ駆けつけた瀬理名は彼女に無事を確認した。


「アタシは大丈夫だけど……」


 そう言いながらアザミは目の前であっけなく斬り殺された同志達の死体を茫然と眺めた。


「力もあるし身のこなしもある。加えて両手に武器を持ってるとなると、攻守どちらにも対応できる。ここは連携が必要ね」

「……分かった。やってみる‼」


 アザミは同志達の仇を討たんと自らを鼓舞し、今度は幹敏と距離を取りながら彼の動きを牽制した。


「そんなんで俺をどうこう出来るのか?」


 幹敏はそう言いながらアザミの牽制運動に警戒しつつ、一方で奇襲のタイミングを見計らいながらサーベルを構えている瀬理名の動きにも注意を払っていた。


(あいつ、私の動きにも注視してるな。こうなるとアザミの動きが重要になってくる)


 瀬理名のその思いが届いたからなのかどうかは別として、アザミが攪乱行動に入ってから二分が経過した時、遂にアザミは幹敏の動きの一瞬の隙を突いて彼の足元に鞭を絡めつかせて体勢を崩すことに成功した。


「よくやったわアザミ‼」(嵐撃一閃‼)


 アザミが作った一瞬の隙を見逃さなかった瀬理名は、サーベルを軸に竜巻状に多量の風の闘気を纏わせ、急速に幹敏との距離を積めて強烈な突きをお見舞いした、はずだった。


「やるじゃねぇかよ、だがこの程度じゃ俺はやれないぜ‼」


 なんと幹敏は、よろめいた状態で地面に向かって鋼の闘気を流し込んだ斧を叩きつけ、それによって発生した土煙と礫で瀬理名とアザミの視界と動きを封じ、それによって生じた隙を突いてその場から離脱して距離を取った。


(ただ力に任せた戦いをすると思いきや、離脱の為に地形を利用するなんて……)


 瀬理名は心中で彼の戦術に舌を巻いた。この相手は一筋縄ではいかない。純粋な力だけでなく状況を利用する柔軟性も兼ねていると、より警戒心を強めたのだ。


「アザミ……」

「大丈夫よ、瀬理名。例え相手がどんな強敵であっても、絶対に負けないわ‼」

「ふっ……どんな時でも勝利を信じる……そうね。そうすべきよね」

「そうよっ‼ 絶対に負けないんだから‼」


 弱気になりかけた心に活を入れてくれたアザミに感謝の意を述べながら、瀬理名は再び幹敏と相対した。

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