第21話 赤狼の牙、白き鬼の刃

 午後八時四十五分。MASTER本部・地下駐車場より更に地下にある大型ワゴン専用駐車場に集合していた赤狼の同志達が、司令官・幸村翼の到着を今か今かと待ち望んでいた。

 既に前線任務の経験がある赤狼七星と違い、これまで暗殺やスパイ任務に従事していた同志達にとっては、今回の任務は初めての実戦任務になっていた。

最も、奇襲と言う任務形式自体は、これまでの赤狼の任務と毛色が似た部分もあった為に、全体的な緊張はそこまで大きくなく、むしろ戦いの前の高揚感の方が強かった。


「さてさて、同志達の士気が高かったのが少し安心したな。緊張で委縮する奴がいると思ったが」

「むしろ本格的な実戦を楽しみにしてるんだろうな。自分達の力が連中にどこまで通用するのかって言うところに関心を抱いてるみたいだ。これから戦う奴が警視庁を一人でぶっ潰した奴と戦う為の任務なのに、呑気なもんだ」


 慶介と尊は自身が率いる同志達の意気揚々とした姿を見ながらそう話し合っていた。

無論彼らも戦いの前の高揚感に心が満たされていたが、同時に警視庁を単独で奇襲した人物の未知数な力への恐怖心もない訳では無かった為、同志達ほど素直に戦いに楽しみを覚えられなかった。

それは二人だけでなく八坂達他の四人にも共通した認識である。

 翼が彼らの前に姿を現したのは、それから五分後の午後八時五十分。情報戦略室待機を命じられ、見送りに来た御影を伴ってだった。


「聞け‼ これからの戦いは赤狼として初の公式任務となる。この日の為に本隊との合同訓練を積み続けたお前達の力を、賊に対して思う存分見せびらかすんだ‼」

「「「「「オオォォォオ‼」」」」」


 翼の激励に七星以外の同志達は熱狂した。その光景は彼に対する忠誠心の高さを言葉以上に雄弁に語っていると言っていいだろう。その熱狂を遮りながら発言したのは御影だった。


「回は現場での判断が特に重要になる。その点を留意していてほしい」

「「「「「りょ、了解‼」」」」」


 先程までの熱狂的な態度とは正反対に、同志達は御影に対して極めて礼儀正しく敬礼した。翼とのやり取りの時と違い、任務に際しての彼の態度は時として非常に厳格なものがあったからだ。


「さっすが御影。燃える同志達の騒がしさを一瞬で黙らせちゃった」

「こういう時の御影は怖いからね。まあ本人は本部待機だけど、今日までの補給やその他物資の確保といった後方支援でずっと頑張ってくれたからね」


 そんな御影の性格を熟知していたアザミと八坂はそう話し合った。


「今回の任務は、今市市で発見された三つの拠点と思われる施設への奇襲が目的だ。場所は今市市の中でも人通りの少ない場所とは言え、そこに到達する為には出来る限りの隠密行動が要求される」

「「「「「はい‼」」」」」

「事前に伝えた通り、瀬理名とアザミの率いる隊が拠点Aを、尊と八坂が率いる隊が拠点Cへ奇襲をかける。拠点Bへの攻撃は、まず俺が単独で行う。将也と慶介の隊は予備戦力としてバスで待機。状況に応じて指示を出す。何か質問は?」


 そう言われた同志達は無言だった。聞くべき質問はないということである。


「ではこれよりバスに乗り、今市市近郊へ急行する‼」

「「「「「了解‼」」」」」


 翼の命令に従って、七星以下の同志達は大型バスに乗り込んで運転手に合図を送って現場へ急行した。



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「道真。活動資金とその他物資の確認、ご苦労だった」

「お疲れさまです。ボス」


 時刻は零時を回り、日付も三十日に変わった頃、沖田総一一派で財務と作戦責任者を任されている道真は、前日の正午に拝命した組織財務の再確認報告書を総一に提出していた。


「お前がいてくれて助かるよ。この組織の発展に何度も貢献してくれてな、今後も宜しく頼むぞ」

「はっ」


 道真は総一の激励に対して短くそう答えた。その直後、二人がいる総一の部屋に配下の一人が慌てて駆け付けてこんな報告をした。


「報告‼ たった今、今市市外縁に放っていた一部の監視係と闘気感知係から、闘気を持った一団が我々の施設に押し寄せています‼」

「何ですって? 数は」

「六十人は下らないかと……」

「まさか、例の連中か……」

「だろうな」


 その報告に多少驚きを隠せなかった道真だったが、一方で総一は全く動じていなかった。


「そいつらが向かったのは?」

「方角を割り出したところ、三つの拠点に近づいていますが……」

「そうなると、更にその地下にある本部に繋がる長距離移動通路を発見されかねませんね。本部では立地上の関係で作れなかった為に離れた場所に設立せざるを得なかったとは言え、それが仇になりましたな……」

「たかだか設立三年の、地域密着型の会社と事業所という名目で建てさせた施設だ。国や大企業でもない限り、山なり丘なりを大規模に掘削するわけにもいかねぇからな。仇と言えば否定はしねぇが、むしろこれは返り討ちのチャンスにもなるかもしれねぇな」


 このような危機的状況を目の前にしながらも、総一の覇気に陰りは見えず、寧ろ敵の襲来に歓喜しているようにすら感じさせるものがあった。


「行くのですね?」

「幹敏と祐に連絡しろ、狩猟だ」

「配置はどうなさいますか?」

「幹敏は第一訓練場に、祐は第三訓練場に向かって迎撃。第二訓練場は、俺が単独で行く。御三家と俺なら、どんな敵でも一人で仕留められる」

「了解しました!」

「頼んだぞ」


 道真にそう頼みながら、総一は壁に掛けていた刀を手にして部屋を飛び出した。



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「いよいよ初の出撃か……」

「楽しみだな……」


 幹敏と祐は自室を出て長距離移動通路に繋がる廊下を歩きながら、来る戦いへの高揚感を実感していた。


「実戦とは言え、俺達は総一との実戦訓練を数多く積み重ねてきた。そんじょそこらの連中に負けはしねぇよ」


 彼らが初の実戦であるのにここまで自身に満ち溢れているのは、彼らの言うように総一との実戦訓練を積み重ねてきたからである。

幹敏、祐、そして現在この場にいない桐弥の三名が集まった時の力は、沖田総一に匹敵すると和馬や道真からも評されている。その自負がある為に、初戦で負けるわけがないという自信にもつながっていると言える。


「やる気十分のようだな、お前ら」

「「総一‼」」


 そんな二人の下へ、同じように訓練場防衛に当たるボス、沖田総一が合流した。すると早速と言わんばかりに彼に尋ねたのは幹敏だった。


「敵の数は六十ぐらいってなると、一拠点に二十人ずつ雪崩れ込むと考えた方が良いのか?」

「そいつがベターだろうが、敵が必ずそれで来るとは限らねぇ。取り敢えずは誰がどんな数で来ようと、叩きのめすことだけ考えろ」

「そうだな。それが俺ららしいな。だが油断は足元を掬われるから気は抜かないようにしろ。そうだろ?」


 幹敏は総一に確認するかのようにそう言い、総一も無言で頷いた。


「にしても、やっぱり今回の連中って、最近ここら辺をうろちょろしてた連中の一味なのか?」


 続いて尋ねたのは祐だった。彼も道真と同様、今回の襲撃の前兆と思われる情報を知っていたからだ。


「可能性はある。だが進行状況からしてアジト本部の場所までは分かっていねぇらしい。訓練場を支部だと思い込んでいるかもしれねぇぞ」

「まあ、無理もねぇか」

「それだけ俺達のアジトの場所が特定しづらい所にあるって言う証なんだろうが」

「本部には、海外から輸入した八つの闘気ジャミング機器を取り入れて、闘気感知は意味をなさない。闘気の存在は何も日本だけでしか確認できていない訳ではないからな。だが、今まで誰にも悟られなかった訓練場の場所を特定できたのを考えて見れば、情報面に関してやるみたいだな。今後は和馬達情報課の重労働が増えるのが気の毒だがな……」

「確かに」


 総一の和馬に対する同情の言葉を聞いた祐も同様の感情を抱いた。常に神経をすり減らしながら情報と向き合っている情報課の苦労は、彼らも承知していたからだ。



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「全く、だからこうなる前に手を打っておけって言ったのによ……」


 情報課から総一に対して具申しに来た和馬は、既に総一がいない彼の自室で道真相手に愚痴を零していた。


「そう怒らなくても大丈夫ですよ。ボスに加えて幹敏君や祐君もいるのです。ボスは言うまでもないですが、あの二人だってよほどの敵が相手にいない限りは追い返すことぐらいは容易いですよ。あなただってそう言ってたじゃないですか?」

「俺が言いたいのは、こんな事態になるなら事前策を取っておくべきだったってことだよ。こうなるとこれからの俺達情報課の仕事が増えて大変なんだよ……」

「そういうことですか」

「もしあいつの日本征服が成功したら一発ぶん殴ってやる」

「はははっ。なんとも君らしいですね。では万一ボスが何か私にとっても不都合なことをしたら、そこに私も加えていただければと思いますが?」

「勿論だ。って、お前はあいつに対して不満なんてねぇだろ?」

「ないですよ。デイトレーダーとしての私の才に着目してくれて、その力を最大限活かしてくれる環境を提供してくれたので不満はありません」

「お前らしいな……」

「それよりも、今は彼らを信じましょう。今回は闘気を扱える人間が最低でも六十人以上で押し寄せてきているのです。一人残さず平らげてくれるのを待ちましょう」

「だな……」


 道真のその言葉を聞いた和馬は、一応の納得をして感情を抑えた。

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