第19話 迫る戦いの時……‼

赤狼司令官の幸村翼は、司令室でサイバー戦略室長である財部からの報告を受けた。


「そうですか。では今日の九時までに、収集できた足利市に関する情報をまとめて司令室に持ってきて下さい」

『了解』


 翼はそう言って電話を切った。


「情報量自体はこの二日間の各地の情報支部の行動で必要な量は揃ったし、出撃時期も決まったが……」


 翼は背後の窓から見える夕焼け空を眺めながらそうつぶやいた。すると司令室のドアが開いて御影が入って来た。


「翼。今日の赤狼の訓練は全て終了した。それと、お前が作成した部隊表に基づいた部隊編成も完了した」

「継戦用の食料や医療具の準備も整ったか?」

「お前が望んだ量は確保できた。明日の幹部会議であいつらに伝える資料も作成済みだ」

「そうか。報告、確かに承った。それと、俺からの報告だ」

「何だ?」


 事務的な態度で説明を続ける翼に、御影は尋ねた。


「今市市への奇襲任務の日時は、大師様や加山様との談義の結果、正式に八月三十日に決まった。出発は二十九日の午後九時だ。明日は部隊と物資の最終確認を行うことになる。場所も今市市の中でも人通りの少ない辺鄙(へんぴ)な場所だから、アジトを設けるにはもってこいってことだろうな」

「そっか……」

「事前にその前後になるだろうとあいつらには伝えてあるから滞りなく準備は整うと思うが、正式な日時をあいつらにその旨を伝えに行ってもらえないか?」

「分かった。伝えとくぜ」

「負担をかけて済まないな」

「気にするなって、ところで翼」

「何だ?」

「何か心配事があるんじゃないのか?」

「は?」


 翼は突然ニヤニヤしながらそう尋ねた御影に戸惑った。他に自分が隠し事をしているという記憶が無く、このように迫られる思い当りもないからだ。しかし御影の次の言葉は、彼の予想していないものだった。


「明日の任務が赤狼として、初めて公式記録に残る任務になるから、緊張してるかと思ったんだが?」

「……っはははは!」


 それを聞いた翼は司令室中に響き渡る声で笑い始めた。


「ど、どうしたんだ?」


 突然爆笑し始めた翼に戸惑いながらも、御影は平静を保って尋ねた。


「いやいや。だが安心しろ。俺は別に緊張はしていない」

「お前や六人はそうでも、同志達は違うかもしれないだろ?」

「その辺りは、出撃前に俺の方から言っておく。必要以上に緊張することは無い。平常心を持って戦えば、結果は必ず付いてくるってな」

「なるほど、実にお前らしい言葉だ」

「だが、お前の方はどうなんだ?」

「俺も慣れてるよ。だが大舞台に一斉に指示を出さなけりゃならないってのは初めてだし、その辺りの不安は小さくないかな」

「だが、決して表には出さない……それこそ実にお前らしいと思うが、もう少し俺の前では本音を吐いてもいいんだぞ」

「翼……」


 翼の予想外の心遣いに、御影は少々申し訳なさそうな表情になりながらも否定しなかった。そして司令室のソファに腰を掛けて表情を曇らせて話し始めた。


「……正直な所、不安はデカいな。今まで以上に大きな任務を背負うとなるとこうも責任が大きいとは予想してなかった」

「そうか……」


 そう答えた翼の方を振り向き、御影はこう続けた。


「お前がいなかったら、裸足になって逃げだしていたかもな」

「俺がいなかったら?」

「俺達はお前に賭けたんだ。これからの日本の在り方をな。お前が大師様に組織の後継者に選ばれた日から、それは更に大きくなった」

「俺に賭けてくれた……か。随分と有り難い言葉だな。だが今回は敵戦力があまりにも不透明だから、何処までやれるか自信はない。敵が敵だからな……」

「だがお前は死なない。いや死なせない。俺達の悲願を達成するその日まではな……」

「御影……」


 自信たっぷりにそう宣言した御影の姿に、翼は微笑みながら彼の名をつぶやいた。


「それと、今回は相手が相手だから、あれを使う可能性も出てるんじゃないか?」

「大いにあり得る」

「どこまでやれるかわかるか? 前の時は短時間なら大丈夫って言ってたが」

「ある程度その時間を延ばすことは出来たが、できればまだあの力を使いたくないものだ。まだ完全に会得できたわけじゃない」

「俺も願わくばそうしてもらいたいとこだ。だが敵の力を考えれば、使わざるを得ない状況だってあり得る。精々気を付けろよ」

「分かってる。必ず生きて帰ってくるさ」



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 この話題はすぐに赤狼七星の耳に入った。


「……ということは、二十九日の午後にはここを出発してないといけないってことになるね……」


 仏頂面でそうつぶやいたのは瀬理名だった。

 翼からの報告を受けた御影は、早速幹部達を赤狼エリアの休憩室に集めて出撃日程を伝えた。


「まあ、お前達には出撃時期がその前後になるとは伝えたから、ある程度は準備が出来ていると思うが……」

「その辺りは問題ないぜ。俺が受け持つ部隊の連中も、しっかりと連携を維持してくれてる」


 御影の確認に対押、自信満々に答えたのは慶介だった。


「流石慶介だ。お前のことだからその辺りは問題ないと思ってたが、期待に応えてくれて有り難い」

「へっ! 褒めても何も出ねぇぜ?」


 称えられたのをこそばゆく思いながらも、慶介は誇らしげにそう言った。


「僕の所も、問題ないよ」

「アタシのところもねっ!」

「私も問題ないわ」


 慶介に続いて将也、アザミ、瀬理名も自信を込めてそう言った。


「尊と八坂も、問題ないか?」

「ああ、俺のところもバッチリだ」

「あたしも、特に遅れはないわ」


 尊達も静かにそう答えた。態度からは慶介達ほど自信気というものでもないが、聞き取った御影に不安を抱かせる隙を与えない逞しさを感じ取れた。


「じゃあ、部隊編成に関しては、この三日間の訓練で選抜した十名を付けるということで良いな?」

「それなんだけど、御影に確認しておきたいことがあるんだけど」


 先程自動販売機で勝ったアイスバーをかじりながら、将也はゆったりとした口調で尋ねた。


「どうしたんだ?」

「翼は部隊を率いないの?」

「あいつは単独で部隊間の連携の維持や強襲とかを行う遊撃手を引き受ける」

「大丈夫なのか? あいつ一人で……」

「翼が負けるって思ってるの⁉」


 慶介が不安を抱くような言葉を吐いたのを聞き逃さずに、長椅子から急に立ち上がって食って掛かったのはアザミだった。


「あいつは絶対に負けないし、アタシ達を置いて一人で死ぬようなことをしないわ‼」

「そ、そりゃ分かるけどよ……」

「アザミ、その辺にしておけ。誰かが不安に思うことはあいつも予想済みだ」

「だったら……」


 御影の説明に対してもやや納得しかねる様子の慶介を見兼ねた八坂は静かにこう説得した。


「あいつはいつもあたし達を守ってくれる。赤狼が設立したばかりの時、暗殺任務や地方拠点襲撃任務の時にいつもしんがりを務めてくれてただろ?」


 八坂にそう言われたアザミはそれを聞いて、ある程度納得した様子で再び長椅子に腰を下ろす。


「八坂の言う通りだが、あいつは時として危ない橋を渡る。それは場合によっては人としての道を踏み外しかねない道すら選ぶかもしれない。そうなりそうになった時、あいつを正しい道に戻せるのは俺達だけだ。そのことを改めて忘れるなよ」


 御影にそう言われて六人は神妙な面持ちになる。彼らにも御影の語る翼の危うさを知っていたからだ。その雰囲気を感じ取った御影はそれまでの険しい表情を崩し、微笑みながら話を続けた。


「あいつを信じ、支えるんだ。とにかく、明日は説明した通り最終準備に徹することになる。曲がりなりにもテロ組織とみなされている以上、行動は慎重にしてくれ。午後九時には地下にある大型ワゴンに乗り込んで今市に急行する。詳細はその中で詳しく説明する。久しぶりの幹部全員が集合した任務だ。確実に成功させるぞ!」

「「「「「「勿論だ!」」」」」」


 御影の声掛けに、六人は大きな声で応えた。



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「それにしても、俺達は随分と多くの連中を敵に回したな」

「どうしたんですか和真君。いつもの君らしくない」


 赤狼が決起せんとしていたのと時を同じくして、沖田総一の一派の幹部であり、作戦課執務室で暇を持て余していた和真は、道真にふとこんな言葉を漏らして彼の感心を誘った。


「警察連中はこの間の警視庁襲撃で迂闊に俺達を襲ってくるようなまねはしないと思うからこの際計算に入れないとして、あの新撰組モドキとMASTERと、俺達は実質的に二つの勢力を同時に相手取ったことになる。それがちょいと気になってな」

「我らのボスが、彼らを相手に数で負けるとお思いでしょうか?」

「そうじゃねぇよ。万一征服が成功したとしても、俺達に屈服しない連中の方が多いんじゃねぇかって思っただけだよ。戦後処理って奴を考えるとそこがネックに思えてな」

「多少利用価値があって恭順を誓ってくれる者が一人でも多ければ、ボスは快く受け入れますよ。ただし組織や他人の言う信念をよりどころにすることでした生きることのできない他人任せの人間でなければですが」

「そう考えると、お前はボス相手によくあんなこと言ったよな」

「私がですか?」


 突然そう尋ねられた道真は少々戸惑った様子で聞き返した。


「俺達の組織に入るときだって『自分の個人投機家としての力を示すための踏み台として入る』って、あいつ相手に堂々と言ったじゃねぇか」

「ああ。言いましたね。結果としてこの組織の財布役を務めさせて頂いておりますが」

「征服が終わったら、お前はあいつの元を離れるのか?」

「国の諸問題を解決して、ある程度他に任せられる時期が来たらですかね。私の人生設計上、その為には最低でもあと二十年程は彼に付き従うつもりです」

「そん時お前は四十超えてるってことになるな」

「ですが、今は遠い未来の話に花を咲かせるよりも、目下の雑草刈りの下準備を整えることが先決ですよ」

「確かにな。そういや、総一は今どうしてるんだ?」

「訓練場で部下達をしごいてますよ。我らの悲願達成が目前に迫っているだけあって、今までにない気合の入れようだったと、さっき笠松君が言ってました」

「ほぉ。あいつも猛りが収まらねぇみたいだな」

「現に、私も収まりませんよ」

「お前が⁉」


 和真は驚きながらそう言った。普段からポーカーフェイスを崩さず冷静な物言いが多い彼の言葉に、意外という感情を持ったからだ。


「ええ。この才を以てして我が国の腐敗を浄化できると考えると、私も熱くなるものです」

「そっか……まあ俺も似たようなもんだがな」


 そう言って二人は心の底から湧き出る覇気に身も心も燃やし始めるのだった。



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「祐。お前の方はどうなんだ?」 


 午後八時四十分。御三家の一人である筋骨隆々の男である棚橋祐たなはしたすくにそう尋ねたのは、同じく御三家の笠松幹敏だった。互いに総一に訓練を託して休憩室で暫しの休息をとっていた。


「俺達の方も、錬度は高まってるぜ。んで、幹敏の方は?」

「俺の方もだ。それにしてもボスの気合と来たら……」


 幹敏は右手で金髪をかきあげながらガラス越しに見える訓練中の総一の姿を眺めてつぶやいた。総一は声を張って部下達を叱咤激励している。


「だな。久しぶりにあいつが滾ってるのを見た気がするぜ」

「ああ。だがこれからが大変だな。俺達の敵の総戦力は警察連中を除いても相当なものだ。ボスならともかく、俺達はその辺りを警戒しないと、足元をすくわれるかもな」

「まあな。だが改めてボスには感謝しなけりゃならねぇな。こんなクソみてぇな俺達を拾って、この国で俺達も役に立つっていうことを証明するって目標の道しるべになってくれたんだからよ」


 祐はしみじみとした表情でそうつぶやいた。


「そっか。お前はそんな目標を持ってたんだよな。ただあいつに付き従うのではなく、その中で自分だけの力を見つけてあいつが作る国の中で自分の力の活かし方を見つけろってな……」

「そう。俺達はあいつに感謝してる。だから俺は俺の力で証明してやる。ドロップアウトした人間の力の活かし方って奴をな!」


 そう言いながら祐は長椅子の端に置いていた肉厚の柳葉刀を手に取って天井に突き上げた。

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