第17話 里見神社の妖艶な女神主
午後五時二十分。麗華からの提案を受けた総次は、それを受けて昼食を取った後、荷造りをしてバイクを走らせて雲取山の麓の鳥居の前に到着していた。
「ここか……ん?」
バイクを降りようとした総次は、鳥居の前の立て看板に釘付けになった。そこには「男子禁制」と書かれていたからである。
(一応、闘気を持ってる人間は男女問わず入れると聞いたけど……)
そう思いながらバイクを鳥居の近くの駐車場に停めた総次は、その奥に広がる木々に囲まれた細い道に足を踏み入れた。麗華の言っていた神社は、その突き当りにある百段の石階段を登り切った所にある。
「おかしな人じゃなければいいんだけど……」
自身を強くしてくれる人物の人柄について尋ねた時にやや口ごもった麗華の態度を思い出して不安になっていた総次。そんなことを考えながら歩いていた総次は、百段の石階段の前まで辿り着いて立ち止まる。
「ふぅ……よしっ……」
総次は深呼吸を一つして一息に石階段を駆け上がった。麗華の紹介した人物への不安を抱きつつも、一方でどのような人間なのかが気になっていた為、いずれにしても早く会ってみたいという気持ちが大きくなっていたからだ。
石階段を駆け上がった総次の目の前に飛び込んできたのは、石畳の廊下の奥にそびえ立つ社殿だった。しかし大勢の人間が立ち寄るような場所でないこともあり、その規模は平屋の民家とさして変わらない程度のものだった。しかし敷地そのものは、平均的な神社と遜色ない広さだった。
「ごめん下さい! ごめん下さい!」
到着したことを伝える総次だったが、何度呼びかけても一向に神社の玄関から人が出てくる気配はなかった。
「沖田総次です! 鳳城院麗華からの紹介で参りました!」
続けて呼びかける総次。だが社殿の奥から人影は見えてこなかった。
(留守……な訳ないよね。僕がここに来ることは伝えてあるって局長は言ってたし……)
所在なさげに建物に近づく総次。その瞬間だった。
「随分と小さい坊やじゃない♥」
突然背後から色気のある女性の声が聞こえたと同時に、総次は抱きしめられて身動きを封じられた。
「だっ、誰⁉」
唐突な出来事と、他人の気配を捉えられなかったことでいつになく慌てる総次。だが総次に抱き着いた女性はそんな彼の姿を愉しむかのような口調で総次の身体の至るところを弄り始める。
「ふぅ~ん……本当に小さくて可愛いわね~♥」
「な、何ですか……?」
「あら? 小さい身体の割に随分鍛えられてるわね~♥ 胸板も厚いし……」
「へ、変なとこ触らないで……」
「ふふっ。反応もいちいち可愛いわ~♥ 二の腕も引き締まってて筋肉が程よくついてて、着やせするタイプなのね?」
「や……やめ……て……ください……」
身体のあらゆる部分をひたすらに弄ら、そのくすぐったさに声を掠らせて抵抗する総次。女性は気にも留めずに総次の腰に左腕を巻き付け、更に右手で彼の顎を持ち上げて耳元でこうつぶやいた。
「坊やは年上の女はお好み?」
「み、耳元でつぶやかないで……」
「言って? 言わないと……ふぅ~」
「あっ……」
右耳に息を吹きかけられた総次は思わず声を漏らした。
「こ・た・え・て♥」
「や……め……やめて、下さい‼」
女性の妖艶な誘惑と腰と顎にとりついた腕をそう叫びながら強引に振り払った総次が振り返ると、巫女装束に身を包んで髪を後ろで一本に束ねた、先程の声に比例する妖艶な女性の姿を視界に捉えた。
「ふふふっ。麗華の言った通り、十八歳には思えないわね」
「あ……あの……?」
「話はちゃんと聞いてるわよ。初めまして、この神社の神主をやっている
「あ……はぁ……」
総次は言葉を発することが出来ないままその場にひざまずいた。物心がつく前に両親を失い、二十二歳の若い叔母に引き取られてから女性に囲まれた生活が多かったとはいえ、ここまで性的な誘いを受けたことがない総次には、紗江の行動は羞恥と困惑以外の感情を生まなかった。
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総次がある程度の落ち着きを取り戻した後、紗江は総次を神社の居間へ迎え入れ、麗華からの依頼の件を引き受けた旨を伝えた。
「……個人的な我が儘にお付き合いさせてしまい、申し訳ありません。そしてお引き受けいただき、ありがとうございます」
「そんな大袈裟な挨拶はいいよ。それにあたしも麗華が言ってた『見どころのある可愛い男の子』が気になってたから、むしろ大歓迎よ」
「それで、局長からは、僕のことについてどのくらい聞いているのでしょうか?」
「能力的な部分は粗方。あと容姿」
「よ、容姿?」
全く予想外の部分を尋ねていたことに、総次は間の抜けた声を出してしまった。
「うん。歳の割に幼い容姿って聞いて、どんな感じなのって麗華に頼んだの。そしたらこうして写真送ってくれてね」
そう言いながら紗江はスマートフォンを取り出して中に記録されている画像から麗華が送った総次の画像を見せた。それは、一番隊組長に正式に就任したばかりの食事会の時に麗華が撮ったものだった。
(間違いなく無理強いされたんだな、麗華姉ちゃん……)
見せられた総次は、麗華がどういう気持ちでこの画像を送ったのかを想像して憐みの感情を抱いた。
「……兎にも角にも、無理を聞いていただき、本当にありがとうございます」
総次は態度を改めて、自分の身勝手な依頼を快く引き受けてくれた紗江の厚意に恐縮しながらも謝意を表した。
「そう言えば、龍乃宮さんは局長の中学時代に、部活動と道場で先輩だったんですよね」
「そうよ。それがどうしたの?」
「いえ。そのような方が、何故ここで神主をされているのかなと……」
「元々神道に興味があってね。大学も都内の神道系の学科がある大学に入って職階を得て大学近くの神社で神主になる為の研修を受けてたんだよ。聖翼大学がテロリストに襲われるまではね」
「聖翼の……」
「そう、聖翼の命日ってあんた達が言ってるあれだよ。あの時の被害は大学周辺にも及んでいたからね。私のいた神社も巻き込まれちゃってね」
「……龍乃宮さんは、局長から新戦組のことについては……?」
「聖翼の命日からしばらくして麗華から聞いたよ。一応入隊してくれっている誘いはあたしにもあったんだけど、いろいろ忙しくて断ったのよ。」
「そうだったんですか……」
当時、麗華達が新戦組に所属しているという事実に関しては基本的に外部に漏らさないことが原則となっていたものの、事情が事情ということもあり、麗華は紗江に他言無用を厳にしてもらうという約束をしてもらった上で話をしたことになっている。
「まあ、その聖翼学園の一件であたしが研修の為に居た神社も被害を免れなくてね、あたしの身の安全も確保したいってことでたらい回しにされた挙句、跡取りのいなかったこの里見神社の神主を引き受けたって訳よ」
「はぁ……ところで、一つ質問してもよろしいでしょうか?」
「ん? 何だい?」
尋ねた総次は怪訝な表情で紗江の姿を眺めた。
「その……神主なんですよね?」
「当り前じゃないか! どうしてそんな不思議そうな表情でじろじろ見てるんだい?」
「その割には、随分と露出が……」
たどたどしい口調で尋ねる総次。無理もないことである。紗江の着ているものは、原型こそ神主装束だったが、非常に露出度が高いのだ。
上着の白衣はノースリーブの上に丈が短い為に胸の下とお腹辺りが露出し、緋袴の横の切れ目は腰から膝に掛けて深く入っているので、太腿から膝がそのスリットから露わになっていた。その為、普段女性の格好に全くと言っていいほど関心のない総次でも、その露出度の高さから目のやり場に困っていた。
「これはこの神社の夏用の装束なの。この里見神社は女性の性を祭る神社で、まあ男子禁制だから敷地内ではこんな格好なのよ。流石に外に出るときとか冬場は普通のを着てるけど、基本的に外に出るような仕事はこの神社では少ないし、この里見神社じゃ、大きな催事もないから、夏場でも普通の装束で出るのは買い物くらいね」
「私服とかはどうしてるんですか?」
「例の大学襲撃でアパートが壊れて、私服も財産も全部駄目になったわ。まあ、あたしとしては装束が気に入ってるからそれでも大丈夫だったんだけどね」
「は、はぁ……」
「本当は君にも普通の装束で応対するつもりだったんだけど、君みたいな男の子がこんな格好をしてるあたしを見てどんな反応をするか気になっちゃってね。思った通り驚きと羞恥の表情で戸惑って、いろんなところが敏感になって、しかもその時の表情が予想以上に可愛いいときたら……あぁ~、着てよかったわ~♥」
「はぁ……」
頬を紅潮させて嬉々と説明した紗江に、総次は呆れてため息をついた。
「そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?」
「ああごめんね。今以上に強くなりたいって?」
「ええ。短い期間でも稽古をつけていただきたいと思いまして……」
総次はやや焦りながら捲し立てるように話し始める。
「まあそう焦るな。それに今以上に強くなりたいと言っても、あたしは君の実力を知ってる訳じゃない。それを把握してからじゃないと、具体的な稽古も付けられないわ」
「でしたら、今すぐにでもそれを……」
「だから焦るなって。ここへ来るまでに疲れてるだろうし、あたしは万全の状態の君の実力を知りたい。そうでないと正確に実力を見極められないわ」
「ですが……」
「全く、麗華から聞いてはいたけど、随分聞き分けのない子ね~……」
焦りを隠し切れない様子の総次に業を煮やした紗江は、腰を上げて総次の隣に移動した。
「……何ですか?」
「言っても分からないなら、力ずくしかないでしょ?」
紗江がそう言った瞬間、総次が身構える余裕すら与えずに彼を畳に押さえつけて馬乗りになって動きを封じてしまった。
「な……え……?」
「子供っぽいけど、十八歳ならもう解禁してもいいわよね♥」
「な、何を言っているんですか?」
「何って、こんな風に……」
紗江はそう言いながら総次の右手を掴み、袴の切れ目から露出した太腿を触れさせる。
「ちょ、な……」
「さっきからここをずぅっと見てたけど、こんなことしたかったとか思ってない?」
「い、いや、それは……」
「恥ずかしいのかい? じゃあ『今日は素直に休んで稽古は明日にする』と言いなさい。でないともっと恥ずかしいことをするわよ?」
「も、もっと?」
「例えばぁ……」
そう言いながら紗江は太腿に宛てた総次の右手を自身の袴の隙間に入れ、更に総次の左手を掴んで自身の腹部を、そして下乳を触れさせた。
「なっ‼」
「ほぉら♥ 言わないともっとこうしてぇ……」
「ふ、ふざけないでくだ……」
「あたしねぇ……」
総次の抵抗の声に耳を傾けることなく、紗江は総次を押し倒しながら彼の右耳元でつぶやき始めた。
「大学時代は、結構男と一緒にいることが多くてね、よく一緒に寝たのよ」
「な、だから耳元で話さないでください……」
「いつも男の方は『やめてくれ』とか『もう限界だ』って、あたしの下で気持ちよさそうによがり狂ってたわ……」
「な、わ、分かり……」
「うん? 分かり……その後は何なの?」
「あっ、分かりました……今日は休みます……」
「宜しい」
総次の降伏宣言を受け入れた紗江はそう言いながら総次の上から腰を上げて解放した。
「……何なんですか、あなたは……」
解放された総次は息を整えながらそう思った。
「あの、いつも男性にはこんな風に接してるんですか?」
「ううん。君が歳の割に幼い顔をしてるって聞いて、どういう子かな~って思ってね。はぁ~思い出すわぁ。麗華もいろんな手で驚かせたりしたけど、その都度リアクションが可愛かったし~」
紗江は思い出し笑いをしながら語った。その表情は先程まで総次に迫っていた時の大人の女性の妖艶さと言うより、少女のような無邪気さに近かった。
そんな紗江の表情を見ながら、総次は麗華の言っていた言葉の意味を悟った。この様子では恐らく麗華も紗江に幾度となく悪戯を仕掛けられては自分と同じようなリアクションを取らされていたのではないか、紗江の態度は、総次にそんな思考をもたらすのに十分なものがあった。
「さて、もうすぐ夕食時だし、そろそろ準備しないと」
一通り思い出し笑いを収めた紗江はそう言って、客間の奥にある台所に向かおうとした。
「僕も手伝います!」
「君はそこで待ってていいよ」
「ですが……」
「恩返しなら、あたしとの稽古の中で強くなってもらうって言う形で返してもらうから」
「は、はぁ……」
「あら~? まだ分かっていないのかしら~?」
両手をワシワシさせながら、再び総次に迫る紗江。
「い、いえ、分かりました!」
「分かれば宜しい」
再び迫ろうとした紗江の態度に微かに慄きを覚え、総次は慌てて答えるしかなかった。
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「そうですか。総ちゃんはまた……」
『あなたの言った通りね』
午後九時。業務を終えた麗華は、頃合いを見て紗江の携帯に連絡を入れ、総次の様子を尋ねていた。
『あの子は、自分だけの力を欲して、焦りを内に秘めて平常心を保つことが出来ないでいるわね。今は少し落ち着きを取り戻してはいるけど、また激発するかもしれないわね』
「……やっぱり、あの子は責任を感じてるんじゃ……」
『責任?』
「あの子、自分達の出生が今回の事件を生んだと考えてるの。是が非でもその相手を倒さなければ償いにならないと、それがあの子の責任感を過剰にしている気がして……」
『それが、総次君の力への執着を強めているって言いたいのね?』
「今回の場合は、恐らくそうかと……」
『警視庁を単独で襲撃し、大規模な被害を与えるだけの力を持ったあの子の双子の兄と戦って決着がつかなかったとなれば、尚のことって言いたいのね?』
「ええ」
紗江の質問に、麗華は短くそう答えた。紗江が警視庁を襲った賊が総次の双子の兄であるということを知っているのは、麗華が事前に話したからである。本来なら機密保持の関係で他言無用なのだが、紗江に総次の稽古を見てもらう理由を説明する途上で必要になった為に話していた。
「相当ショックを受けてたので、大丈夫かどうか心配なんです……」
『総次君は、この件に関して組織の規律を乱すようなことはなかったのね?』
「ええ。でも本心では、自分で今回の敵を討たなければという感情が強いようで……」
『責任感ゆえに、という訳ね』
「……そうですね」
『……あたしは、あの子が強くなりたいっていうことに関しては特段否定的な感情はないわ。問題は、その感情が歪むようなことがあってはならないってことよね。そっちは任せて。出来る限り力を尽くすわ』
「宜しくお願いします」
『いいってことよ。それと一つ、昨日聞きそびれた質問なんだけど、確認してもいいかしら?』
「何でしょうか?」
『正直な所、総次君が破界に目覚める可能性はあるのかしら?』
「それは分かりません。総次君も、破界に覚醒する可能性については特に何も言ってなかったので」
『そう……分かったわ。じゃあ今日から二週間で、あの子を満足させてあげるわ。万一にもそれでもあの子が収まらなかったら……』
「はい?」
『その時は安心して。あたしが何とかするから』
「あの……くれぐれもその為に変なことをしないでください。あの子繊細ですから……」
紗江の嬉々とした声を聞いた麗華は、不安を声に滲ませながら念を押した。
『心配無用よ。まあその辺りはあたしに任せておきなさいよ』
「……はい。では、お願いします」
麗華はそう言って電話を切り、掛けていた椅子に深く腰を沈ませた。
「……総ちゃん。くれぐれも無理しないでね……」
麗華は、総次の未来を懸念するような表情で天井を眺めながらそうつぶやくのだった。
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