第16話 牙を研ぐ赤狼達
「財部さん。今市の情報はどうですか?」
「昨日の段階で集められた情報では、こうなっております」
午前八時十分。赤狼サイバー戦略室を訪れていた翼は、足利市に放っているスパイからの定時報告を財部に尋ねた。尋ねられた財部は手にしている資料を翼に手渡して説明を始めた。
「……今市の十ヶ所で闘気の反応……いずれも市街地を離れた場所に点在しているのか。やはり闘気感知が出来るスパイを送って正解でした」
「今の所はこの十ヵ所以外からの闘気の反応はありません」
「そうですか……」
(流石に闘気感知だけでは奴らの根拠地をピンポイントで絞り出すのは難しいか……)
翼はそう思いながら財部に資料を返した。
「ありがとうございます。引き続き調査範囲の拡大と、より綿密な情報収集をお願いいたします」
「了解しました」
翼は財部のその言葉を聞きながら腰に下げていた赤狼の仮面を被ってサイバー戦略室を後にした。
(一刻も早く奴のアジトを炙り出して叩いておかなければな。だが警視庁を単独で壊滅状態に陥れるだけの力を持った奴となると、こちら側にどれだけの損害が出るやら……)
いち早く自分達の計画の障害となる輩を排除したい気持ちは、MASTERとしても大きかったのは言うまでも無い。だが同時にその急先鋒を務める赤狼司令官たる幸村翼には、正規部隊としての初任務でどれ程の被害が出るのかという懸念も大きかった。
(出来る限り、被害は最小限に留めておきたいが……)
そんなことを思いながら司令室へ続く廊下を歩いていた翼の後ろから、特徴的なギャル声を放ちながらアザミが抱き着いてきた。
「つっばさ~♥」
「アザミ……」
「どうしたの? 何か浮かない様子だったけど?」
「仮面越しでよく分かったな」
「そりゃ、翼のことなら何でも分かるよっ‼」
そう言いながらアザミは翼から離れ、サンダルのカツカツと言う音を響かせながら翼の前に立った。
「ねぇねぇ! どうしてそんなに暗いオーラ纏ってんの?」
「……はぁ。全く、アザミのこのエネルギーには敵わないな……」
翼はそう言いながら仮面を外して真剣な表情で語りだした。
「今回俺達赤狼の隊は、本格的に表の任務に駆り出される。今回のような任務に備えて本隊と訓練を積んできたとはいえ、出来る限り死者を出したくないって気持ちがあってな……」
「そっか……でも、まだ戦いが始まってもないのに、そんなにネガティブになり過ぎても意味ないと思うよ? そんなこと考えてると、マジでチョ~サイアクなことになっちゃうよ?」
「つまり、俺がこんな調子だとあいつらの士気にも影響すると?」
「その通り‼ だからネガティブモードにならないで、ポジティブポジティブ~!」
ハニカミながら翼に明るく振る舞うアザミのそんな振る舞いに、翼は徐々に笑顔になっていった。事を起こす前から後ろ向きなことを考えていても仕方がない。そう言う状況にならないように自分が毅然とした態度でいなければ、翼の心には、そんな感情さえ芽生え始めていた。
「……ありがとう、アザミ」
「翼……」
「まだ事を起こしていないのに最悪の状況を考え過ぎるのも問題だな。無論戦いの中で必要なことではあるが、それに関しては御影と一緒に練る作戦と、俺達赤狼の結束力を信じる方が建設的か……」
「それでこそアタシ達のリーダー‼ そうでなくっちゃ‼」
そう言いながらアザミは翼の背中を右手でポンと叩いて激励した。
⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶
「オメェら‼ もっと気合い入れて‼ 技の一つ一つにもっともっと気持ち込めて繰り出せ‼」
「「「「「オウ‼」」」」」
「もっと声を張れ‼ オメェ達の力はこんなもんじゃねぇだろ‼」
「「「「「オウ‼」」」」」
本部赤狼エリアにある特別訓練場にて、二千人の構成員達に檄を飛ばしながら徒手空拳の指導をしていたのは慶介だった。赤狼として初めて部隊を動かしての表立った任務だけあって。彼ら全体の士気は著しき上昇していた。訓練中の構成員達の眼差しも熱いものがあり、自然と慶介の指導にも熱が入っていた。
「いいかぁ‼ 明後日は俺達にとって初めての前線任務だ‼ オメェ達の力を思いっきり連中にぶつけてやるんだ‼」
「「「「「オォッォォォオ‼」」」」」
「よぉうし‼ その調子でもっと腰を入れて拳を叩きつけろ‼ その後で瀬理名の剣術稽古だ‼ 気を引き締めろよ‼」
慶介の気迫に答えるように、構成員達は再び拳打の稽古に戻った。
「ほぉ~。気合入ってんじゃねぇかよ」
「そりゃそうっだろ、尊! 次の任務は俺達にとって一番デカい戦いになるかもしれねぇんだぜ? そんな戦いを前にして気合が入らねぇ訳ねぇだろ?」
慶介と同じように構成員達の指導に当たっていた尊は、慶介の気合のあひった言葉を聞いて微笑んだ。
「……何で笑ってんだ?」
「いやね。ここ最近鬱憤が溜まっていたお前にとっては、次の任務は思いっきりそれが晴らせるのもあるんじゃないかなって思ってたんだが……」
「それもある!」
「……やっぱりね……」
予想通り、という表情で尊は言った。
「だってそうだろ? この間のBLOOD・Kの戦いまで前線に出られなくていろいろ溜まってて、次の戦いでようやく余った分を吐き出せると思うと、気合が入らねぇ訳がねぇよ」
慶介はガッツポーズを取りながらそう言った。その表情も今まで戦えなくて勘癪が起き続けていた時とは正反対で、尊の言うように非常に生き生きとしていた。
「お前はそれでいいかも知れねぇがよ、俺達が戦う理由を忘れた訳じゃねぇだろ?」
「……当たり前だろ。その為にも一刻も早く暴れたいんだよ……こんなくそみてぇな時代の中でもなんとかなるって証明する為にもな……」
「その為にも、翼の力にならねぇとな」
「正直俺はあいつに対して全服の信頼を置いてるって訳でもねぇ。だけどあいつなら切り開いてくれるって信じさせてくれるんだよな……俺達じゃ行けねぇ世界って奴によ……」
「……だな……」
しみじみとした様子で語った慶介に、尊も静かに頷きながらそう応えた。
「そうか……あっちの方は現在も気取られてないと……」
「ええ。問題ありません」
赤狼・サイバー戦略室の別働組織「分室」に赴いていた御影はそう言って担当構成員の報告を受けた。
「分かった。引き続き、任務を継続するように伝えてくれ」
「了解」
そう言って御影は分室を後にした。そんな彼を分室前で待っていたのは八坂だった。
「忍び込ませた連中の報告を受けたのかい?」
「ああ。今の所も問題ないと」
「もうずいぶん経つな……」
「今市の任務と別に、こっちの確認もしないといけないからな……まあ、俺達の戦いの為には、多少の重労働も苦には感じないがな」
「そりゃご苦労なことだよ。慶介達が稽古で気合が入るのも分からなくはないね」
「話は俺の耳にも入ってるよ。慶介の奴、随分やる気満々になっているようだな」
「一緒に指導してる尊も瀬理名も、あの将也も驚いてるよ。しかもただ気合だけじゃなくて理にかなった訓練で皆ついて行ってるよ」
「まあ、あいつのあの熱量が我が同志達のやる気に火をつけてるのは、結果的にはいい傾向に向いてて安心したよ」
八坂の話を聞きながら、御影は軽く微笑んだ。
「……いずれにしても、明後日の任務が、俺達の明日にかかわる大きな戦いになる。気を引き締めないとな……」
「ええ……」
御影の発言に対して八坂も同意した。
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