第15話 より強き力を……‼

「……今の僕にもっと力が……もっと力があったら……」


 時刻は午後十一時。会議を終えて組長室に戻った総次は、ベッドにあおむけになりながらそうつぶやいた。


(その程度の力で、何がてめぇの力だ‼)

「この程度の力。今の僕にはこの力しかない」


 脳内で沖田総一に言われた言葉を思い返しながらつぶやいた総次は、自分の右拳を握りしめてある程度の答えは出たという確信を持てた気がしていた。だが一方で別の悩みが生まれていた。


(でも今のままじゃ沖田総一にも、翼にも勝てない……‼)


 総次は心の中でそう思いながら握りしめた右拳を布団に叩き付けた。それとほぼ同時に、組長室のドアをノックする音が部屋に響いた。


「総ちゃん。今、大丈夫かしら?」

「局長……?」


 ノックと同時に聞こえた柔らかな声の主は麗華だった。ベッドから起き上がった総次は麗華の声に答えてドアを開けた。


「どうかなさいましたか?」

「今は『麗華姉ちゃん』でいいわよ。ちょっと中に入ってもいいかしr?」

「……いいよ」


 そう言って総次は麗華を部屋に招いた。そしてベッドの隅に一緒に座るように勧めて二人は腰を下ろした。


「局長の仕事は終わったの?」

「大丈夫よ。それに、総ちゃんの今の気持ちを聞きたかったし」

「……沖田総一の件は、新戦組一番隊組長として私情を挟むこと無く対処するから心配しなくていいよ。彼の件は組織全体で考えれば、ある程度の対策は取れると思うし……」

「私が聞きたいのは、総ちゃん個人としての本音よ。さっきの会議でも何か言いたげだったように見えたけど?」

「そ、そんなこと……‼」

「ほらぁ、そんなに慌てちゃって。そうやって慌てるのは、何か隠し事をしてる証だと思うけど?」


 そう指摘された総次は麗華への反論を諦めた。幼い頃から変わらない総次のリアクションを知り尽くしている麗華には、多少のフェイクが聞かないことを知っていたからだ。そう思った総次は麗華に本音を話し始めた。


「……本当はあいつとの決着は僕の手で付けたいんだ……」

「やっぱりね……さっきの総ちゃんの目は昔と一緒。強い相手を倒したいって感じの目だったわ」

「……あいつ言ってたんだ。今の僕では自分は倒せないって……」

「今の総ちゃんでは……」

「でも、あいつに勝ちたい。なによりあいつと僕との間には、切っても切れない因縁がある。水瀬氏の狂気の研究が、今回の一件の遠因になったことに変わりないなら、その終止符は、あいつと同時に生み出された僕が付けないといけないって思ったんだ。何より、警視庁みたいなことがまた起きたらって思うと……‼」

「……あなたはこれまでも新戦組一番隊組長として十分活躍してくれたわ。隊員達だって、あなたのことを組長として評価してるわよ」

「それでも、麗華姉ちゃん程ではない……」

「え?」

「隊員の皆さんから、麗華姉ちゃんの一番隊組長としての姿勢を聞いたことがあるんだ。僕が組長としてどういう風に振る舞えばいいのか、その参考になるんじゃないかと思って」

「そうだったの……何か参考になったことはあるかしら?」

「むしろその逆。統率力も人望も抜群で、武術指導の時も丁寧で戦術指揮も一流で、それを局長と両立してこなしていて、新戦組を率いるにふさわしい人だったって……本当に麗華姉ちゃんは凄いよ。そんなこと、僕には到底出来ないよ……」

「総ちゃん……」


 劣等感を見せる総次に、麗華は少々心配そうな表情になった。


「……理由はどうあれ、あなたは天才よ。例え狂気の研究で生み出されたとしても、その力を十全に扱えるようになったのは、あなたの努力の賜物よ」

「だと僕も信じてる。だけど僕が思うに、水瀬名誉教授は幻想を見ていたんだ」

「幻想?」


 総次のふとした発言に、麗華は首を傾げながら尋ね返す。


「もし、僕が名誉教授の言う究極の天才なら、とっくの昔に翼に勝っている。そうじゃないってのは、つまり、僕の力は単に他の人以上に伸びが早いってだけで、最終的には何かを極めようとする人の足元にも及ばないって」

「そう、そうなのね……」


 そう言って麗華は納得したようだった。


「それで、今の総ちゃんとしては、これからどうしたいの?」

「力が欲しい。でも今以上の力をどうやったら手に入れたらいいのか、分からない……‼」


 悔しさを滲ませながら総次は拳を強く握りしめた。そんな総次を見ていられなくなった麗華は、総次の頭を太腿に導いて膝枕をした。今までもそうだったように、自分の膝枕なら、総次の心も少しは癒されるのではと思ったからだ。


「総ちゃんは総ちゃんのままでいいのよ。そんなに焦らなくても、皆がいるわ」

「でもこのまま戦っても、何も変わらない。強くもなれない。自分だけの力も得られない。一番隊の隊員の皆さんや他の組長の方々の足手纏いになるだけ。これじゃあ総一にも翼にも勝てない……‼」


 慰めの言葉を投げかけた麗華だったが、今の総次には届かなかった。そしてそれは麗華に、総次は今以上に強くならないと気が済まないということを教えることになった。


「……そんなに、強くなりたいの?」

「うん。強くなりたい。力が欲しい。あいつとの因縁に決着を付ける力を、そうでないと、また多くの犠牲者が出る……‼」

「……だったら、私に考えがあるわ」

「考え? それって一体……」

「詳しいことは、明日話すわ」

 微笑みながらそう言った麗華は、総次を膝枕から降ろして立ち上がった。


「明日中にはあなたを呼び出すから、そこでね。じゃあ、おやすみなさい」

「お、おやすみ……」


 戸惑う総次を横目に、麗華は部屋を後にした。


「麗華姉ちゃん、一体何を……?」


 麗華の心中を察しきれない総次はそう思いながら、麗華が出ていったばかりの部屋のドアを眺めるしかできなかった。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


「……雲取山?」

「その麓にある里見神社の神主で、私の中学時代の先輩なの。その人の下で特訓を受ければ、少なくとも今以上に強くなれるのは保証できるわ。既に連絡はしてあるから、安心なさい」


 八月二十七日の午前七時。麗華に呼び出された総次は、彼女の提案にそう言った。


「……沖田総一を打ち破るだけの力を、手に入れることが出来るんですか?」


 総次は麗華の提案に目を輝かせながら尋ねた。


「それはあなた次第ね。手に入れられるかもしれないし、逆もまた然り。最終的にはあなたの努力に掛かっているわ」

「……ですが、その間の一番隊はどうなさるおつもりですか?」

「私が一番隊組長を兼任するわ」


 麗華は微笑みながらそう言った。


「……そうですか……」

「どうしたのかしら?」


 突然畏まった総次に、薫はそう尋ねた。


「せっかく僕が一番隊組長になって、局長の負担も軽くなったというのに……」

「問題ないわ。確かに今は厳しい状況だけど、麗華が局長を兼任しながら一番隊の組長を務めた手腕を甘く見ないでほしいわね」


 薫は微笑みながらそう断言した。中学時代から直ぐ近くで麗華をずっと見てきた薫だからこそ断言できたのではないか、薫のその姿勢を見て総次はそんなことを思った。


「そうですね……」

「そう言ったってことは……行くのね?」

「……沖田総一との因縁にケリをつける為にも、これからの戦いの中を生き延びる為にも、そして一連の戦いを終われせる為にも、今以上の力を手にしたいという気持ちは偽れません。必ず今以上の力を手にして戻ってきます」

「……決まりね……」


 凛とした表情で確固たる決意を語った総次の姿勢を見た麗華はそうつぶやいた。


「一刻も早く力を手に入れて戻ってきます」

「覚悟は分かったわ。でもあまり焦り過ぎて無茶をしないようにね。期間としては二週間用意してくれたから、その中で出来る限りのことを学んできなさい」

「分かっています。ですが二週間も掛けません。皆さんの負担を掛けるような真似は絶対にいたしません……‼」

「……ふふっ……」

「……何ですか?」


 唐突に微笑んだ麗華に、総次はからかわれたと思って不服な感情をむき出しにしながら尋ねた。


「ううん。そういうところ、昔から一緒だなって思っちゃって……」

「昔から……つまり、精神的な意味で僕は昔から全く進歩がないってことですか?」

「ううん。違うわよ。でもごめんね」


 そう言って麗華は微笑みながら謝罪した。そんな総次と麗華のやりとりを傍から見ていた薫は、その微笑ましい光景に微かに微笑んだ。


「……ところで……一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「何かしら? 総次君」

「その神主さんは、一体どのような方なのでしょうた?」

「どのようなって……それは……」


 麗華は困惑した表情で辺りを見渡し始めた。


「あの……どうかなさったのでしょうか?」

「……まあ、会って見れば分かるわよ」

「会ってみれば……ですか……」

(変な人じゃなければいいけど……)


 困惑しながら放たれた麗華の言葉にそんな不安を抱きながらも、総次はそれ以上聞くことはしなかった。聞いたところで今の麗華には具体的な説明が出来るという感じでもないと悟ったからである。


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