第14話 個よりも群
「……以上が、田辺氏が教えてくださった、僕と兄の沖田総一に関する全てです。そしてこれが、田辺氏が僕に渡してくださった水瀬氏の遺伝子操作に関する資料です」
午後十時。総次は夜の組長会議で昼に田辺氏から聞いた自身の出生の秘密について麗華達に説明し、その上で彼から手渡された水瀬氏の研究資料をテーブルに置いた。総次の話を聞いた彼らは未だに信じられないような表情で総次を眺めていた。
「遺伝子操作による天才児の創造……」
「水瀬氏のことは知っていたけど、まさかそんなことが……」
幹部の中でもその話を聞いて比較的落ち着いた表情で発言したのは薫と真だった。無論、他の幹部達と同様に驚きは表情に出ていた。
「それにしても、水瀬って学者、相当狂ってるな。研究の為にそんな人体実験をしてたなんてよ……」
「佐助殿の意見に拙者も同感でごわす」
佐助と助六は驚きながらも不快な表情で水瀬氏の研究に対しての反感を口にした。
「それで総次君。あなたとしてはこれからどうしたいのかしら?」
幹部達の中でも最も大きな衝撃を目に見えて受けていた麗華だったが、既にそのような態度は表に出ず、毅然とした態度で総次に尋ねた。
「……僕はあくまで組長に過ぎません。僕の独り善がりで沖田総一との決着をつけるような真似はしません。ただ……」
「ただ……何なの? 総ちゃん」
総次の隣の夏美が、彼の次の言葉が出てくるのを急かすように尋ねた。
「……沖田総一の力に太刀打ちできる人間は、組長クラスでもかなり限定されると思います。それこそ局長と同等の実力を持った人間でないと討ち取るのも難しいかと……」
「総次……」
総次の真向かいの席に座っていた修一は、焦りを表に出している総次を心配するように声を漏らした。
警視庁襲撃と、それに連なる警視庁幹部三名が殺害されたという失態を許してしまった修一も、出来ることなら沖田総一に一泡吹かせたいと麗華に訴えたこともしたが、それを凌駕する総次の気迫に押されたのか、それ以上の発言が出来なかった。
「だが、まだ沖田総一の居場所が分からない上に、ヘリコプターを使っての逃亡をしたことからも組織で活動している可能性が高いとなれば、連中の居場所を掴んだ上での情報収集をしてから事を起こす必要があると思うが……」
「それも難しいと思うわ。たった一人で警視庁を襲撃して多くの職員を虐殺する戦闘能力に、幹部会議の日を知っていた情報収集力を考慮すると、こちらが先手を取るのは難しいと思うわ……」
鋭子の発言に繋げる形で紀子は言った。実際の所、情報量と言う意味では新戦組は太師討ち以上だが、情報戦と言う観点ではMASTERのみならず、太師討ちよりも劣っていた。その為、情報戦に関しては太師討ちとの情報共有によって補っていたが、単独ではこの一年あまり、MASTERの後手に回ってしまっていた。その問題も一朝一夕で解決できる類ではなく、今もその改善のための動きはあるものの、思った成果は出ないでいたのだ。
「それだけではなく、以前から総次君が言っていた個人の戦闘能力の強化も必要になってくると思います」
控えめにそう発言したのは、夏美の隣の冬美だった。破界の力をコントロールした彼女だからこそなのか、周りも無言で納得した様子だった。
「これまで情報戦における不足を隊員達と戦闘力で補ってきたものの、ここ半年はそれが通用しにくくなっている。後者に関しては時間を取れば行えるが、前者は優れた技術者を見つけられるかどうか……」
冬美の発言を受けた真は、今の新戦組が抱えている問題点を明確に明らかにしつつ、それらが一向に解決しない現状を憂う言葉を漏らした。
「前者は情報管理室で管理している個人情報と全国の支部の隊員達に、優れた情報処理能力を持った協力者を探して雇うように手筈を出すわ。後者も警備局長や出資者との話し合いで決めるように、既に麗華から話を出してあるわ」
「ほぉ……俺達の知らないところで随分と話が進んでたんだな……」
「警備局長も源三郎氏も、今回の件を受けて私達への協力は惜しまないといった上で、今後の私達への支援体制を強化していただく方針を固めたわ」
「今の時点ではっきりしているのは、これから先私達はMASTERだけでなく、沖田総一とも戦わなければならないということね。たった一人で警視庁を壊滅寸前に追い込んだ手練れである以上、これまで私達が戦ってきたMASTER構成員とは比較にならないことは明白。だから皆も決して油断しないように」
「「「「「了解‼」」」」」
麗華の号令を受けた薫と組長達は同時にそう応えた。
⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶
任務から帰還して任務報告を終えた陽炎の面々は、局長室の前で鉢合わせした真から、昨日の警視庁襲撃の犯人が沖田総次の双子の兄であったという報告を聞いて驚きを隠せなかった。
「まさか、警視庁を襲った賊が、沖田君の双子の兄だったとは……」
「それもタダの双子じゃなくて、遺伝子操作で産まれた天才児だったっていうのがまたね……」
話の余韻に浸りながら最初にそう言ったのは麗美と哀那だった。
「遺伝子操作ねぇ……技術的には可能って話は聞いたことはあるが、人間に転用して天才児を生み出すなんて、SFにありがちな代物をマジでやる科学者がいるとは、にわかに信じがたいが」
「だがこれを話してくれたのは、総次君のお父様の上司だった文部科学省の大臣だ。現に彼が纏めた調書を総次君に渡してくれたからね」
半信半疑の状態の翔に対し、真はそう反論した。最も半信半疑なのは真も同様だったが、証拠がある以上信じるしかなかったというのが正しいだろう。
「でもたった一人で警視庁職員を半数も抹殺したのは事実ですし、その遺伝子操作の影響があったと考えられるんじゃないんですか?」
尋ねたのは清輝だった。
「それは否定できないね。例の資料には、総次君と沖田総一の遺伝子操作の研究には、歴史上の天才学者だけでなく、常人離れした身体能力を持ったとされるありとあらゆる国の武人やスポーツ選手を上回る身体能力も付与されているらしいわ。それに総次君が言うには、沖田総一はこれまでに見たことが無い属性の闘気を使っていたとある」
「「「「見たことがない闘気?」」」」
真のその発言に、陽炎の面々は同時にそう尋ねた。
「純白に輝く闘気と、不気味な漆黒の闘気だってね。純白の闘気は七つの属性とは比較にならない力があり、漆黒の闘気は敵が放った闘気を吸収して倍返しにしたらしい。脅威となるのは間違いない」
「どっちの闘気も厄介この上ないってか……」
「そんな力があるなんて……」
真の説明を受けた翔と清輝はそう言って沖田総一の脅威を改めて感じ取った。
「闘気にはまだ、解明されていない部分もある。沖田総一の闘気もその類だろうね」
「ってことは、総次もあの力を持ってるかも知れないってこと?」
「……可能性は否定できない。闘気の属性や質、更に破界に覚醒するかどうかというのに血縁が関係しているんではと言う説もある。覚醒していない人間の間であってもそれは例外ではない」
麗美の質問に対して真は否定しなかった。だが断言もしなかった。真が言ったように、闘気に関しては研究が進んでいない部分も多い為に「これはこうだ」と断言できる人間は少なく、研究資料にも断言できるという項目は、他の分野の論文や研究結果と比較して少ない。
その為、近年になって新しい発見が多く出るということも少なくなかった。それは日本でも闘気の研究が最も進んでいる機関の一つである南ヶ丘学園も例外ではない。
「遺伝子操作の件はともかく、あの二人が双子って言うのを聞くと、俺としては納得できるな」
「どういうことですか?」
翔の唐突な言葉に疑問を持って尋ねたのは哀那だった。
「今回の警視庁における職員の大量虐殺。そして永田町と霞が関の防衛戦の時の沖田総次の千人斬り。いずれにしても無数の人間を短時間に仕留めている上に容赦のない戦い方をしてるっていうところがなぁ……」
「翔。双子であるからと言っても、二人が同じ穴のムジナだというのは偏見じゃないかな?」
「分かってるよ。あいつには悪いことを言った」
そう言って翔は謝意を示した。
「だけど、私達が太刀打ちできる相手なのかしら……?」
「哀那?」
麗美は珍しく弱音を吐いた哀那にそう尋ねた。
「短時間で多数の人間を仕留められる身体能力と剣腕。歴史上の天才に匹敵する明晰な頭脳に謎の闘気。あまりにも能力差が……」
「能力差は、数と連携で補えばいい」
「リーダー……」
弱音をぼやき続ける哀那にそう言った翔は、続けてこう言った。
「能力で数の優位を覆されても、数を活かすだけの連携の錬度を高めれば、一方的にやられるということはない。まだ奴の力に関して未知数な部分が多いが、俺達陽炎の戦い方の本質を忘れなければ、恐れる必要はねぇょ」
「その通りよ、哀那」
「俺も付いてるからよ!」
「麗美……清輝さん……」
二人の励ましを受けた哀那は軽く微笑んだ。
「本当に、陽炎の絆は麗しいね」
「これでも二年以上一緒に戦ってきたんだ。ちょっとやそっとじゃ俺達は負けねぇよ」
「……だね」
翔の自信に満ち溢れた発言に、真は安心した様子でそうつぶやいた。
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