第13話 野望に生きる男

「総一、さっき三宅から『十二日後にはアジトに戻る』って連絡があったぜ」

「そうか……御三家最後の一人が到着するまで時間が掛かるか……報告確かに受け取ったぜ、和馬」

 応接室のような部屋のソファにかけている少年・沖田総一はそう言って報告をした潟辺和馬かたなべかずまに礼を言った。


「しかしまあ、栃木県内に散っている部下の招集にこんなにも時間が掛かるとはな。予定よりも一ヶ月以上の遅れをどう取り戻すか……しかも三宅の隊との連携の最終確認に二日は時間を取るかもしれないんだろ? そうなったら大変だぞ」

「仕方ない、これまで俺達の活動は極秘に極秘を重ねてやって来た。この間俺が警視庁を襲撃するまでは出来る限り目立った行動は起こさないように自制を掛けてたからな。それに、俺達の組織に加わってることを黙って表向きの生活を送っている連中もここには多い。まあ、確かにお前の言うように時間がいささか掛かって予定が後ろ倒しになったのは否めないがな……」


 予想以上に事を起こすのに時間が掛かったことを嘆く和馬をよそに、総一は余裕を持った言葉を投げかけた。


「その予定の再調整に、作戦課がどれだけ手間取ったか……」

「その辺り、孫崎達には世話を掛けちまった。まあその分は御三家と部下連中と、この俺に背負わせてくれてもいいぜ」


 総一は自信気に和馬に宣言した。すると部屋の扉が開いてビジネススーツを着た青年が入って来た。


「おやおや、その負担とやらは私達だけでなく、潟辺君達の情報課にも来ていることを忘れた訳ではありませんよね?」

「孫崎、お前の方からも文句があったら言ったらどうなんだ?」


 和馬はそう言いながら入ってきた青年・孫崎道真まごさきみちざねに尋ねた。


「和馬君。私達がここまでやって来た理由は何ですか? 私達のボスでによる『強き者が生きる、適者生存の日本』を創造する為です。その為なら、この程度の負担は覚悟の上ですよ」

「ったく……お前は相変わらずクソ真面目だな……」

「そちらこそ、以前から変わらず私が文句を言う前に先に言ってくれますね。やはりその役割は今後もあなたにお頼みしましょうかね」

「お前って奴は……」


 和馬は頭を抱えながら道真に言った。このやり取りは彼らの間ではもはや呼応例となっている。


「それで道真。何かあったのか?」


 すると総一はソファから立ち上がって道真の前まで来て尋ねた。


「これまでに海外から輸入した銃器やその他諸々の武器や食料等の最終チェックが完了したので、その報告を」


 そう言いながら道真は持っていた資料を総一に手渡した。


「ご苦労だった」

「それと、半年前から近辺で確認されている奇妙な連中について、監視役からの報告も」

「ただこの辺りをウロウロしてるのか? それとも……」


 和馬は総一の手元にある資料を眺めながらそう発言した。


「昨夜の警視庁襲撃から妙に動きが活発になりましてね。やはりボスが以前から言ってたように、我々に対して何らかのアクションを起こす為の動きに入った可能性があると見られます」

「やっぱり来たか……」


 総一は道真の報告を聞いて予想通りという表情をしながらつぶやいた。


「……もしこれであの連中が何かしてきたらどうするつもりなんだ? いくら警視庁襲撃の後で目立ってるとは言え、このアジトの場所まで特定されたら……」

「あのエセ新選組連中が、俺達のアジトを探し当てて奇襲をかけてくる可能性が高い、そう言いたいんだろ?」


 和馬の懸念を見通していた総一はそう言ってそこから先に和馬が言おうとしていた発言を封じた。


「お前、その可能性を察していながらわざと……」

「心配は無用ですよ、和馬君。元々今回の警視庁襲撃自体が、今の警察組織ではテロを止められないという印象を国民に植えつけ、国民の混乱を招き、警察やその周りの連中を狼狽えさせて後手に回させるのが目的で行われたものです」

「単純明快で、インパクトのある作戦だったからな」


 総一は不遜な態度でそう言った。


「幹部全て始末することは阻止されましたが、ボス単独の作戦の為、それ以外の戦力を知らないであろう連中が、御三家や部下達の猛攻に多少なりとも手間取る。その隙を付いてボスが国を力づくで奪う。そうなれば、例え先手を取られても問題ありません」

「その通りだ、誰であろうと俺達を止めることなど絶対に出来ないんだからな。何ら心配することは無い」


 道真の言葉を受けた総一は先程以上に自信気に発言した。


「そもそも御三家は俺を相手にした訓練の中でも抜きん出た実力を得た精鋭だ。大抵の連中は俺に辿り着くことすら出来ないだろう」

「ですから和馬君。ボスと彼らの力を、そしてあなた自身の力を信じましょう」

「俺自身の力……」

「あなたが率いる県内各地に点在する情報課員のハッキング能力や情報処理能力こそ、我々の計画の柱になっているのです。だからこそ、私の力も発揮できるというものです」

「孫崎……そ、そこまで言われたらしょうがねぇな……」


 道真からの唐突な称賛を受けた和馬は、頬を紅く染めて照れ隠しをしながらそうつぶやいた。


「しかし、今回の警視庁襲撃の中で、予想外の相手との再会……いや、この場合は初対面と言った方が良いでしょうかね……?」


 自分の方を向きながら言った道真の言葉を聞いた総一は、それまでの上機嫌から一転、やや落胆した表情になった。


「俺からすればどっちでも構わねぇ……だが予想外だったのは間違いねぇな」

「お前の双子の弟……以前から聞いていたが、まさかエセ新選組に所属してたとはな……」

「彼の力が、あなたの言う水瀬氏の研究通りだとすれば、ボスと肩を並べうる唯一の存在でしょうね。流石は水瀬名誉教授だと……」

「おい……‼」


 そこまで道真が言った途端、総一は極めて不機嫌そうな表情で睨みつけていた。


「……失言でしたね」

「奴のことは気にに食わねぇ。俺を成功体と褒め殺しにするだけならまだしも、身体中をいじくってよぉ……」


 普段の余裕に満ちた態度と違う、嫌悪に満ち満ちた表情で吐き捨てる総一に、和馬も道真も申し訳なさそうだった。


「それでも、失敗作として捨てられるよりはいいでしょう」

「どっちがマシなんだか分からねぇがな……」


 道真のフォローを受け、総一もいつもの不敵な笑みに戻った。


「養子に出されてから、引き取り手は俺のこの力を不気味に思ったのか、冷たい感じだったな。まぁ、俺からすりゃあどう思われようが関係ねぇがな」

「最終的には虐待まで発展して、頃合いを見計らって返り討ちにして殺したんだろ? それと気づかれねぇように自殺を装ってよ」

「もう三年以上前の話だなぁ」


 総一は一馬との会話の中で徐々に苦々しい感情を表情に出しながらそう言った。


「その頃だっけか? 道真と会ったのって」

「ええ。まだ十歳も出ていなかったですが、カリスマ性と力に惚れ込みましたよ」


 数馬に尋ねられ、道真は懐かしむような口調でそう言った。


「話を戻すが、沖田総次だが、一応は警戒すべきだと思うな」


 和馬は神妙な面持ちになった。沖田総次が自分達の前に立ちはだかったことで、今後の計画遂行に支障をきたさないかと言う不安があるだ。だが沖田総一だけは彼らと違っていた。


「とは言っても、まだ俺を満足させるだけの力は持ってねぇ。力ではまだ、俺と同じ舞台に立ってはいねぇ。期待してたが……」

「あいつと戦いたいのか?」

「今のあいつでは力不足に過ぎる……とりあえず今は無視してもいいだろう」

「残念そうだな……」


 和馬は総一のどこか失望したような表情を覗き込みながらそう尋ねた。


「退屈なんですよ。これまで自分と互角の相手と戦う機会が無かったボスからすれば、今ほど退屈な世界は無いですよ。六歳で水瀬名誉教授を殺してから彼の関係者家族をたらい回しにされ、不遇な目に遭ってきた。力さえあればこんな屈辱から脱せられる。その思いが今のボスを形作ったのですから」


 総一の心中を察した道真は掛けていた眼鏡の位置を中指で正しながら言った。


「だが、あのエセ新選組やMASTERの中にお前を愉しませるだけの奴がいるかもしれねぇぜ?」

「だといいがな。いずれにしても、力や優れた能力のある者が勝ち残る日本を、俺色の日本を創ろうじゃねぇか」


 そう言って総一は腰に佩いていた鞘から刀を抜いて刀身を眺めた。その刃は新たな強者の血に飢えているかのような怪しげな輝きを放っていた。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


「よし! 今日はここまでだ!」

「「「「「あざっす‼」」」」」


 体育館ほどの広さの空間に、金髪をオールバックにした男が発する低く周囲に響く声に、訓練をしていた三百人以上の屈強な男達も大声で応え、その流れで部屋を出ていった。


「相変わらず威勢が言いですね、幹敏」

「孫崎。こっちはいつも通り、問題ないぜ」


 屈強な男達と入れ違いに入ってきた道真の声掛けに、笠松幹敏はそう答えた。


「桐弥の到着まであと六日。それを聞いたあいつらの気合も、いつも以上に入ってるようだったぜ」

「御三家最後の一人、三宅桐弥が到着すれば、私達の時代の幕開けを告げる戦いの始まりです。総一君の戦意も高まっております」

「相変わらずのようだな、総一も。だがいかにも奴らしくて心地がいい」


 幹敏は道真の強気の姿勢に感嘆した様子で言った。


「適者生存……この混迷の時代、生き残るのはこの時代の流れを変える力を持った者のみ。そしてその力を最も強く持っているのは、総一と私達です」

「ああ。俺達こそ、今の日本に必要な存在。そうだろ孫崎?」

「大きな力を持つからこそ、この国を奪い、力があるものが、その力を存分に行使できる国を作る」

「そしてその旗手に相応しいのは、総一だ」

「力と言う意味では俺達が、財務と政治センスでは道真。情報管理では和馬が中心となる。総一が唱える適者生存の理屈に基づけば、真の意味で国の頂点に立って率いるのは俺達だってことだ」

「後は私達に屈服した連中の力を活かし、この国を目覚めさせる。それが出来れば、短期間で征服は成る。私達にはそれが可能ということを証明しましょう」


 道真も幹敏も、拳を力強く握りしめ、決意を新たにした。

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