第11話 秘密を知る男
「……そろそろか」
薫から言い渡された権蔵との会談は、権蔵側のスケジュールを踏まえて午後四時から始まることになり、総次は警察庁ロビーで権蔵を待っていた。
「君が沖田総次君だね。初めましてだね。警備局長の上原権蔵だ」
総次の背後から、背が高く肩幅の広い身体つきが特徴的な壮年の男性が呼び掛けてきた。上原権蔵その人である。
「初めまして。上原副長には、いろいろお世話になっています」
総次は背筋を伸ばして深々とお辞儀した。
「申し訳ありません。警備局長のスケジュールに負荷をかけてしまって……」
「気にしなくていいよ。それに今回の話は、君や新戦組の今後にも少なからず影響してくることになる」
「はい?」
権蔵の意味深な言葉に、総次は首を傾げた。
「来れば分かるよ。さあ、私の職務室に行こう」
権蔵の言葉の意味を理解しかねている総次だったが、理由を知る為にもと催促されて総次はエレベーターに乗った。
「あの……警視庁側の被害は分かりましたか?」
不意に総次は昨日の警視庁の光景を思い出し、調査に当たった権蔵に尋ねた。
「まだ完全に把握しきれてないが、昨日警視庁に残っていた職員の七割。病気療養している者や帰宅済みの職員を合わせれば、本庁全職員の約半数が昨日の襲撃で死亡した」
「本庁職員の半数……」
予想外の被害に、総次は絶句して俯いた。もしあと少しでも早く到着していれば、被害をもう少し軽くできたのではないか、そんなやりきれない気持ちがあったからだ。
「君達だけの責任ではない。我々の甘さにも原因がある。それに、確かに今回の件は過去に例がないレベルのものだが、いつまでも怯えてる訳にはいかん」
「ですが……」
「沖田君」
「はい」
そう言って権蔵は無念さを醸し出していた表情を正して総次に振り向き、毅然とした態度でこう言った。
「過去のことを反省はしても、いつまでも後悔し続けるのはよした方が良い」
「はい?」
「過去の出来事や経験、反省は現在と未来に生かすことは出来る。だが過去の行いに対する後悔は、前進ではなく後退のエネルギーしか生まない。私としては、出来れば今を生きる人には前者を心掛けてほしいと思っているのだ」
「……お気遣い、ありがとうございます……」
権蔵の気遣いに、総次は顔を上げて礼を言った。
「確かに、今回を含めたこれまでの不祥事で国民の警察不信は一層強くなったが、我々もこのまま終らんよ」
「……僕も、改めて覚悟を決めます」
話を終えたのと同時に、エレベーターが指定された階に到着したことを知らせる音を鳴らし、総次と権蔵は降りて警備局長室へ到着した。辿り着いた総次は、先程権蔵が言った言葉の真意を確かめるべく彼に尋ねた。
「それで、僕と新戦組全体の今後に関わる話というのは、一体何なんでしょうか?」
「それは、この中にいる人が語ってくれる」
そう言いながら権蔵は警備局長室の扉を開いて総次を中に招いた。すると中のソファに掛けていた白髪の壮年男性が総次の視界に入った。壮年男性は総次に対して微笑みながら挨拶をした。
「……初めまして、になるかな? 沖田総次君」
「始め、まして……」
正体の分からない中年男性に戸惑う総次。するとそれを見た権蔵は壮年男性の横に移動して彼の紹介を始めた。
「元文部科学省の審議官で、現在、文部科学大臣の
「父の……‼ しっ、失礼しました」
総次は慌てながら田辺氏に対して深々とお辞儀をしながら謝罪した。
「大丈夫だよ。改めて、田辺敏郎です、よろしく」
そう言って田辺氏は総次に手を差し出し、総次はそれに応えて握手をした。そして一段落したところで、権蔵は両者をソファに案内して向かい合うように座るように招き、それに応じて二人もソファに腰を掛け、権蔵は田辺氏の隣に腰を下ろした。
「いやはや……君の顔はお母様によく似たようだね……」
「そうですか……」
「まあ、君が四歳の時に事故で亡くなったんだ。ご両親も共働きで保育所に預けられていた時間の方が多かっただろうから、あまり顔を覚えていないかも知れないが……」
「確かに、物心がつくか否かの頃のことなので……」
「そうか……それから君は、お父さんの公彦君の妹さんに預けられたんだったね?」
「その叔母も、去年癌で亡くなりました……遺産も祖父母が勝手に横取りして、無一文になりましたが……」
「……そうか……」
総次の身の上話を一通り伺った田辺氏は、彼を穏やかな表情で見つめた。
「一つ、よろしいでしょうか?」
唐突に総次は権蔵の方を振り向いて質問をした。
「何かな?」
「警備局長と田辺さんとは、どのようなご関係なのでしょうか?」
「田辺氏は私がいた大学で学部違いの二年先輩で、同じチェス部で親交があるんだ」
「今回の会談は、警備局長名義で開かれたと上原副長から伺いましたが……」
「……まあ、こうでもしないと、本部の組長として多忙を極める君に、今回の事件と関連する君の出生の秘密を話せなくなると思ってね」
総次の発言に、田辺はふとこんなことを言い出した。
「僕の出生の秘密……ですか?」
警備局長の説明に、総次は戸惑った。確かに総次は自分のことに関して全てを知っているわけでは無いが、それでも突然そのようなことを言われれば混乱するのは無理のないことだ。しかし田辺氏は努めて笑顔で総次に声を掛け続けた。
「まあ、そうなるのは無理のないことだね」
「はぁ……」
田辺氏が穏やかな表情で行った気遣いに総次はやや落ち着きを見せ、それを確認した田辺氏はコホンと咳払いをして場の空気を改めた。
「本題に入る前に、今日上原君を仲介者として君との会談の場を設けた理由の説明からした方が良いかな?」
「……昨日の警視庁襲撃の件にも、関係すると?」
「その通りだよ」
自身の質問に対する田辺氏のリアクションに総次はやや身構えたが、彼がこれから話すことが自分の出生と昨日の警視庁襲撃に関することと聞き、一層真剣な表情で臨むことにした。
「……例の賊、奴が僕の双子の兄を名乗ったことも、既にご存知なのでは?」
「上原君から聞いているよ」
「では、あれは嘘偽りのない事実なんですね?」
詰め寄るほどの勢いで田辺氏に尋ねた総次に、田辺氏は落ち着きを払いつつ無言で頷いた。だがこの直後の田辺氏の発言が、総次を更なる混乱に導いた。
「それも、ただの双子ではない」
「はっ?」
「……君と、警視庁を襲った少年、名前を
その言葉に、総次は愕然とした。
「僕と沖田総一が、デザイナーベビー?」
「……ああ」
「でも、あの研究は日本ではまだ成功例はない筈ですよ。それに倫理や法律の問題もありますし……」
「表向きは、ね……」
「そんな……」
田辺氏が説明した自身の出生の秘密を受け入れられない状態の総次。
「……当時の段階で僕と、沖田総一を遺伝子操作によって生み出せるだけの技術力を持った科学者が、僕らを実験の為に極秘で生み出していたと?」
「だがその成功が、結果的に昨日の惨劇の遠因になってしまったのだよ」
「僕の出生が……」
総次は全身の力が抜けるような感覚に陥った。自分が遺伝子操作の実験の成功例として生み出されたということ。そしてその自分の出生が巡り巡って警視庁で起こった惨劇に繋がっていること。それらを五分にも満たない時間で聞かされた総次は、自分の心がえぐり取られる錯覚に見舞われた。そんな彼の態度は、田辺氏や権蔵の目にも明らかだった。
「これから私が話すことは全て事実。それを覚悟した上で、聞いてもらえるかね?」
混乱から抜け出せない様子の総次に対し、田辺氏は念を押す形で尋ねた。それを受けた総次は三十秒程無言で俯いて深呼吸した後、面を上げて静かに頷いた。それが、総次が自身と総一の出生の秘密を知る覚悟を決めたという合図であると理解した田辺氏は、先程までの好々爺然とした表情を改め、真剣な表情になった。
「では、話すとしよう」
田辺氏はそう前置きして事の顛末を話し出した。
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