第10話 新たなる脅威、白き鬼……‼

「沖田君の双子の兄……」

「はい。確かにそう言ってたっス」

「そう……あの子に……」


 総次と一番隊を連れて本部に帰還した真と修一は、総次を一番隊組長室のベッドに寝かせたその足で局長室を訪れ、麗華と薫に警視庁襲撃の報告を行った。


「……信じられないかもしれないっスけど、俺も総次も確かにこの目と耳で確認したっス。総次をここまで追い詰めて、警視庁を壊滅させたあいつの力を、職員連中は、白い鬼みたいだったって言ってたっス」

「あなたが嘘を言ってるとは全然思ってないから、安心して」


 そう言って麗華は修一に安心するように静かに伝えた。


「しかし、ヘリコプターで彼を迎えた人が彼を『ボス』と呼んでいたこと。そヘリコプターを所有できる資金力から、独自の組織を持っていると見るべきね」

「だったら全国の新戦組支部が全力で探せば、何とかなるっスよ‼」

「ところが現状、すぐにとはいかないんだよ」

「え?」


 打倒テロリストに燃える修一の気合に水を差すように言葉を挟んだのは真だった。


「どういうことなんスか⁉」

「上原警備局長が主導した取り調べにおける警視総監達の証言では、彼が『MASTERというテロリスト連中』と言ってたことから、その一員ではないと考えてもいいだろう」

「それがどうしたんスか?」


 修一は真に詰め寄って尋ねた。


「僕達は、あくまでMASTER討伐の為の部隊だ。それと関係のない組織が敵になったとしても、その原則を無視して勝手に動くことは出来ない」

「そんな……あいつはたった一人で警視庁を襲える力を持った奴っスよ⁉ それなのに組織の原則が理由で動けねぇなんて納得できねぇっスよ‼」


 真の説明に納得のいかない修一は彼に苛立ちをぶつける。 修一の感情は当然真達でなくとも理解できるものであり、このような感情をぶつけるのも無理ないことであろう。その上で麗華は修一に向かってこう諭した。


「話は最後まで聞きなさい。私達は『現状では勝手に動けない』とは言ったけど『彼らに対して何の対応も取らない』とは言ってないわ」

「え?」


 麗華にそう諭された修一はきょとんとした表情で麗華を見た。そこで彼がある程度話が聞けるようになったと判断した薫が説明を引き継いだ。


「今回の事態を受けて、お父さ……警備局長や鳳城院会長、そして椎名会長は私達に彼らの迎撃許可を出してくれると約束してくれたわ。多少の時間は要するけどね」

「……マジっスか?」

「事実よ。ただその少年の力や組織力の全容が未知数である以上、今のままで迎え撃つのは危険だとして、諸々の準備が必要だから即座に動けないだけなの。この間のBLOOD・Kの時に失った九番隊と十番隊の隊員達の穴埋めもまだ終わっていないし……今まで以上に万全の態勢で臨む必要があるのよ」

「そ……そう言うことっすか……」


 修一は話を理解して飲み込んだ。


「それよりも問題は総次君ね。あの少年と戦ったのはあの子だけだからね。今は疲れて寝ているから、起きてから話を聞かないと分からないわ。一番隊も相当に疲れてるし」

「じゃあ明日は一番隊に休暇を与えると?」

「ええ。京橋三丁目制圧の報告書は、今週中に提出するように私から伝えるわ。あなた達の報告書も、明日中には提出してもらうわよ」

「「了解!」」


 真の言葉に補足する形で薫が説明し、それに応えて真と修一は敬礼した。すると麗華が何か思い出したかのように顔を上げてこう切り出した。


「ねぇ薫。あれはどうしたらいいかしら?」

「そうね……」

「あの……あれって一体何のことっスか?」


 急に目の前で話題を変えた二人が気になった修一が二人に尋ねた。


「上原警備局長から先程連絡があったのよ。近いうちに総次君と話がしたいって」

「それはまたどうしてだい? 麗華」


 意外そうな表情で真が割り込んできた。


「なんでも、総次君に確認したいことがあるって言ってたんだけど……」

「お父さ……警備局長が沖田君を呼んでるということに関しても、私の方から本人に伝えるわ」


 それ以上は二人共言葉に詰まってしまった。事件終息から一時間程経った時に唐突に薫のスマートフォンに連絡が入ってこの頼みがあり、理由も詳しく説明されなかったこともあってこのこと自体をどう説明すべきか整理が出来ていなかったからだ。


「それと……明日あの子が起きて食事を摂り次第、副長室に来てもらうことになるわ」

「確かに、例の少年に関して、詳しく聞きたいことは山積みだからね……」


 薫の言葉に、真は腕を組みながら頷いた。


「さて……これからは今まで以上に大変になるわね……」


 麗華のつぶやきを聞いた他の三人は、静かに深々と頷いて賛同の意を示した。



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「総ちゃん起きてるかな~」


 八月二十六日、午前八時。紀子に呼び出された夏美は保志から「総次に朝食を持っていってほしい」と頼まれ、手渡された弁当を手に一番隊組長室を訪れていた。


「総ちゃん。総ちゃん起きてる~?」


 ドアをノックしながら呼びかける夏美。だが一向に総次の声は聞こえてこなかった。


「……返事が無いなら勝手に入っちゃうぞ~」


 夏美は小さくつぶやきながらドアノブを回して中に入った。

電灯が灯っていない為に薄暗かったが、ベッドの上で未だに眠っている総次の姿を確認することが出来た夏美は、ドアの近くの小さなテーブルに弁当を置いて総次を起こさないようにベッドの脇に近づいた。


「……ホント、寝ているときの総ちゃんって可愛い……」


 寝ている総次を起こさないように右手で総次の頬を軽く撫でながらつぶやいた。


「待て……ここで逃がすか……」

「……総ちゃん。何の夢を見てるのかな……?」


 夏美はそう言いながら総次に顔を近づけたが、その時の小さな動作でツインテールの片房が総次の鼻先を擽ってしまった。


「ふぁ……ふぁ……ふぁっくしょん‼」

「きゃあ‼」


 鼻先を刺激された為に出たくしゃみによる総次の無自覚な頭突きをかわせなかった夏美は、額に迸った痛みに悲鳴を上げてその場に倒れ込む。


「いっつ……って、夏美さん?」

「お……おはよう……総ちゃん……」


 額の痛みを堪えつつ笑顔で総次に朝の挨拶をした夏美を見て、同じく額の痛みに悶える総次はことを悟って急に申し訳なさが込み上げてきた。


「も……申し訳ありません! 何があったかは分かりませんが、夏美さんに怪我を負わせるようなことをしてしまったようで……」

「心配しないで。総ちゃんこそ大丈夫?」

「僕は大丈夫ですが……どうして夏美さんがここに?」


 総次が首を傾げながら尋ねると、夏美は微笑みながらドア付近にあるテーブルの上に置いた弁当を差し出した。


「朝ご飯を持ってきたの。中身は保志さんお手製のサンドイッチ。紀子さんに頼まれたの」

「本島さん達が……後でお礼を言わないといけませんね……ありがとうございます、夏美さん」

「どういたしまして。あっ! 忘れるところだった……」

「はい?」


 突然夏美は豊満な胸の前で両手をパチンと合わせてそう言った。


「その途中で副長に頼まれたことなんだけど、朝ご飯を食べ終わったら副長室に来るようにだって。副長が昨日のことについて詳しく聞きたいから来てほしいって」

「副長室に、ですか……そう言えば、京橋三丁目の拠点制圧任務の報告書をまだ提出してなかった……それに着替えてなかった……」

「そっか……総ちゃん、昨日は警視庁の救援に行ったんだよね……」

「警視庁……そう言えば、あいつは……」

「ん? どうしたの?」

「……警視庁の件は、もうニュースにはなってるんですよね?」

「勿論‼ 大事件よ‼ 今、警視庁って壊滅状態なんでしょ?」

「ええ。夏美さんや他の組長方は昨日の件に関して、どこまでご存じなんでしょうか?」

「修一さんと真さんから聞いた。もうみんな知ってるよ……」

「そうですか……」


 一通りの会話を終えた総次は、手渡された弁道の箱を開けて中身のサンドイッチを視線を移した。


「……保志さんがお作りになる料理は、いつもおいしいですね……」

「そうね……じゃあそのおいしいご飯を食べて元気を付けてね!」

「了解しました」


 ベッドで敬礼した総次に対し、夏美も軽く敬礼して応えて部屋を後にした。それを見送った総次は弁当箱からサンドイッチを一つ取り出して食べ始めた。


「……まだ力が足りない、か……」


 租借しながら総次は、昨日あの少年が言った言葉に引っ掛かりを覚えていた。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


 朝食を食べ終えた総次は、すぐさま薫のいる副長室へ駆けつけた。


「一番隊組長の沖田総次。入ります!」

「どうぞ」


 ドアの前で敬礼して到着を知らせた総次は、中から聞こえた薫の声を確認して直ぐにドア付近のボタンをを押して扉を開き、執務室に入った。


「昨日はご苦労様、無理言ってごめんなさい」


 机に掛けていた薫はそう言って総次を労い、席に付くように手振りをした。


「いえ。それで、僕に聞きたいことと言うのはやはり……」

「ええ。警視庁の件よ」

「ですが、京橋三丁目のMASTER支部制圧の報告書を提出してません……」

「そっちはこの際不問にするわ。大師討ちが代わりにやってくれたから。それと警視庁防衛任務に関しては、澤村君と真が既に報告書を提出してくれたわ」

「……ということは、上原さんは警視庁を襲撃した賊についても、澤村さんから伺っているということに……」

「ある程度はね。でも詳しいことはあなたから聞くのが一番と思ってるわ」

「……僕が双子だったということと、その彼の実力についてですね?」

「ええ。単刀直入に聞くけど、あなたは自分に双子の兄弟がいるということは知らなかったのね?」

「はい、間違いありません」


 質問を投げかけられた総次は、声を大きくして否定した。実際、この事実を知ってもっとも動揺したのは、他でもない総次だったからだ。


「それで、その少年はどういう戦い方をしたのかしら?」

「……白い闘気と、黒い闘気を使っていました……」

「白と黒の闘気?」


 少年が使っていた闘気の色を言われた薫は、首を傾げながらそうつぶやいた。


「ええ。本人がそれを闘気だと言っていたので、間違いないかと……」

「詳しく聞かせてもらうわ」


 薫はそう言いながら謎の闘気に関しての情報を仕入れようと更に突き詰めた質問を投げかけた。


「……白の闘気は、他の属性が比較にならない程の極めて攻撃的な闘気でした。攻撃力や一撃の重さはそれらの闘気とは比較になりませんでしたが……」

「そう……それで黒の闘気の方は?」

「僕の放った闘気を吸収し、倍返しにしました」

「純白の闘気が攻撃に、漆黒の闘気がカウンターに……確かにかなり厄介ね。その闘気の調査は、本部の資料や闘気の関係機関。そして南ヶ丘学園にも依頼するわ。それ以外に気になることはあったかしら?」

「……この国を欲すると……言ってました」

「⁉」


 それを聞いた薫は顔を強張らせて身体を震わせた。事実上の征服宣言に違いないことは総次も承知し、彼自身も衝撃を受けていたが、総次は更に報告を続けた。


「彼が警視庁を襲撃した理由は、警視庁幹部の殺害が目的だったらしいです」

「警視庁襲撃の理由は、警視庁幹部への取り調べで分かってはいたけど、まさか国家征服を匂わせる言葉を口にしてたなんて……」

「その発言がその場での余裕からくる単なる戯言なのか本心なのかは、現状では判断できませんが……」

「……あれだけの力を持った人間であれば、野心を抱いても不思議ではないけど……今の段階での断定は時期尚早ね」

「そう言えば、例の賊へは、新戦組として今後どうなさるおつもりでしょうか?」

「警備局長や麗華のおじいさま達出資者が許可を出して、彼らも討伐対象に含まれる予定よ。その手続きも今日には終わるわ」

「そうなると今後は、二つの勢力と戦わなけれればならなくなるということに……」

「今後はその為の準備も必要になるわ。今週中にも麗華や他の組長達も、陽炎も各支部の隊員達も、その為の訓練に入るわ」

「……戦いは、続きますね……」

「ええ……」


 総次のそんなつぶやきを聞いた薫は顔を曇らせてそう言った。総次としては、このような戦いで多くの罪のない人々が死ぬのを、これ以上見たくないという思いが強かった。


「……聴取は以上よ。それとあなたに報告と伝言があるわ」

「何でしょうか?」


 薫のその発言に、総次は微かに首を傾げながら言った。


「一番隊は今日一日休暇よ。立て続けの任務で疲労もあるでしょうからね」

「ですが僕は、結局賊を仕留めることは出来ませんでした。その上、各部署の部長を含む警視庁職員に多数の犠牲者を出してしまい……」

「それはあなた一人の責任ではないわ。抱え込んじゃダメよ」

「……了解しました。それと、伝言というのは?」


 総次は薫にもう一つの質問を投げかけた。


「警備局長が近いうちにあなたと会って話したいことがあるってことよ」

「警備局長って、上原さんのお父様ですよね?」

「ええ」

「何故警備局長が僕に話がしたいと?」

「詳しいことはあなたと会った時に話すと言ってたわ」

「日時の指定はされているんですか?」

「あなたの都合のいい時で構わないわ。但し今月中によ」

「でしたら今日でも構いません」

「え……今日?」


 薫は驚きながら言葉を漏らした。


「今日では駄目ですか?」

「大丈夫と思うけど……あなたの身体は大丈夫なの?」

「問題はありません」

「そう……じゃあ私の方から伝えるわ。それでも午後からってことになると思うけど……」

「了解しました」


 総次はそう言って敬礼し、聴取は終わった。 

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