第9話 赤狼達の決断
赤狼司令室の戻った翼と御影は、他の赤狼七星の面々が自室に戻って休息に入ったことを確認した後、紅茶を啜りながら支部からの報告を待っていた。
「警視庁を襲った賊と、我らが赤狼の大将と、タイマンで戦ったらどっちが勝つだろうね?」
「……お前、この状況を愉しんでないか?」
翼は仮面を外して窘めるように言った。
「極めて不愉快だ。だが気になっただけだよ。少なくとも俺はここしばらくの間、お前が全力で戦った姿を見たことがないぜ?」
「ここ一年程は前線よりも後方で指示を出すことが多くなった。一応これでも司令官だからな。それに、まだ俺はあの力を完全に使いこなせている訳じゃない。修行する時間も確保できないんじゃ、全力も何もない」
「だがそろそろ全力で戦わないとヤバいぜ? あんなことをする敵を相手に、あの力なしで勝てるという保証はあるか?」
「……ない」
その御影の言葉に、翼は小さく答えた。そんな二人の会話を断ち切ったのは、翼の机の上に置かれている固定電話の着信音だった。
「幸村だ」
『財部です。例のヘリコプターに関する最終報告です』
受話器越しに聞こえてきたのは財部の声だった。
「それで財部さん。どこまで追跡できましたか?」
『翼様が去って以降も進行方向に変化は無く、最終的には栃木県で着陸の為に高度を下げ始めるところまで確認できました』
「そうですか……」
『それと同時に入った情報ですが、今市に潜伏させていたスパイから、追跡班が栃木県でヘリを確認したのと同時刻に、今市付近で例のヘリコプターが着陸するのが確認されたとのことです』
「分かりました。ありがとうございました」
そう言って翼は受話器を置いた。
「財部さんからか?」
「ああ。例のヘリコプターは、栃木県西部で着陸態勢に入ったところまで確認できた。更に今市にいるスパイから、同時刻に例のヘリコプターがその近くに着陸したのもな」
「ってことは……」
「決定的だな……」
そう言って二人の会話は途切れてしまった。決して二人が今市に関する職務に対して怠惰な姿勢であった訳ではない。だが雑用同然だと思っていた仕事が、未曽有の大事件に浅からず関係しているということに対しての衝撃が大きかったのも事実だった。
「一時間後に幹部会議を開く……」
重い口を開いた翼はそう言って御影に視線を向けた。
「分かった。あいつらにも伝えておくよ」
御影は優しく翼の肩を軽く叩いた。何事においても赤狼司令官としての責任感が強く、一人で抱え込む傾向がある翼が必要以上に思い込まないようにという彼なりの配慮である。
「ありがとう……」
無論長い付き合いである翼もそれを重々承知しており、彼の気遣いに微笑を浮かべながら礼を言うことが出来た。
「これから大変になるな……」
「まあそれは警視庁や新選組モドキも一緒だろうがな……」
そう言って翼は座っている椅子を後ろに回して紅茶を一口啜った。
⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶
「で、これからどうするつもりだ?」
一時間後、御影に事前に通告された通りに赤狼司令室に集合を掛けられた幹部達。その中で真っ先に翼に対して今後の方針を尋ねたのは、ソファにぶっきらぼうに腰を掛けていた慶介だった。
「無論、今市に潜んでいる賊を野放しにするつもりは毛頭ない。既に加山様を通じて大師様に許可は取ってある」
「許可って?」
将也は右手に持ったアイスバーに噛り付きながら尋ねた。
「今市への出兵だ。それも赤狼から選抜したメンバーでな。実質的に赤狼としては、公式記録に残る初の武力衝突になる。幹部クラスは全員投入する予定だ」
「やっぱり叩くんだな……」
一見して飄々とした態度で言った尊だが、微かに震える拳からも、彼が武者震いしているのが周囲にも分かった。そしてその武者震いは御影以外の他の幹部達にも等しく訪れた感情であった。
「ただし、向こうに潜らせたスパイからの情報を蓄積し、サイバー戦略室での整理が終わってだ」
「え~‼ 直ぐに攻め込むんじゃないの?」
アザミは残念という表情で間延びした声で翼に抱き着きながら尋ねた。すると彼の隣で苦笑いしていた御影がアザミにこうフォローした。
「情報も事前対策も無しに闇雲に攻め込んで全滅の危機に瀕したら元も子もないだろ? 大事を成す為にはこう言った情報ってのが大事になる」
「それに、赤狼が誇るサイバー戦略室の情報処理能力や整理力が高いのは周知のことだ。財部さん達なら収集された情報を即座に整理してくれるだろう」
御影に続いて翼はこう補足した。そもそもサイバー戦略室は赤狼発足時に本隊のサイバー対策室から優秀な人材を選抜して発足したチームであり、本隊のサイバー対策室と比較して少数であるが精鋭ぞろいであり、各地の支部から集めた情報を基に部隊を動かす組織の心臓部と言える組織だ。
昨年まで赤狼が従事していた暗殺・諜報活動が円滑に行われたのも、彼らの力あってこそである。
「とは言っても、のらりくらりしてる暇はないんじゃないかい? 奴らが次に何をしてくるのかもわからないんだぞ? 下手したら先手を取られるって可能性も大きいぞ」
御影と翼の自信に満ちた意見に異論を述べたのは八坂だった。一見して好戦的な女性ではあるが、状況によっては冷静な判断がとれるのも彼女の特徴と言われている。今回も状況を鑑みて彼らに釘を刺す言葉を投げかけて彼らの回答を待った。
「八坂の言うことも分かる。だからこそ、スパイには足利市への監視を強化させ、その上で今朝送ったスパイに隠密行動を重視しての諜報活動に当たらせている。財部さんは、今日を含めての三日間で事を起こすのに十分なデータを収集して見せると宣言してくれた」
「今日を合わせてたった三日間で?」
あまりにも短い諜報機関を提示した翼に懸念の意を示した瀬理名は、御影にフォローを頼んだ。
「財部さんとサイバー戦略室の本気を信じればいいさ。警視庁を襲った連中だって単独で何かを成そうとしないだろうし、次の動きまでにある程度の時間はあるだろう」
「そうだな。じゃあその辺りは財部さん達に任せることにしよう。これ以上あたし達が心配し過ぎても何も始まらないだろう」
瀬理名はそう言って自身の中にあった懸念を振り払った。不安そのものを完全に消し去ることは無理だったが、後ろ向きなことを想定して手を打つのは翼や御影達のすることであると割り切って納得したからである。
「一応今回の事態に合わせて本隊から新しく向かわせたスパイと並行し、既に今市市近郊に潜伏させているスパイには引き続き監視をさせている。先手を打たれた場合も迅速に対応できるように準備はさせておいた方が良いだろう」
瀬理名のつぶやきを聞いた翼は、彼女の懸念を察してこうフォローした。
「俺達がこれから戦う敵はたった一人で警視庁を襲撃した奴だ。一瞬の油断が命取りになること。各支部の情報収集と並行して、お前らも同志達の稽古を入念に行っておけ。出撃時期はサイバー戦略室からの情報が集まった三日後。八月三十日を予定している。明日中にも部隊編成表を作成して渡しておく。改めて全員、気を引き締めろよ!」
「「「「「「勿論だ!」」」」」」
翼の号令に対し、御影達六人は一斉に気合を引き締めて応えた。
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