第4話 動き出す新戦組

「警視庁が襲撃……か……」

「既にエントランスにいた職員の大半に死傷者が出ており、更に階段を使って更に上の階に向かっています」


 瞳を閉じてそうつぶやいたのは、警察庁警備局長であり、上原薫の父親である上原権蔵かみはらごんぞうだった。白帽子の少年から襲撃を受けて直ぐに警察庁に飛び込んできた血まみれの男性職員からの報告を受けた。


「君、その血は……」

「……同僚のものです……」

「……それで、新戦組には報告済みか?」


 権蔵は男性職員の同僚を悼む気持ちを一瞬見せつつも、すぐさま切り替えて状況確認を急いだ。


「はい。既に連絡を入れました」

「分かった。大師討ちでも出動できる者に緊急連絡を入れる」

「ありがとうございます」


 男性職員はそう言って敬礼した。


「そうなると、今警視庁に戻るのは君にとっても危ないな。ことが終息するまで、ここで避難していなさい」


 権蔵はハンドシグナルで男性職員に部屋のソファに座るように指示した。そして机の上にある電話で太師討ちに連絡を入れ、捜査員を警視庁に向かうように指示を出した。


「……どうして……こんなことになってしまったんでしょうか……」


 権蔵が指示を出した直後に、血まみれの職員は俯いてテーブルに拳を撃ちつけながらつぶやいた。本来なら失礼極まりない行為だが、権蔵は男性職員の無念に満ち溢れた心境を察し、敢えて咎めなかった。


「後の事は新戦組と大師討ちが対処してくれる。彼らを信じよう」


 権蔵は男性職員に対して努めて穏やかな口調で言うのだった。



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 警視庁襲撃の情報が新戦組本部に入ったのは、発生から五分後の午後八時十五分だった。情報を受けた上原薫は局長室から緊急指令を入れ、二番隊組長・椎名真と八番隊組長・澤村修一に、各々の部隊の前戦力を率いて大至急警視庁庁舎に向かうように指示を出した。


 更に京橋三丁目のMASTER支部制圧直後の一番隊にも同様の指示を伝え、本部帰還前に警視庁に向かうように追加指示を出していた。


 この時フリールームで談笑中だった二人は、放送を聞くなり組長室に向かって得物を手にし、部隊に号令を出してバスに乗り込み、サイレンを鳴らしながら警視庁庁舎に向かっていた。


「ったく‼ 警視庁庁舎を襲うって、どういう神経してんスかね⁉」


 警視庁庁舎に向かうバスの中で、別のバスに乗っていた真に電話でこう言った。


『今は現場の状況を確認することが最優先だ。それに現場には総次君が率いている一番隊も向かわせたんだ。最悪の事態は避けないとね』

「最悪の事態って……」

『薫曰く、今日のこの時間は警視総監以下、十二人の幹部が定例会議を行っている……』

「……まさか……」

『警視総監を含む幹部全員の殺害……たった一人で警視庁に殴り込んで多くの犠牲者を生み出してるとすれば、決して非現実的な話でもないよ』

「とんでもなくヤバい状況っスね……」

『距離的に総次君達の方が早く現場に到着してると思うから、足止めはしてくれると思うけど、長引くと却って不利になるだろうね』

「そうか……総次は拠点制圧任務の影響で疲れてるかも知れない……そうなると……」

『そういうことだよ。だからこそ急がないとね』

「了解っス‼ じゃあ、俺はこれで」

『うん。後は庁舎についてからだ』


 そう言って真は通話を切った。



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「庁舎までは、このバイクだとフルスピードで十分あれば到着できますが、バスの方はどうでしょう?」

『恐らく、それから更に五分掛かると思われます』


 薫の指示を受けた総次はバイクにつけたサイレンを鳴らしながら警視庁への道を驀進しつつ、一番隊の隊員が乗っているバスの第三分隊長と無線で通信を取っていた。


『それにしても、まさか警視庁庁舎をたった一人で襲撃する輩がいるとは……』

「僕も驚きましたが、現実に起きている以上、対処するしかありません」

『ですが……』

「人は、科学的にも歴史的にも前例のない現象を聞いただけでは『じゃあ証拠を見せてみろ』と言って歯牙にもかけないことが多いです。それは決して理不尽なことではないですが、一パーセント可能性があるならば、警戒するべきこともあると思います」

『僅か一パーセントの油断……ですか?』

「もっとも、今回の場合は小数点以下でしょう」

『そうなると、この上なく危険ですね。何とか我々だけで対処できればいいのですが……』

「同感ですね。とにかく、急ぎましょう」


 そう言って総次は無線を切りながら更にバイクのスピードを上げて庁舎に急行した。



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「あのバスは……」

「組長!」


 それから十五分後、バイクを下りたばかりの総次に駆けつけたのは、一番隊の隊員達だった。共にサイレンを鳴らしながら法定速度を大幅に超えて現場に急超した一番隊は同時刻に合流し、修一・真達のバスよりも最も早く到着した。

 被っていたヘルメットを取りつつ腰に下げていた黒いメッシュの帽子を被って庁舎内に入ると、目の前に広がる惨憺たる光景に言葉を失った。それは他の隊員達にも等しく訪れた感情であり、彼らの中には吐き気を覚えて口を抑える者もいた。


「う……ううっ……江里菜……」

「か……母さん……母さん……」


 エントランスに倒れていた職員の何人かはまだ息があったが、口々に恋人の名や母親を恋しく思う言葉をつぶやいていた。


「し……新戦組……」


 すると総次が立っている場所の右側から男の声が聞こえた。


「あなたは……⁉」


 無事を確認しようとした総次は絶句した。男性職員は右腕を肩から斬り落とされて口と肩から大量出血しながら近づいてきたのだ。身体が腐っていればゾンビと勘違いしてしまうようなその姿は、見る者に衝撃を与えるのに十分だった。


「大丈夫ですか⁉」


 慌てて駆け付けた総次は彼女にそう尋ねたが、男性職員は首を横に三回振った。どうやらもう長く生きられないと確信したのだろう。


「上の、会議室に……賊が……」

「何階ですか?」


 総次は彼女の耳元で、会議室のある階を尋ねた。


「……分かりました」

「上の会議室には……総監達が……」


 そう言って男性職員は館内地図を取り出して総次に渡して倒れてしまった。総次はしゃがんで首筋に手を当てて脈を確認したが、その時には既に事切れてしまっていた。死亡を確認した総次は、見開かれたままの男性職員の目を右手でゆっくりと閉ざした。

 そして総次はエレベーターに向かったが、既に一階に降りていたエレベーターは破壊されていた。


「ここもか……」

「組長。事態は一刻を争います。ここは階段で向かった方が……」

「そうですね。では急ぎましょう!」


 そう言って総次達一番隊は、速やかに会議室のある階を目指して駆け上がっていった。

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