第3話 警視庁襲撃……‼

「君、見たところ中校生ぐらいに見えるけど……」

「ええ」


 あるタクシーの中で、白い帽子を深く被った少年は、運転手の質問に丁寧な態度で返事をした。


「その細長い袋に入ってるのは、ひょっとして……」

「竹刀です。今日は道場で打ち合いが長引きまして……」

「そうか。私も学生時代剣道をやってたから、随分と懐かしいね」

「そうですか……」


 ルーンミラー越しに運転手の懐かしむような表情を見ながら、少年は答えた。するとタクシーは警視庁近くの歩道で停車した。


「ここだね。家の近くは」

「はい」


 そう言いながら少年はポケットから財布を取り出して五千円札を運転手に渡し、お釣りを受け取ってタクシーを降りた。


「ふぅ……」


 少年は腰のポシェットから無線を取り出してイヤホンを装着して両耳に着けた。


「目的地に到着したぞ」

『よし。ハッキングして手に入れた情報通りなら、奴らは会議中のはずだ。何階は知ってるな』


イヤホンからは少年と同じ年頃の男の声が聞こえてきた。


「分かってる。それで、そこに到達するまでは……」

『お前の好きなようにすればいいさ。制限時間は十五分だ。そうしないと……』

「あのエセ新選組が、あいつらと勘違いしてやって来るってか?」

『その通りだ。既に後退用の手配も済ませてそっちに向かわしてる。思いっきりやってこい』

「言われなくても」


 そう言って少年は無線を切り、警視庁の正面玄関に向かった。すると正面玄関を警護していた警察官が少年を呼び止めた。


「君。こんな時間に一体何の要だ……」

「うるせぇな……」


 少年は急に先程までの穏やかな口調から一変、ドスの利いた声で警察官にそうつぶやきながら袋の中に忍ばせていた刀を抜き、純白のエネルギーを纏わせて警察官が次の動きを取る隙を与えぬほどの剣速で首を斬り飛ばした。


「時間は無駄にしたくねぇんだよ……」


 首をなくした胴体から強烈な勢いで噴き出す血飛沫を浴びながら、少年は刀を収納していた袋を腰に巻き、鞘をそこに刺しながら警視庁舎内に入る。庁舎内では少年の行為を目撃した職員達が戸惑いながらも少年を取り囲もうとする。


「邪魔だ……」


 少年は一切動じずに純白を纏う刀で立ちはだかる職員を難なく次々と斬り捨てながらエントランスを走る抜けた。廊下には無数の屍が転がり、血だまりが出来ていた。


「何なんだ、あのガキは⁉」

「直ぐに庁舎内の全職員に通達し……」


 そう言いかけた職員の一人だが、少年の一太刀で脳天から一刀両断されてしまった。


「確かエレベーターだと身動きが取れなくなる可能性があるから階段を使えと言ってたな。取り敢えず……」


 阿鼻叫喚と血飛沫が共に飛び交う中、白帽子の少年は血刀を振るいながら階段を目指した。


「奴を止めろ‼」

「犯人は一人だっ‼」

「誰でもいい、直ぐに庁舎全体に連絡を入れろ‼」

「上の大会議室では今、総監以下幹部全員が会議中だったはずだ‼」

「上にこのことを伝えろ‼ SITと機動隊の緊急出動の手配もだっ‼」

「念の為に新戦組と大師討ちにもだっ‼」


 生き残り、身体を斬り刻まれながら身体の底から持てる限りの全ての力を引き出して声を上げ続ける職員達を横目に、白帽子の少年は階段を駆け上がっていった。その途中で少年はエレベーターの全ての扉に刀身に集約させた純白のエネルギーをレーザー砲のように発射して破壊した。



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「何か、下がやけに騒がしいぞ……」

「SITと機動隊になんたらって言ってたな……」


 二階の喫煙ルームでタバコを吸っていた二人の刑事が、下の階の物音と声に違和感を持ち始めていたその時だった。


「ぐあぁぁぁ‼」

「んがぁ‼」

「きゃぁぁぁあ‼」


 突如、喫煙ルームの外から無数の職員の悲鳴にも似た声が轟く。二人の刑事は慌てて喫煙ルームから飛び出して様子を見ようとした瞬間、少年の純白の光を纏った刀で胸部を一瞬で一突きにされ、悲鳴を上げることもなく果てた。


「ったく……ここまで雑魚とは思わなかったぜ」


 歯ごたえの無さを嘆くようなつぶやきを発しながらも、少年の太刀筋は次々と死体を作っていった。

 目にも止まらぬ神速で廊下を駆け抜け、眼前に捉えた人間全てを獲物と捉えたかのような動きと太刀筋は、迫りくる狂気の化身の気配を相手に悟らせることさえ許さなかった。


 辛うじて生き残った数人の職員は、眼前に広がる光景に目まいと吐き気を覚えた。手足を吹き飛ばされた職員や、斬り刻まれ、大量出血しながらも助けを求めようとする職員。更には胸部を斬り裂かれて悲鳴を上げる職員とが、廊下を埋め尽くしていたのだ。


 地獄絵図と表現しても過言ではない光景と、死骸が放つ生臭さは、市民を守る為に日夜肉体と精神力を鍛えぬいている職員達であっても、長居することを躊躇する空間を生み出していた。


 そんな感情に支配されていた職員達の下へ、エントランスの襲撃から生き残った職員三人が「白い帽子を被った少年」の行方を尋ねてきた。


「奴はどこへ向かったか分かるか⁉」

「この廊下の突き当りの階段の方へ……」

「まだ上に行くのか‼」


 怯えながら報告した職員の目の前で、尋ねた職員は歯を食いしばりながら右手の拳で壁を強く殴りつけた。その表情は白帽子の少年への恐怖と憎悪が入り混じったものがあった。



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「あと一階を上るだけか……」


 白帽子を被った少年は服と刀の刀身を血に染めながら視界に入った庁舎職員や手配されたSITや機動隊員を手当たり次第に斬殺していった。

 彼の目の前に武装したSIT・機動隊・更にSATの混成部隊の隊員達百人以上が手に盾やライフルを構えて廊下を埋め尽くしていた。


「侵入者め……絶対に奴を食い止めろ‼ 最悪殺しても構わん‼」

「「「「「了解‼」」」」」


 彼らはそう言って白帽子の少年を待ち構える。


「ざっと見て百人か……」


 そう言いながら白帽子の少年は刀身に純白のエネルギーを集約し始めた。


「お前らはここのヘボ職員共と比べれば多少はやるだろうし、これぐらいは大したことないだろうな……」

「貴様、一体どこまで我々を愚弄すれば気が済むんだ⁉」

「ここに来るまで、どいつもこいつも温かったぜ?」

「っく‼ 減らず口を……‼」

「隊長‼ もう我慢の限界です‼」

「ここまで我々をコケにした上、多くの職員が犠牲になってます‼」

「分かってる‼ 全員、撃て‼」


 彼らを束ねていた隊長の許可を得て乱射する隊員達。だが少年は彼らが弾丸を発射されるよりも早く、純白を纏わせた刀で強烈な突きを繰り出して極太のレーザー砲を発射し、左右の壁諸共特殊班の隊員を消滅させてしまった。


 直後に少年は目にも止まらぬ速さで廊下を駆け抜け、辛うじて生き残った残りの隊員を斬り殺した。


「ちっ。こいつらも弱過ぎるぜ……」


 少年は軽蔑の目で必死に抵抗してくる隊員達を見下ろした。決して彼らが弱い訳ではない。豊富かつ厳しい訓練を積み、それに伴って培われた警察官としての正義感は極めて強い。その上立てこもり事件の時にもその訓練の成果を活かして多くの事件を解決に導いた隊員も含まれ、一般的な範疇な犯人であれば確実に逮捕できる精鋭中の精鋭に間違いなかった。


 彼らの不幸なのは、警視庁を襲撃した少年がその一般的の範疇には収まりきらない「前例のない化物」であったことだろう。


「さて……あいつらが来るまであと少しか……」


 足元に溢れる血を眺めながら、少年は会議室目指して走り出した。


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 大会議室では、警視総監以下、十二人の幹部が毎月恒例の報告を含めた定例会議が行われていた。部屋の壁は防音設備が施されており、彼らには下の階で起こっている惨状に気付いていなかったが、職員の一人が全身を血まみれになりながら会議室に入ってきたことによってそれは一変した。


「ど、どうしたのだ⁉」


 血まみれになった職員を見て真っ先に立ち上がって理由を尋ねたのは、警視総監の俵田大五郎たわらだだいごろうだった。


「け、警視庁に、MASTERと思われる賊が……あ……」


 そういって職員は前のめりに倒れた。男の周囲に多量の血が小さな湖を作る。


「……もう手遅れです……全身の六十ヶ所を斬り刻まれています」


 血まみれになりながら報告してその場に倒れた職員に近づいて脈の確認を行った警備部長の笠松権之助かさまつごんのすけは、そう言って職員の死亡の確認をした。


「総監! 彼の言っていたことは事実とみて間違いありません!」

「神谷警務部長の仰る通りです! ここは危険です!」


 警務部長の神谷達之かみやたつゆきの言葉に続き、生活安全部長の山代忠司やましろただしが総監に進言した。


「うむ。だが迂闊に動けば却って危険かもしれん。今はここで救援を待つべきだろう」

「しかし、このままでは……」

「賊が複数なのか単独なのかも分からないなど、対策の立てようが……」


 俵田警視総監の言葉に身の危険を感じて顔面蒼白状態で尋ねたのは、地域部長の川原安武かわはらやすたけと交通部長の本多斬滝ほんだきりたきだった。彼は実務においては優秀だが、命の危険にさらされる経験が皆無であったため、このような醜態をさらしていたのだ。


「総監の仰る通りだ。既に私の部下が対策本部を設立してSATを投入してることでしょう。安心してこの場で待ちましょう」


「先程、彼が事切れる前に言ったようにMASTERによる襲撃だとすれば、既に新戦組や大師討ちを投入していよう」


 毅然とした態度で他の幹部達に呼びかけたのは刑事部長の春原保彰すのはらやすあきと公安部長の利家剛としいえごうだった。彼らは警視庁全職員でも一、二を争う胆力の持ち主と誉れ高く、春原氏は大規模な立てこもり事件の時にも自ら陣頭指揮を執って制圧したという武勇伝を持っている。

 利家氏は副総監を兼任し、その上太師討ち結成以前からMASTERの動向を探っていた警視庁幹部の一人だった。そう言った経緯もあり、このような前代未聞の緊急事態に陥った中でも全く動じていなかった。


「利家公安部長と春原警備部長の仰る通りですな。部署の垣根を越えて、今頃職員が一丸となって対処しているでしょう」


 春原警務部長と利家公安部長の意見に賛同しながら、組織犯罪対策部長の手塚正成てづかまさなりは言った。警備部長や公安部長ほどではないが、彼も職務上この手の修羅場を何度か経験していたので、悲観的にならなかったのだ。


「その通りだ。我々は首都東京を守護する警視庁の官僚だ。本多君も川原君も現場端では無いとはいえ、このような所で狼狽えるでない」


 俵田警視総監はそう言って未だに怯えている川原地域部長と本多交通部長を宥めた。

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