第2話 赤狼達の課題

「……という訳で、栃木県日光市今市、茨城県水戸市。その他諸々の地域に関しては、今月に入っても不穏な動きは見られませんでした」

「そうか……」


 大師室のベッドで寝たきりになっている大師はそう言って、報告をした翼の顔を見た。


「ところで、赤狼の最近の調子はどうかな?」

「どうと、仰いますと……」

「訓練の調子じゃ。加山君からの報告では、そろそろ表舞台に出ても問題ない練度に到達したと聞いておるが……」

「それに関しては御影達に、来るべき大規模攻撃に備え、一から戦術を学び直すよう伝達してあります。俺も彼らからいい刺激を貰ってます」

「そうか、それならばよい。では引き続き、任務の方は頼んだぞ」


 大師の言葉を聞いた翼は再び敬礼し、腰に下げていた仮面を被って部屋を出た。


「お疲れさん、我らが司令官殿」


 そんな彼を出迎えたのは、訓練の担当官としての仕事を終えてハイライトを一服している尊だった。


「尊。お前こそ、隊の訓練ご苦労だった」

「労ってくれるのは有り難いが、最近前線に出てないからな。腕と体が鈍ってないか心配になって来たぜ」


 大師室を出て赤狼司令室に向かう廊下で、丁度トイレから出てきてハンカチで濡れた手を拭く尊とばったり出会った翼は、彼と共に向かうことになった。


「お前の腕が、たかだか四ヶ月前線に出てないからって落ちるとは、俺には思えないな。三年以上お前とは一緒に仕事をしてきたが、任務に当たることが少なかった時期でも、お前の武人としての強さに錆が付いたと思ったことは一度もなかったと思ってる」

「そう言ってくれると、少し気が晴れたよ。本隊の連中に感謝しなけりゃならないな」

「彼らには多大な恩義がある。それに報いる為にも、戦いになったら我らの力を存分に見せつけ、赤狼ここにありと思わせないとな」


 そうこうしている内に、二人は赤狼司令室にたどり着いて中に入った。既にそこには2人と御影以外の赤狼七星が勢揃いして二人を出迎えた。


「お帰り二人共。今日も一日お疲れ様」

「ありがとう、八坂。お前達もご苦労様だ」


 ソファーにぐだっとしながらややぶっきらぼうな態度で出迎えた八坂に、尊は彼女と同レベルのぶっきらぼうさで感謝の意を述べた。


「つっばさ~‼」

「おっと! アザミ……」


 そんな二人をよそに、入ってきた翼に突然抱き着くアザミ。相も変わらず翼への恋慕をのぞかせる光景に、周囲の面は飽き始めていた。


「今日も一日ごくろうさまっ‼」

「そう言ってくれると、疲れが吹き飛ぶよ。お前こそ、今日も八坂と尊と一緒に訓練教官をやってくれてありがとう。ご苦労様だ」


 翼がアザミに感謝の意を述べたのを、ソファに着きながら眺めていた慶介は額に手を当てて呆れ返った声を出した。


「ったくっ。アザミの翼へのスキンシップ過多はいつ見ても暑苦しく感じるぜ……」

「そう言わないの慶介。こんな光景、二年前は年中行事だったじゃない」


 壁に寄り掛かって得物のサーベルの手入れをしながら口元に微笑をたたえる瀬里名。彼女はこのような光景に慣れているものの、他と違って時にあきれ返っているという感情は抱いておらず、むしろ微笑ましく思っている。


「そうだけど瀬理名、目の前で毎回あれをやられるとなぁ~……」

「まあいいじゃないの。平和はいいことだよ?」


 ぶつくさと小言を零し続ける慶介に、のんびりとした表情と口調で宥めたのは将也。戦場では大双戟と巨躯から繰り出される剛力で数多くの敵を屠るが、平時は至極穏やかで平和を好む青年であり、その姿は「気は優しくて力持ち」を体現していた。


「おやおや。業務報告に来てみたら、随分と賑やかだな」


 そう言って微笑みながら司令室に入って来たのは、サイバー戦略室と総務部に今日1日の赤狼の業務報告書を提出した御影だった。


「ご苦労だった、御影」

「ああ。それより、もうお前達は聞いているのか? 中央区京橋三丁目のMASTER支部壊滅の件」

「何だって?」


 翼はやや驚いたような声を出した。彼の動揺自体は小さかったが、動揺自体は瞬く間に他の幹部達にも等しく現れた。


「今から三十分前に支部から直接通信が入ったんだが『壊滅危機、大至急救援を』って言いかけた瞬間に切れちまったらしい。で、念の為に近くの支部から確認に向かわせたんだが、既に警察が占拠してたってさ。ああ。そいつは気づかれずに逃げられたから安心しろ」

「で、誰がやったか分かんのか?」


 タバコの灰を携帯灰皿に落としながら尊は尋ねた。


「確か『黒い羽織を着た中学生ぐらいの少年』っていうのがあったから……」

「沖田総次……」

「あの黒い狼みたいな子ね」


 御影の言葉の続きが何なのかを読み取った翼は彼の名前をつぶやき、八坂は戦慄を覚えたような声を出した。小学校時代にクラスメイトだった翼は言わずもがな、八坂は渋谷・新宿のMASTER支部襲撃の時に総次と同じ戦場に居合わせ、アザミを圧倒したのを知っている。それ故に彼の実力を間接的に垣間見ることが出来た。


「そういや、その黒い羽織を着たガキって、この間大阪にもそれらしい奴が現れて大暴れしたらしいな。確かそんな報告が近畿本部からあったみてぇだが……」


 慶介はそう言いながら瀬理名の方を振り向いた。


「二週間前までに大阪の支部が二十ヶ所制圧された時も、その黒い羽織の少年の姿を見かけたという報告があったわ」


 頷いて肯定しながら瀬里奈は答えた。


「とは言っても、陥落した支部は戦略的に重要度の低い奴ばかりだ。全国にばらまいた戦力も六割以上を関東一円に集中させ終わった時期で、制圧自体は難しくないと思うが、それでもたかだか三週間で全て制圧した事実は、改めて考えても脅威だ。特に慶介達や尊はまだあいつと戦ったことがない。奴ともし今後戦場であったとしたら、気を付けることだ」

「ああ」

「分かったよ」

「了解したわ」

「あいよ」


 翼の忠告を聞いた尊を先頭に将也・瀬理名・慶介の三人は了解の意を示した。


「それに脅威は沖田総次だけじゃない。戦力としてはこちらが上だが、個人の戦闘能力という点では徐々に追いつかれ始めている。うかうかしてられないぞ」


 そう言って御影は翼の言葉に続いて幹部達に忠告を投げかけた。


「更に言えば、警察組織も馬鹿にできないぞ。新選組モドキと違って制圧力はや攻撃力は現時点で低いが、占領や情情報収集力では奴ら以上だ。各支部の情報管理力の高さだけでなく、より高い防衛力も必須になる。数で圧倒出来ていた時代は終わりに近づいている。組織全体の改革が必要になって来たな……」


 仮面を外しながら今後を憂うような表情でつぶやく翼だった。

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