第六章 白き鬼の凶刃

第1話 力増す黒狼

「組長。基地内部の残存兵力は、完全に沈黙した模様です」

「そうですか。それにしても、今回は苦戦しましたね……」


 肩で息をしながら報告をした隊員を見ながら、総次は手にした刀と羽織にこびり付いた血を眺めながら反応する。

時刻は午後七時四十分。この日、総次率いる本部一番隊は、中央区・京橋三丁目で発見されたMASTER支部の制圧任務を言い渡され、選抜した二十人と共に任務に就いていた。


「構成員全員が闘気を持っていたのが大きいですね」

「大阪のMASTER支部制圧任務の時にも思いましたが、やはり徐々に力をつけていると見ていいでしょう」

「二月に匹敵する混乱がいつ起きても不思議に思えなくなる気がします。考えただけでも恐ろしい話ですが……」

「今はその危険性が低いですが、危機感を抱くに越したことはないでしょう」


 そう言いながら総次は集まって来た隊員達の表情を眺める。彼らも隊服に血がこびり付き、数人は手や頬・肩から軽く出血していた。

総次や彼に報告した隊員が言うように、実戦で扱えるレベルにまで闘気を扱える構成員が守備を務めていたこともあり、多少ながらも苦戦を強いられていたのが分かる。


「組長。大師討ちには既に連絡を入れました。ここの情報収集を含めた後の事は彼らに任せ、我々は帰還しましょう」

「そうですね。では僕の方から本部に連絡を入れます。皆さんはバスに戻ってて下さい」


 そう言って総次は隊員達と別れてバイクを停めた場所に戻りながら、腰に巻いたポシェットからスマートフォンを取り出した。



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「分かったわ。ご苦労様」


 局長室で麗華の仕事を手伝っていた薫は、そう言って総次からの報告を聞いてスマートフォンを切った。


「総次君から?」

「ええ。京橋三丁目で発見したMASTER支部の制圧に成功し、これから帰還すると」

「そう……」

「どうしたの? 麗華」

「ううん。何でもないの」

「入隊してこの半年、あの子は一番隊組長として数多くの武勲を立てたわ。当初は入隊直後に組長に就任したことに反発していた隊員達も、あの子への信頼を持って戦うようになった」

「僅か半年でここまでの戦果。入隊した時からは思えば、到底考えられなかったわ……」

「……複雑かしら?」

「え?」


 麗華は確認していた報告書をめくる動作を一旦止める。


「弟のように可愛がっていた沖田君が、戦争の中で敵を討ち取ることで無数の功績を立てて信頼を得ていくことを、素直には褒められない……そういうとこかしら?」

「……私は……」

「まあ、無理に言わなくていいわ。あの子を戦いに巻き込んだ原因を作ったのは私。その事でどうこう言う資格は、私にはなかったわね」


 そう言いながら徐々に表情が暗くなっていく薫。


「そんなこと……」


 麗華は薫のその言葉を否定しようとしたが、薫は首を横に振って無用の意を伝えた。

 実際、半ば誘導する形で総次を新戦組に入隊させたことに対して、薫は強い責任を感じていた。霞が関・永田町襲撃事件の直後も、麗華と二人きりになった時にこのことについて即座に謝罪している。その時麗華は「無理やりな勧誘は褒められたことではないけど、結果として敵を撤退に追い込んだのだから良しとする」と言って、あまり責任を感じないようにと慰めた。

 だが薫が指摘したように、総次が人殺しで数多くの武勲を立てることに対して複雑な感情を抱いているのは間違いではない。それは決して総次だからという理由だけではなく、能力が優れているということに目を付けて、助けた人間を強引に戦いの世界に勧誘した薫の考えに、結果的にとは言え協力しまったことへの罪悪感もあったからだ。修一の時も花咲姉妹の時も、彼らの方から入隊の意を伝えたことを思うと、尚更そう思えたのだ。


「でも、安心はしてるわ」

「安心?」


 麗華のその言葉に首をかしげる薫。


「どんな理由があるにせよ、あの子が一番隊の隊員達からの信頼を得られたのは、素直に嬉しいと思ってるわ」


 麗華は微かに微笑みながら薫に言った。


「そう……」

「あの子と同じように、永田町と霞が関の時から、私も覚悟を決めてるわ」

「覚悟、ね。私も改めて、覚悟を決めるときね……」


 薫はそう言って会話を終わらせ、改めて二人は再び報告書の整理と確認を続けるのだった。



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午後八時四十五分。地下訓練場で三番隊と四番隊の合同訓練を終えた助六は、佐助を訓練終わりの入浴に誘ってそこへ向かっていた。


「そろそろ終業時刻だな、助六」

「うむ。それがしは浴場で汗を流したいと考えてるが、佐助殿もどうでごわすか?」

「そうだな。だがその前に水分補給をした方が良いって、テレビで言ってたな。フリールームで何か飲んだ後に入るとするか。まあ出来れば美女を侍らせて入りたい所だがな……」

「それは一人二人という人数ではないのでごわすかな?」

「せめて二桁は欲しいもんだ」

「おぬしらしいでごわすな。そう考えると、佐助殿にとって本部の浴場に混浴が無いのは不幸と言いたいのでごわすかな?」

「ああそうさっ! それがあれば女性隊員と色々できたのによぉ~」


 佐助の嘆きを、助六は微笑みながら聞いていた。


「まあ、佐助殿なら、いずれ実力で素敵な女性と巡り合うでごわすよ」

「そう言ってもらえると嬉しいけどよ……」

「それに、風俗店で接待を受けるというのは、一流の女性を見つけんとする佐助殿の矜持に反する、というのも事実でごわすな」

「その通りだ。その為には俺も一流の男にならねぇとな。だから俺はナンパもするし、女を伴う飲み会にも進んで参加してんだぜ?」

「大学時代も、それが年に何度あったのか、両手両足の指では最早数え切れないでごわすな」

「もうそんなになるのか……そういやここ一年は戦いが激しいからその余裕すらなかったな……」

「では佐助殿にとっては一大事に相応しいと……」

「当たり前だ。だから早いこと、この惨い戦いを終わらせないとな。女が安心して暮らせる時代の為に」

「それがしは、多くの人が平和に家庭を築ける時代になればと思ってるでごわす。が、佐助殿の言う平和も、それがしが望む平和の中にある。引き続き協力するでごわす」


 そう言って助六は佐助と共にその場で立ち止まって拳を合わせた。そんなやりとりをしながら二人はフリールームに到着した。すると既にそこには二人と総次以外の組長と、料理長の保志が談笑していた。


「おや? 二人も来るとはね……」

「佐助の兄貴! 助六さん! お疲れさまっス!」


 佐助達を出迎えたのは真と修一だった。


「お疲れさん。しかし皆お揃いで」

「今日は皆の終業時刻がほぼ一緒だったので、みんなで集まりましょうって呼びかけたんです! 週末ですし」


 そう言って発案者の夏美は胸を張って自慢した。


「そうかそうか。助六。予定を変更して、ここでみんなで楽しく話し合うってのはどうだい?」

「まあ、今すぐに入りたいという訳でもなかったでごわすし、よろしいでごわすよ」


 にこやかにそう言いながら助六は佐助と共に真達の下へ向かい、自販機でコーヒーを買って彼らが集まっているテーブルの席に着いた。


「そういや、オチビちゃんはどうしてるんだ? もう定時の九時だってのに」

「彼は今、MASTERの支部制圧任務に就いてるよ」


 佐助に報告するように言ったのは真だった。


「こんな時間にか?」

「京橋三丁目にある拠点は、昼間の警戒が強いという報告があって、時期を見計らって今日の七時になったんだよ。あの近くに新戦組の支部は無いし、この時間に手が空いていて、かつ可及的速やかに制圧できるのは一番隊だけだったんだ」

「なるほどね。にしても、就任半年でそこまで評価されるとは、あのオチビちゃんはやっぱり虎の子だったって訳か……」


微かに微笑んだ佐助はそうつぶやいて缶コーヒーを一口飲んだ。


「……でも佐助さん。あの時から随分変わりましたね」

「うんうん。あたしもそう思う!」


 冬美と夏美はそう言って佐助に尋ねた。


「まあ、流石に半年もオチビちゃんの活躍を見てるし、ここ三カ月は、結果的に薫の勧誘は間違ってなかったって思ってる。でもまあ、あの薫があんな突飛なことを言い出すもんだから、そりゃ不安にもなるさ。それに、あいつが激務で倒れちまうんじゃないかって懸念もあった。お前らだってそうだろ?」

「そうね。でも薫の判断はともかく、結果的に総次君は組長としてふさわしい働きをしている。麗華の負担を減らして組織を円滑に動かす要因にもなったのは事実ね」


 佐助の言葉に続いて鋭子が言った。彼女も総次と任務を共にし、彼を高く評価していたのだ。


「最近は隊の人達との信頼関係も厚くなったらしいわね。あの子も組長として成長してるってことかしらね」

「それは、僕も思うよ。最近は隊の子達を連れて、よく食堂で食事会を開いてるしね」

「あたしも紀子さんと保志さんの言う通りだと思いますね。でも、なんか最近は働きすぎな感じがしないでもないんですが……」


 紀子と保志の感心するような感想を言い、逆に勝枝は総次を心配するような言葉を発した。入団して半年で重要任務を任されるというのは確かに働き過ぎと言えば無理もないが、それだけ総次が評価されていることの証にもなっている。


「ところで冬美殿。破界の力の制御は、上手くいっているでごわすか?」

「ええ。大丈夫です。お姉ちゃんや麗美ちゃん達も協力してくれてるので」

「流石は自慢の妹ね‼」


 夏美は胸を張ってそう言い、冬美はそんな姉を見て微笑んだ。


「まあ、これからも自分のペースで頑張ればいいよ」

「「ありがとうございます」」


 真が微笑みながら発した言葉に、花咲姉妹は声を揃えて礼を言った。


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