第18話 BLOOD・Kの真意

「にしても、冬美ちゃんの破界。ようやくものになったようで何よりですね」

「うん。私も安心したわ」


報告を終えて夏美と別れた陽炎は、そのままフリールームに向かって飲み物を片手に反省会をしていた。


「まあ、まだ本人は納得してねぇみたいだから、これからも特訓は続くだろうな。とりあえず、俺達は一先ずお役御免ってことだ」


 翔は飲み物をテーブルに置いてい椅子に深く座って腕を組みながら言った。


「ところでリーダー。さっきのあれって一体……?」


 そんな翔の何か思いつめた表情を見た哀那は、こう話しかけた。


「何だ。俺が何か言ったか?」

「副長達が『私達は未来の為に戦っている』って言った時に、何か言いたげな感じがあったので……」

「ああ。あれか……」

「一体何だったんですか? あれは……」


 哀那は不安げな表情で尋ねた。何か後ろ向きなことを言わないかと不安になったのだろう。


「不景気もさることながら、汚職にまみれた現政府と官僚達。警察の錬度と士気の低下と不祥事の増加。そして生きる希望を見失った民衆……こんな現実に輝かしい未来なんてあるのかってな……」

「リーダー……」

「そんなこと……」


 翔の不安と絶望から来る愚痴を聞いた哀那は「嫌な予感が当たった」と言う表情で暗くなり、麗美は常に冷静沈着で飄々としていた翔の弱音を聞いて同じく不安な表情になり、連鎖的に清輝も不安げの表情になった。


「……済まねぇな。変なことを言っちまって……」


 空気を悪くしてしまったことを察した様子を見せた翔は、やや慌てた様子で場を持ち直そうと繕った。


「こちらにいらしたんですね」


 するとそこへ麗華達への報告を終えた総次が入って来た。


「おやおや。新戦組のエースのご帰還か」

「何のことですか? 高橋さん」


 急な肩書に戸惑いながら尋ねる総次。


「聞いたぜ。大阪での基地制圧任務で、随分とご活躍だったと」

「過大評価されてたんですね……」


 翔は嬉しそうな態度で言ったが、総次は総次でからかわれていると思い、無愛想に軽く受け流した。


「それより、先程上原さんと局長から、皆さんが拝命された任務について伺いました。BLOOD・Kが死んだということも……」


 そう言って総次は薫達から聞いた陽炎と九・十番隊の合同任務の話題を振った。


「と言っても、最後はほぼ自殺のそれだったけど……」

「でも、冬美達が止めを刺すまでめっちゃ傷を負ってたはずなのに、あんなにピンピンしてたのはマジで怖かったわ」

「哀那ちゃん達の言う通りだよ。俺もスゲェ怖かった」


 哀那・麗美・清輝の三人はBLOOD・Kと直接対峙した感想を述べた。BLOOD・Kの醸し出す恐怖が、尚も彼らの心に染みついているのは誰の目にも明らかだった。


「でも、なんで自殺みたいなことをしたんだろう?」

「私も気になってたわ、麗美。ただでさえ避けられたはずの攻撃を受け続けたし……」


 麗美と哀那はBLOOD・Kの最期について気がかりに思ってたことを話し始めた。


「分かんなくていいよ。あんな殺人狂の気持ちなんてよ……知ったところで共感できやしないんだからよ」


 二人を翔が宥めた直後、一連のやり取りを聞いていた総次が突然口を開いた。


「それですが、先程局長や上原さんから聞いた話から、ある程度仮説を立てることができました」

「「「「は?」」」」


 彼の言葉に、陽炎の面々は疑問の声を漏らす。そんな彼らをよそに、総次は彼らから少し離れた場所の椅子に座って話し始めた。


「結論から申し上げると、BLOOD・Kは最初からあの戦いで死ぬつもりだったと思います」

「……どうしてそう思うんだ?」


 総次の結論に最も疑問を持った様子の翔が尋ねた。


「理由は二つです。一つはBLOOD・Kの身体的特徴。二つ目はBLOOD・Kの、ある種の芸術家的とも思える気質です」

「身体的特徴と芸術家的な気質……分かんないなぁ……」


 総次の説明にピンと来ない様子の麗美は頭を抱える。


「まず第一の身体的特徴ですが、確か皆さんはBLOOD・Kの身体的特徴として、彼の頭髪が白髪になっていて、更に顔の皺がかなり多かったと仰ってましたね」

「ええ。思っていた以上に年を取ってるって印象だったわ。大体四十代半ばから五十代ぐらいだったかしら」


 哀那は思い出しながら答えた。


「それを抑えた上で二つ目ですが、彼の完璧主義的であり、また芸術家的とも捉えられる気質についてです。芸術家的気質というのは、彼が関わった暗殺において、必ず現場にKの文字を残すことです」

「完璧主義的ってのは?」


 清輝は更に尋ねた。


「マメな人というのは、自身が納得いくまで徹底して完璧に近い状態に持っていくことに強い拘りがあります。それこそ一切の妥協なくです」

「確かにそういう人は多いな」


 それを聞いた翔は納得した様子でを見せる。


「それをBLOOD・Kに当てはめると、彼は殺人という行為に対して、一種の美学を持ち合わせていたのではないかと考えられます。暗殺任務における殺し方一つとっても、自分が納得のいく形の殺し方や、自身の作品へサインとも言えるKの文字を残すなど、かなり徹底していると思います」

「な……なるほど……」


 納得した様子で清輝は頷く。


「ですが、その徹底して追及した殺人術が、肉体的老化によって思うようにできなくなり、完璧な芸術を作り出せなくなったと思ったとしたら、どうでしょうか?」

「……生きていてもつまらないと思う……」


 はっとした様子で哀那はつぶやいた。


「思い描いた殺し方が老化によって出来なくなり、生きていても仕方ない、あるいはつまらないという投げやりな感情を抱いても不思議ではありません。そうなれば全盛期の殺しが出来なくなったことに絶望して死を選ぶのも、決して無理ないことと思います」

「だがよ、それだったら普通に自殺すればいいだろ? なにも戦死なんてしなくてもいいはずだが……」


 翔にそう尋ねられ、総次は動じることなく説明を続けた。


「せめて後悔しない死に方をしたいと考えて、殺しが存分にできる戦場で死にたいという結論に至ったとしたら、考えられなくはないです。彼のような殺人狂にとって、思う存分殺しが許される戦場は天国です。どうせ死ぬなら戦場で思い残すことがないくらい殺しまくって死にたいと思った、という可能性は十分に考えられます」

「「確かに……」」


 哀那と麗美は声を合わせてつぶやいた。


「ですが、なぜ彼が夏美さん達に拘ったのかについては、情報が少ないので仮説を立てることも出来ませんでした。それだけの何かを夏美さん達に感じ取り、将来の楽しみの為に殺さずに生かしたという邪推も出来なくはないんですが……」


 そう言いながら総次は陽炎の面々を見渡した。四人は呆気にとられた表情で総次を茫然と見つめていた。


「……これに関しては、永遠の謎でしょうね……」

「「「「そ、そっか……」」」」


 四人は同時にそう言って安堵したような声を出した。そんな陽炎の面々の様子に首を傾げた総次はこう尋ねた。


「あの……お気を悪くしてしまいましたか?」

「い、いや、なんか今のお前が犯罪心理学者みてぇだな~って……なあ、清輝」

「そうそう! 何か思わずそれっぽく聞こえて凄いな~って……ねぇ、麗美ちゃん」

「ホントホント! 局長達も噂してたけど、総次って本当に何でもできるんだな~って思っちゃった! あたしには出来ないよ~。そうだよね、哀那?」

「え、ええ……私もそう思ったわ。君は本当に私達をいつも驚かせるわね……」


 少々慌てた様子で四人は次々に答え始めた。


「……ご心配なく。僕の中にBLOOD・Kのような快楽殺人者の趣味がある訳ではありません」

「「「「……」」」」


 総次に気を使われた四人は黙り込んでしまった。


「それより、総次君はもう聞いてるのかしら? 例の情報は」

「例の情報?」


 そこで話題を変えようと、突然哀那に尋ねられた総次は聞き返した。


「新宿と渋谷のMASTER支部に奇襲をかけた時にあなたが戦ったバトンを持った女の情報よ」

「ああ、それですか……」


 尋ねられた総次は、先程の麗華達の説明を思い出した。


「あれからずっと地方支部から送られてきた情報を、重要機密資料室や情報管理室の隊員達が確認してたんだけど、そいつと思われる女がつい三ヶ月ほど前まで岩手にいた可能性が出てきたの」

「岩手からの賊の可能性がある、でしたよね」

「確定ではないけど、似たような女が戦っていた資料が一つだけ確認できて、その可能性は濃厚と思われてるわ」

「報告を聞いて驚きましたが、東京に戦力を移動させ始めてましたか」

「今日私達が戦った相手の中にも、地方からの増援の可能性があるとして調査してるけど、それに関しては結果が出てからでないと何とも言えないって副長は言ってたわ」

「……戦いはより厳しいものになるかもしれませんね……」


 哀那の話を聞いた総次は、そう言って暗い表情になった。新選組に入隊して半年、戦いの終焉に向けての出口が見えぬ現実への不安が、より一層大きくなった。

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