第11話 強大なる力を自らの手に

 真のアドバイスを受けた冬美の破界の特訓は、目覚ましいとまでは言わないまでも順調に習熟を助けた。アドバイスを受けた翌日こそある程度のコツを掴むのもやっとだったが、訓練を重ねる中で徐々に感覚をつかんでいく。


 実戦経験の中での精神的な安定も更に増し、その結果ようやく七割近いレベルにまで精度を向上させるまでに至った。更にこれに伴い、以前から冬美が掲げていた新技の開発も始まっていた。


「冬美ちゃん‼ これはどう⁉」


 パラソルに藍色の水の闘気を集約させ攻撃態勢に入っていた冬美の頭上に飛びかかった清輝は、雷の闘気を纏わせた鎖鎌を振り下ろした。


「任せて‼」(女豹乱舞‼)


 清輝の攻撃を察した夏美は炎の闘気を纏わせたトンファーで、清輝の鎖鎌を弾き返した。


「あたしに任せなさい‼」


 清輝の攻撃が弾かれたのを確認した麗美は、ボウガンにつがえた矢に風の闘気を纏わせて、冬美と夏美の両者に目掛けて六連射をした。


「まだまだ‼ へっちゃら‼」


 その攻撃を視界に捉えた夏美は、清輝の攻撃を防いだ勢いそのままにトンファーを回転させながら矢の六連射をいなした。


「冬美‼」

「準備完了よ!」


 清輝と麗美の攻撃を防いだ瞬間。夏美の合図を受けた冬美は、パラソルで生み出した藍色の水の闘気が十体の蝶の姿に変わり、清輝と麗美目掛けて襲い掛かる。タイミングを見計らって二人は射線を見切ってかわしたものの、二人の後方の壁に着弾した直後に藍色の海が出来るのが見え、そしてすぐに蒸発して消えてしまった。


「どうだった? 冬美ちゃん」


 背後で消滅した藍色の海を見ながら清輝は尋ねる。


「……真さんのアドバイスが生きているのが分かります」


 尋ねられた冬美は、いつになく自信に満ちた表情でつぶやいた。


「やっと実戦で使えるレベルになったのね。それにこの技、奇麗な蝶だったわ」


 翔の横で様子を見ていた哀那は微かに微笑みながら尋ねた。明確に成功したと冬美が言わなくても、彼女の表情で察しがついたのだろう。


「ええ。技の方はまだ実戦レベルには達してないですが、後はこの感覚をしっかりと体に染みつかせて、物にして見せます」

「その意気よ、冬美」


 冬美の自信に満ちた表情と声を聞いた夏美は、彼女の肩を抱きながら激励した。


「予想よりも早かったな。いくら真に匹敵する能力と言っても、てっきり一ヶ月半は掛かると思ってたが……どうやら俺は冬美ちゃんの闘気コントロール能力の高さを見誤ってたかな?」

「そんなことはありません。私もこんなに早くここまで来れるなんて思ってもいませんでした。でもそれは真さんのアドバイスだけでなく、陽炎の未菜さんやお姉ちゃんの協力があったからこそです」


 翔の謝罪を含んだ高評価に対して、冬美は謙虚にこう答えた。決して翔は冬美の力を過小評価していた訳ではない。だが冬美の言うように、僅か三週間で大きな成果を出したことは、本人も含めて誰も予想していなかったのだ。それは改めて周囲に、冬美の闘気コントロール能力の高さを認識させることにもなった。


「あら? もう三時……今日はここまでね」


 そんな雰囲気の中、訓練場の時計を見た哀那は訓練終了の時間に気付き、他の五人に対して報告した。


「だな! じゃあ冬美ちゃんは今日の特訓の中で得た感覚を忘れないように。夏美ちゃんも今の冬美ちゃんとの連携のタイミングを改めて意識するよう心掛けてくれ」

「「はい!」」

「じゃあ皆お疲れさまだ‼ 解散‼」


 翔はいつも通りの豪快な声で訓練終了の合図を出した。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


「針の穴に糸を通す感覚を意識して……と……」


 午後十時。冬美は組長室で破界の力のコントロールの感覚を忘れないようにする為、通常状態の水の闘気を両手から微量に放出してコントロールのおさらいをしていた。

 

 破界のコントロールの特訓は闘気の基本のコントロールのコツを発展させたものである為、こういった形で感覚を掴む特訓を行うことは自分達もやっていたことだと、冬美は以前真や麗華から聞いたことがあったからだ。


 そんな冬美の耳に、組長室の扉をノックする音が聞こえてきた。


「冬美。あたしよ」

「お姉ちゃん?」


 ノックの主は夏美だった。冬美は直ぐに扉を開けて夏美を迎え入れ、ベッドの隅に互いに腰を掛けた。


「どうなの? 感覚は身に付きそう?」

「結構難しいけど、今日の特訓の時の感覚をしっかりと体に染み込ませなきゃって、今もこうやって……」


 そう言いながら冬実は夏美に両手から放出していた闘気の流れを見せた


「……やっぱり冬美って凄いわ。さっき局長室に報告書を提出に行ったんだけど、そのことを言ったら麗華さんも驚いてたわよ」

「麗華さんが?」


 夏美のそんな言葉を聞いた冬美は驚いた様子で尋ねる。


「うん。局長や真さんも、破界の力のコントロールが難しくて、今の冬美くらいになるのに一ヶ月以上は掛かったって言ってたわ」

「そうだったの……」


 真と麗華が破界の力のコントロールに苦労していた。真から話は聞いていた冬美だったが、今の自分と同じレベルに到達するまでに一ヶ月以上も掛かっていたという麗華の証言は、冬美を驚かせるには十分な話だったようだ。


「でもお姉ちゃんだって私をフォローするタイミングが今までよりも早くなったと思うわ。私ももっと頑張らなきゃって感じたもん」

「そう言ってもらえると、お姉ちゃん嬉しいわ!」


 冬美に褒められた夏美は歓喜の表情で彼女に抱きついた。


「じゃあラストスパートってことになるわね。あたしと冬美が揃えば、どんな奴が相手だって負けないもん‼」

「お姉ちゃん……」


 自信たっぷりに宣言した夏美を見て、冬美はうれしさと微笑ましさが入り混じった表情になった。この前向きな性格が夏美の長所であり、常に冬実を助けてきた要因の一つにもなっている。


「陽炎の皆さんやお姉ちゃんには、本当に感謝してもし切れないわ。それに真さんにも……」

「冬美の破界のコントロールの特訓がスムーズに進んだ一番の功労者は、間違いなく真さんのアドバイスよね」

「ええ……」

「どうしたの?」


 突然面を伏せた冬美を不思議に思った夏美は、彼女の顔を覗き込むようにしながら尋ねた。


「ずっと前に、真さんから言われた言葉を思い出しちゃったの。私たち四人が新戦組に入隊した時に言われた言葉を……」

「『戦いには慣れても、人殺しには慣れるな』だったよね?」

「……真さんも、初めて戦いで人を殺したときに、おかしくなりそうになったって言ってたわよね。でも、いい訳でもそう思ったからこそ、心を保てたって」

「どうして思い出したの?」

「……結局。私が身に着けたこの力って、戦いの中で相手の命を奪うためにある力だってことは分かってるの。戦いと人殺しは違うって考えられれば、私のままでいられるかもって。でも本当に私のままでいられるのかなって思っちゃって……」

「冬美……」


 冬美の告白を聞いた夏美は表情を曇らせた。確かに破界の力は、ひいては闘気と言う力は戦いの中で最も重要な力であり、それは戦う相手を殺傷するための力であるという意味でもある。その中でも自分自身を見失わずに人殺しにならずに戦えるか、冬美はそこに不安を感じ始めていた。そんな冬美の両手を夏、夏美は両手でやさしく持ち上げてこう言った。


「私がいる。冬美を人殺しにさせないわ」

「……ありがとう。お姉ちゃん……」


 夏美の励ましを聞いた冬美は瞼に涙を浮かべながらそう言った。


「じゃあ、あたしはそろそろ戻るわ。ありがとう、冬美」

「うん。おやすみなさい」


 冬美はそう言いながら部屋を出ていく夏美に手を振った。

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