第8話 特訓は上々
「行くわよ冬美‼」
「ええ!」
「冬美! あたしがしっかりガードするわ!」
風の闘気を纏わせた矢を三本放つ麗美。迎え撃つように冬美は藍色に光る破界の水の闘気を発生させる。その間に夏美はがら空きになっている冬美をガードするように炎の闘気を纏わせたトンファーを回転させて矢をたたき落としながら麗美を迎え撃った。
「もう少し……もう少しで……‼」
破界の闘気を扱う上で要求される微細な闘気コントロールを、パラソルを持つ腕を震わせながら行ってそこに闘気に集約していく冬美。必死の形相と共に心で思っていた言葉が口を突いて出ていた。
「夏美……後ろががら空きよ」
前衛で麗美のボウガンを叩き落として冬美をガードしていた夏美にそう言いながら冬美の背後を取って背中の大太刀を抜いたのは哀那だった。
「だいじょう……ぶ‼」
直後に夏美は、チャームポイントのツインテールをなびかせながら冬美の背後を取っていた哀那に飛びつき、激突した。トンファーと大太刀の衝突によって発生した鋭い金属音が闘技場全体に轟いた。
「行くわよ!」(氷雨‼)
その刹那。パラソルに集約させた藍色に輝く水の闘気を、歪な形の大きな藍色の氷柱に変え、次の動作を取ろうとしていた麗美目掛けて放った。
「やばっ……‼」
慌てつつも藍色の氷柱をかわした麗美。彼女の横切った氷柱は麗美の背後の壁に命中し、その場所を凍結させ、そのまま砕け散った。
「ちょっとずつだけど精度は確実に上がってる。二週間でここまでなんて……」
「ええ。始めた頃が二割程度だったって言ってたけど、二週間の特訓の成果がある程度出て来たわね……」
麗美と哀那は冬美が放った氷雨の威力に感心していた。
「でも、まだ五割くらいよ……」
そんな麗美達の感嘆の声とは対照的に、冬美は浮かない様子だった。自身が目標に掲げていた「戦闘中に八割の精度で発射する」という最低条件が未だに達成されていないのを誰よりも気にしていたからだ。
「冬美。焦る気持ちは分かるけど、二週間で徐々に精度は上がってるわ」
夏美はそんな様子を見せる冬美に駆け寄り、汗でややべたついた状態の右肩に手を置きながら労った。
「だが、ここからが山場になるだろうから、焦りたくなる気持ちも分からなくはない」
「山場って、冬美ちゃんはここまで順調にコントロールしてるのに、なんでなんですか?」
「麗華達も戦闘中の精度のコントロールに手を焼いたみたいだ。順当に覚醒させてコントロール能力を身に着けたあの二人でさえもな……」
清輝の疑問に、翔は持っていたタオルで頬を伝う汗を拭きながら答えた。
「局長や真さん達も……でも、絶対にコントロールしなきゃ……‼」
冬美はパラソルを握っていた手に力を入れながらつぶやいた。
「その為にもしっかりと頑張らなきゃね。でも流石に暑い……今日はここまでにしない?」
「そうね。この暑さに加えて開始して四十分以上動き続けてたから身体が持たないわ……」
麗美と哀那は服の裾を掴んで仰ぎながらそう言った。先程から動き回っていた分、立っているだけで汗が地面にしたたり落ちている。
「そうね。じゃあ水分補給しながら今日の成果について話し合いましょう。冬美。それでいい?」
「分かったわ。お姉ちゃん」
そう言って冬美はパラソルに纏わせていた藍色の水の闘気を解除した。
「お疲れさまです」
そう言いながら夏美達四人に紙コップに入ったスポーツドリンクを手渡したのは清輝だった。
「ありがとうございます。清輝さん」
麗美はそう言って受け取ったスポーツドリンクをぐびぐびと喉を鳴らしながら飲み干した。
「はぁ~。生き返る~」
「麗美。何かオヤジくさいぞ」
「マジか! 気を付けないと……」
隣でスポーツドリンクを受け取りながら麗美の様子を見ていた哀那の突っ込みを受けて一瞬唖然とした表情をした麗美。そんな彼女の表情に陽炎の面々は微笑んだ。
「皆さん。今日もありがとうございました」
「どういたしまして。にしても、二週間で特訓初日の倍の規模と威力に持っていくなんてな。予想よりも早いな」
「ですが、翔さんも仰るように、ここから先が難しいので、油断はできません」
「まあ、確かにそうなんだが……だからと言ってあんまり気負いすぎんなよ」
「……はい」
冬実は俯いて少々微笑みながらそう言った。だがその微笑みは何処かぎこちが無く、無理やり作っているように見えた。
「じゃあ皆、集まってくれ。今日の総括をするぜ」
「「「「「了解!」」」」」
翔の号令の元、既に近くいにいた冬美以外がスポーツドリンクの入った紙コップを片手に彼の下に駆けつけた。
「この二週間で、冬美ちゃんの破界の闘気の精度も、夏美ちゃんとの連携も格段に上がった。日も今日と同様のスケジュールで行う。夏美ちゃんと冬美ちゃんはこの後も仕事があるが、休める時にはしっかりと体を休めるように」
「「はい!」」
「麗美と哀那も今日はお疲れ様だった。二人も今日はゆっくり休め」
「「「「「お疲れさまでした!」」」」」
この日の訓練はこれで終了した。当初は精神的に安定した状態から二割程度の精度だった破界の闘気を、戦闘中の精度を5割にまで引き上げることに成功した冬美だったが、その表情は何処か曇っていた。
いつ大規模な襲撃が起こるか分からないという恐怖や不安と、それが起こるまでに何としても破界を会得しなければならないプレッシャーに押しつぶされそうになっているようだった。
一方で夏美はそんな雰囲気を冬美が醸し出しているのを感じ取ったのか、そんな状態の冬美を心配するような表情で眺めていた。
⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶
「夏美、お疲れさま!」
「勝枝ちゃん‼」
その日の午後九時三十分。夏美が本部の女湯から出てきたところを話しかけたのは勝枝だった。夏美達が陽炎と共に破界の闘気の会得の為の特訓をしていることは既に周知の事実となっている。そんな二人にとって最も親交のあるのが勝枝だった。そんな勝枝が夏美と入れ替わりに入って来た彼女に話しかけたのだ。
「冬美は一緒じゃないのか?」
「あたしより先にお風呂に入って、入れ替わりであたしがお風呂に入りに来たの」
「そっか。それより翔達から話は聞いたけど、そこそこ調子はいいみたいだね」
そう言いながら勝枝は夏美が腰かけている脱衣所のベンチに近づき、夏美の隣に座った。
「ううん。実戦で使えるレベルにはまだ達してなくて……早くこの力をマスターして、勝枝ちゃん達と一緒にしっかりと戦えるようにならなきゃって思ってるんだけど、上手くいかなくて……」
「そっか……冬美はいつまた大きな襲撃があるか分からなくて不安になってるのか……」
「それと……」
「それと?」
勝枝の言葉に対して頷きながら口を突いて出たと思われるつぶやきが耳に入った勝枝は、夏美に聞き返した。
「BLOOD・Kがまた私達の前に現れるんじゃないかって思っちゃって……」
「どうしてそう思うんだ?」
「……あの目よ……」
刹那の瞬間に俯いて急に声を低くした夏美はこうつぶやいた。
「……あの時の目……あたし達を自分の獲物にしか見ていないような目だったの。パパやママを殺した時とおんなじ目だった……」
低い声で淡々と話し始めた夏美の気迫にやや押されて言葉を失ってしまった勝枝だったが、目を逸らさずに彼女の言葉を聞いた。
「あいつだけは絶対に許せない……パパやママの仇だし、またあいつのせいであたし達のような気持ちを持つ人が出てくる……それだけは絶対に……‼」
「……じゃあ尚のこと、冬美が一日でも早く破界の力をモノに出来るように協力しないとな」
「勝枝ちゃん……」
「ふふっ……」
夏美に名前を呼ばれた瞬間、勝枝は突然笑った。
「どうしたの?」
そんな勝枝の表情に疑問を思った夏美は怪訝な表情になりながら尋ねた。
「いやね……夏美にそう言われてからもう二年以上経ったんだなって、ついね」
「そうだったね……『勝枝さん』なんて堅苦しい言い方はやめてって、あたしと冬美に言ってくれたよね。冬美とあたしが組織に早く溶け込めるように……」
「ここに連れてこられてすぐのあんた達は、今思い返しても怯えるウサギみたいに震えてて、しばらくまともに話も聞けたもんじゃなかったからね。落ち着くまでにあたし達も結構骨を折ったっけ……」
「ごめん……」
当時の新戦組の自分達への対応の苦労話を聞かされた夏美は、急に申し訳ない気分となって勝枝に謝罪した。実際のところ、突然起きた襲撃にショックを受けて塞ぎ込んでしまった夏美と、力の暴走が重なって肉体的にも疲弊していた冬美の対応には、当時対応に当たっていた新戦組隊員達はかなり手を焼いた。襲撃が起きた直後に大学に来た麗美達と違い、既に大学にいた夏美達の方が受けた精神的ショックが遥かに大きかったからだ。
「気にすることはないって。まあ、あたしも結構驚いたわ。助けられて二ヶ月してから新戦組に入りたいって言った時は。そりゃ、二人は総次君と一緒で身寄りがいなくて身動きが取れない状態にあったのもあるだろうけど、それでも結構勇気のいる決断だったんじゃない?」
「……冬美が、自分の中にある力と向き合うために、そしてあたし達がこの逃げられない現実と向き合うためにも、ここで立ち向かわなきゃって思ったから……麗美達も、本当だったら家族の元に戻れたのに、そんなあたし達の為に新戦組に一緒に入ってくれて……」
「だったね……」
「本当に、新戦組に入ってからの冬実は強くなったって思うの。自分の力に怖い思いを持ってるはずなのに、それでも戦わなきゃって、自分を鼓舞してあんなに頑張ってる。あんな妹を持てて、本当に誇りに思うわ」
「夏美……」
夏美が見せた姉としての誇らしげな表情に、勝枝は微笑ましさを覚えて笑みを浮かべた。
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