第7話 特訓開始

 麗華と薫から破界の特訓の許可を取り、夏美と冬美の組長としての職務が開いている午後三時から四時まで、毎日稽古をすることになった。そして麗華達から許可を取ったこの日、早速六人はそれぞれの得物を手に訓練場を貸し切って稽古を始めることになった。


「取り敢えず、先ずは冬美ちゃんが精神を安定させた状態でどの程度破界の力をコントロールできるのかを知ることから始めた方が良いな……」

「確かに、精神が安定した状態の冬美の破界の力は知っておきたいわね。冬美。やって見てもらえるかしら?」


 翔と哀那は冬美にこう尋ねた。


「分かりました。でしたら、私から十メートル程離れていただけないでしょうか? 効果範囲が大きいので、巻き込んでしまうと思うので……」


 冬美にそう言われた陽炎と夏美は頷き、彼女の横や後ろに十メートル程離れた。


「では……行きます!」


 冬美がそう叫んだ瞬間。彼女の持つパラソルから夥しい量の水の闘気が溢れ出し、そのまま全身を包み込んだ。


「凄い量だけど、今の所はあたし達が知ってる水の闘気と変わらないけど……あれ?」


 麗美が冬美の闘気に変化が無いと思い込んだ瞬間、冬美の全身を包み込んでいた水の闘気の色が水色から藍色に変化し、輝きを放ち始めた。


「水の色が変わっていく……破界の力が発動し始めているのか……?」


 哀那は珍しく目を見開いて驚きを隠せなかった。


「それなりに距離を取ってるのに、全身が震える程に闘気の強さを感じます……」


 清輝も冬美が生み出した闘気の質の強さに全身が打ち震えていた。一方で徐々に冬美の表情が先程までの穏やかなものからやや険しい表情になり始めた。頬や首筋からも汗が流れ出していているのが見える。


「ここからが難しいって言ってました。普通に闘気を操る時よりも神経を集中させなきゃいけないんで、勝負所はここになりそうなんです……」

「確かに、こっから見てても多少の動揺ですぐさま失敗につながりかねないと不安定さがあるように思えちまうな……」


 夏美の説明を聞いていた翔は目を細めて真剣な表情で答えた。


「はぁぁぁぁぁぁ……‼」


 冬美は声を唸らせながらパラソルに破界状態の水の闘気を集め始める。集まった闘気は冬美の前方の視界を遮る程の多量の藍色の氷柱を生成した。


「はぁあ‼」(氷雨‼)


 冬美がパラソルを前方に大きく一振りした瞬間、無数の藍色の氷柱は目にも止まらぬ速さで一斉に向かい側の壁に向かった。壁に着弾した瞬間に闘技場の半分以上を氷柱の海の下へ沈めた。そして1秒経たずに氷柱の海は砕け散ってしまった。


「うひゃ~……」


 あまりの光景に清輝は震えた声を漏らしてしまった。哀那や麗美から晦冥女子大での冬美の一件は知っていたものの、見ると聞くとでは大違いだったからだろう。


「これが破界の力か……‼」

「直撃したら一溜りもないかも……」


 哀那と麗美も同様だったらしく、共に感嘆の声を出した。


「あれが精神が安定した状態で放てる冬美ちゃんの今の力かい?」

「はい。あたしの知る限りでは、あれが万全の冬美の力です……!」


 翔の質問に対して夏美は凛とした声で応えた。妹の力に対して姉としての責任感の強さを感じる声だった。


「大したもんだ。確かに完全にモノにすれば鬼に金棒だな……」


 翔は冷静に冬美と訓練場の凍結した部分をそれぞれ見渡しながらつぶやいた。


「ですが、常に敵の攻撃にさらされる状態の戦闘中にこのレベルの威力と範囲の技を発動することはかなり難しいかと……」


 そう言いながら哀那は冬美の方を見た。冬美も何となく哀那がこれから言わんとしていることを察したのか、哀那の言葉に割り込んだ。


「私もそれは分かってます。ですが、私としてはこの七割から八割の精度を戦闘中に安定して発動できるようにしたいんです。そこまでを安定した精神状態で放つことが出来れば、実戦でも十分耐えうる力になると思います。それに、これを機に破界でこそ使える新しい技も生み出せればと思っています」

「まあ、激しい戦闘中ということを考えるとそれぐらいの精度と新技を運用できれば御の字か……」


 冬美の主張を聞いた翔はそう言った。常に安定した精神状態を戦闘中にも維持しながら闘気を扱うということは、達人でも困難を極めると言われている。それを考慮すれば冬美が言うような水準の力を安定して出せれば、十分戦力になるのだ。


「だが冬美の場合は麗華さんや真さんと違って、覚醒した瞬間に破界まで目覚めてしまったから、段階的に覚醒させた人と比較すると修得までの道のりはやや厳しくなるかもしれないわね。でも……」

「そうだよ哀那。今の冬美なら絶対に大丈夫よ! 夏美のサポートだってあるし……」

「そうね、麗美。今の冬美と夏美なら……」


 そう言いながら花咲姉妹に視線を向けた哀那と麗美は、二人の自信に満ち溢れた表情を見て確信したようだ。この姉妹なら絶対に強大な力すら意のままに操れると。


「でもこれで、冬美ちゃんのこれからの特訓のより明確な目標が出来ましたね」

「だな。戦闘中でも安定して扱えるレベルにまで破界の精度を上げる。冬美ちゃんはこの辺りを意識してこれからの特訓に励んでもらおう」


 清輝の感想を聞いた翔はそれに頷いた後、冬美に視線を移してこう言った。それを聞いた冬美と夏美は互いを見つめ合って頷いた。


「じゃあ、最初は哀那と麗美の二人の連携攻撃を相手に戦った方が良いかな。さっき麗華も言ってたが、この特訓は冬美ちゃんの破界の力を会得するだけでなく、その冬美ちゃんと連携を取る為の特訓も兼ねている。前衛の哀那と、どちらにも対応できる麗美が冬美ちゃん目掛けて攻撃を繰り出してくる。これがしばらく行う特訓のスケジュールだ」

「つまりこれは、実戦形式の訓練の中で破界を発動し、その状況でも安定して技を放てるようにする為の特訓ということです」


 翔の説明を引き継いだ清輝はこう補足した。


「数の上でも、そして連携の質という意味でも互角。ある程度は落ち着いた状況なのには変わりないから、まずは戦闘中でも問題なく発動できるかを訓練することになるわね」

「そういうことだ、哀那。二人はそれで大丈夫か?」

「「はい!」」


 翔に尋ねられた夏美と冬美ははっきりとした声で応えた。


「取り敢えずは冬美ちゃんの闘気がある程度回復するのを待ってから行いたいが……夏美ちゃん。大体今の規模の技を放った場合、どのくらい時間が掛かるんだ?」

「冬美の場合なら、五分もすれば回復しますので、問題はありません。ね、冬美」

「ええ」


 夏美に尋ねられた冬美は笑顔で答えた。


「よし。じゃあ五分後には改めて特訓を再開する」

「「「「「了解!」」」」」


 翔の号令を聞いた五人は敬礼しながら応えた。


「皆さん」


 すると訓練場の出入り口に、見覚えのある人影が現れた、六人が出入り口に視線を向けると、そこにいたのは総次だった。見ると彼は、大きなスーツケースを引いていた。


「総ちゃん……」

「総次君……」


 突然のことで言葉が詰まった様子の二人はその場で固まってしまった。すると総次は、静かに二人に近づいてきた。


「おはようございます」

「どうしたの? それにその荷物……」

「今日から大阪支部の方に一番隊が派遣されることになったんです。最低でも三週間はここを開けますので、その挨拶にと……」

「そうなの……」


 そう言いながらも少々申し訳なさそうな様子の夏美。すると哀那はそれを見かねて夏美と冬美の耳元でこうささやく。


「昨日のこと、ちゃんと謝っておきな」


 指摘された夏美と冬美ははっとした表情になった。


「総ちゃんごめんね……気を使わせちゃって……」

「昨日は気が動転してしまってて……ごめんなさい……」


 二人も総次の謝罪と哀那の指摘を受けて申し訳ないという感情が湧きだしたのか、総次に対して頭を下げて言った。


「僕の方こそ申し訳ありませんでした。事情を知らなかったとはいえ、不用意な発言をしてしまって……」


 総次も申し訳なさそうな態度で謝罪した。


「ところで総次君。大阪にはどういう理由で行くの?」


 そこで麗美が、総次に近づいて尋ねた。


「大阪で、これまでに見つけられなかった敵の施設が全て見つかったんです。それらを各個陥落させる作戦の為に増員が必要になり、それで僕達が向かうことになったんです」


 この任務が発令された理由は、霞が関・永田町襲撃の一件以降MASTER側の勢力図が大きく変化し、関東に敵方の戦力が集中し始め、逆に地方の支部の戦力が大きく減ったことで新戦組サイドが各拠点に奇襲を仕掛けやすくなったからだ。

 だが、可及的速やかに制圧しなければ援軍の要請を受けて増援を送りかねない為、高い評価を得ている総次達一番隊から、彼を含めて十一名の隊員が送り込まれることになったのだ。


「そうなんだ……」

「局長からお話は伺いました。冬美さんが破界の力のコントロールの修業を始めたと……」

「うん。これからの戦いは、今以上に厳しいものになるかもしれないからね。昨日のあいつとの戦いで、冬美もあたしも、破界の力ともっともっと向き合わないといけないって実感したの。局長もGOサインを出してくれたのもあるから……」

「……ずっと、どこかで怖がってたの。闘気の扱い方を身に着けて、新戦組の一員として戦ってきた中でも、またあの力に振り回されちゃうかもって思って……でも、逃げても駄目だってこの二年半の間で痛いほど分かった。だから私は……‼」


 強いまなざしで総次を見ながら宣言した二人を見た総次は、改めて真剣な表情になり、こうエールを送った。


「頑張ってください。遠くから応援してます」

「ありがとう、総ちゃん」

「総次君も頑張ってね」


 総次の激励を受けて二人は笑顔でこう返した。その笑顔からは必ず自分達なら破界の力をモノにできるという自信に満ち溢れていると、信じたくなる表情だった。

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