第6話 冬美の決意

「「冬美ちゃんの闘気コントロールの特訓を手伝ってほしい?」」


 夏美にそう言われた翔と清輝は声を合わせて聞き返した。翌日。麗美のスマートフォンに『陽炎の皆に朝一番でフリールームに来てほしい。頼みたいことがある』という夏美からのメールを見て駆け付けた。そこで真剣な面持ちで彼らを迎え入れた夏美の開口一番の言葉が、先程二人が復唱したものだ。


「はい。昨日のあいつとの戦闘であたし達もはっきりと分かったんです。今のままじゃまたあいつと戦っても勝ち目は無いっていうことが……」

「正直、まだ私の闘気コントロールは完璧ではありません。今のままでこれからを戦い抜くのは、例えあの人以外を相手にしたとしても難しくなるかもしれない……」

「夏美……冬美……」


 表情を強張らせながらそう言う二人を見て、哀那は静かにつぶやいた。表情の奥から伝わる強い思いに圧倒されたのだろう。


「それは分かるけど、今の冬美の闘気コントロールだって、二番隊の真さんと並んでトップクラスだって皆から言われてるでしょ? 私はこれ以上鍛えなくても大丈夫だって思うけど……」

「麗美ちゃん。冬美の言ってる完璧じゃないっていうのは破界の闘気を使ってる時のことなの」

「だとしたら尚のこと真さんに頼んだ方が良いと思うわ。新戦組で破界を使えるのって真さんと局長ぐらいでしょ? 局長は大変だからムウかしいと思うけど、真さんなら時間があるんだし……」

「忘れたのか? 麗美ちゃん」


 麗美の意見に割り込んで話を切り出したのは清輝だった。


「真さんはあの永田町と霞が関の事件から、副長と局長の仕事の補佐が多くなって、他の組長階級の人達以上に時間が取れなくなったから、特訓の為の時間が取れるかどうか分からないんだよ。それを分かってるから、BLOOD・Kと戦った俺達に頼んできたんじゃないのかい?」


 清輝にそう言われた夏美と冬美は無言で頷いた。彼の言うように、真は二月に起きた永田町・霞が関襲撃事件以降、MASTER側より先んじて行動できるようにと情報収集や整理といった激務に追われるようになった麗華と薫の仕事の一部を正式に任されるようになったのだ。

以前から局長・副長職の仕事を手伝うことは初期メンバーにはある程度あったのだが、その中でも仕事を覚えて迅速かつ的確に行っていたのが彼だった為、薫からの提案を受け入れた形になったのだ。


「私達は冬美のように破界に覚醒してないから、それについて詳しい形でかかわれないわ。確か二人は、破界について真さんからどれぐらい教わったのかしら?」


 哀那は二人に歩み寄りながら尋ねた。


「ほんのちょっとでもを誤ると一気に許容量を超えちゃって心臓破裂に繋がりかねないし、冬美の場合は暴発や不発にもなりかねないから、神経を今まで以上に集中して扱うようにって言われたわ。激しい戦闘の中でそれをやるのって結構難しいけど、出来る限り闘気のコントロールに慣れてからやった方が良いって言われて、それからは局長からのGOサインが出るまで禁止されてて……」


 応えた夏美は冬美の左手を右手で静かに握りながら答えた。


「それ以降はまだ何も言われてないの。そもそも破界自体、研究があんまり進んでないから普通の闘気以上に謎が多くて、今お姉ちゃんが言ったことを守ることしか方法がないの」


 冬美はそう言いながら夏美の右手を強く握った。


「なるほど。一応発動方法は知っているから発動そのものは出来るのね?」

「去年は時間がある時にお姉ちゃんとやったわ。実戦ではまだやったことがなくて……」


 冬美は表情を曇らせてそう言った。


「只でさえ闘気は謎が多い存在だから、それ以上に謎が多い破界を完璧に扱うこと自体かなり難しいとなると……」

「特訓自体が困難を極めるな。冬美ちゃんの場合は精神的な要因もかなり影響してるから、GOサインが出るまで禁止ってのも、麗華達がその辺りも考えた上での判断だったんだろうな……」


 哀那の言葉に続き、翔が言った。


「確か薫から聞いた話だが、麗華と真が破界を使いこなせるようになったのは、麗華の姉弟子さんの所で修業したのがきっかけらしいけど、その人も結構忙しいから、頼むのは難しいだろうな。破界の特訓となれば尚のこと」

「どうしたらいいのかしら……?」


 夏美は項垂れながらつぶやいた。気のせいかそんな夏美の心境を具現化したかの如く、彼女の自慢のツインテールもいつも以上に下に垂れてしまっている。


「まあ……麗華から俺達が特訓に協力する際の際のアドバイスを貰えれば、俺達の方でも一応の対処は取れると思う。先ずは特訓のGOサインをもらう方が良いかもな」

「そっか……」


 翔の話を聞いた冬美は嬉しそうにそう言った。


「じゃあ早速、局長室に行ってお願いしてみましょうよ」


 清輝は右手でガッツポーズを作りながらハツラツとした表情で言った。翔達もその意見に賛同して頷いた。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


「私もそろそろGOサインを出すべきだと考えてたわ。この間の件もあるし……何より今の冬美ちゃんの闘気コントロールテクニックは本部内でも十分なものがあるし、正式に破界の特訓に入っても大丈夫だと思うわ」


 やって来た陽炎と夏美達に、冬美の破界の特訓のGOサインを出してほしいと尋ねられた麗華はこう答えた。


「じゃあ……」

「ええ。許可するわ。薫はどう?」


 麗華はいつも通りの微笑みを見せながら右横に侍している薫に尋ねた。


「私も解禁してもいいと思うわ。あなた達が冬美ちゃんの今後を慮っているのならば、そう言った技術を身に着けるのは大事でしょうね」


 薫も異論は無かったようで、陽炎や夏美達はほっと胸を撫で下ろした。


「それで、俺達が冬美ちゃんの破界のマスターの為の特訓をする上で気を付けるべき点ってのは具体的に何だと思うか教えてくれるかい?」


 一歩前に出て右手で後頭部を掻きながら麗華に尋ねたのは翔だった。


「そうね。確か私達が言われたのは『激しい戦闘の中でも破界をコントロールするのが一番の特訓になる』ってことだったから、この場合は陽炎の皆が得意とする連携の中でも落ち着いた状態でコントロールできるようになれば、実戦でも十分に扱えるものになると思うわ」

「俺らの連携攻撃の中でもか……確かにその状態の中で精神を安定させた状態でいられれば、無理なく戦えると思うが……」

「最初から本気かつ全力で相手をするのは……」


 翔と哀那はつぶやきながら後ろに居た冬美と夏美に視線を移した。


「でしたら、最初は二人から始めて、慣れてきたら徐々に数を増やしてって感じでやれば大丈夫だと思います。冬美はどうなの?」

「私もそうしていただければと思います。ですが、出来る限り早く会得しないと、また皆さんに迷惑を掛けてしまうと思うので……」


 冬美は微かに体を震わせながらも力強く答えた。もし時間を掛け過ぎて陽炎や姉の仕事の時間を取ってしまったらという懸念があったからだ。


「そんな心配は無用よ。この二年半冬美は成長したし、大学が襲撃された時とは違って無力じゃないわ。真さんに並ぶ闘気コントロール能力も身に着けたし、夏美と一緒に精神的にも強くなったわ」

「哀那の言う通りよ! もうあの時の冬美じゃない! 私達や夏美。何より自分を信じてやれば、絶対に会得できるわよ‼」

「哀那ちゃん……麗美ちゃん……ありがとう……!」


 哀那と麗美の激励を受け止めた冬美は、目頭を熱くさせながら2人に感謝の言葉を述べた。


「そうなると、夏美ちゃんとのコンビネーションにもある程度の変化をつける必要があると思うわ。だからこれを機会に、夏美ちゃんも一緒に特訓してみるというのはどうかしら?」


 薫は顎に右手を当てながらこのような提案をした。夏美もその意見に賛成だったようで無言で頷き、改めて冬美の方を振り向いた。


「冬美。あたしもお姉ちゃんとして精一杯協力するから、自身を持って」

「ありがとう、お姉ちゃん。絶対に破界の力を会得してみせるわ!」


 冬美はガッツポーズをしながら夏美に宣言をした。そしてそんな四人のやり取りを麗華達は微笑ましく眺めていた。

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