第5話 闘気の奥底の力

「やっぱり、まだ東京以外には防備が手薄な拠点もあったんだね」

「とは言っても、二ヶ月前と比べれば圧倒的に少なくなってきてるわ。いくら隊員達の錬度や連携を高めたとしても、情報戦ではまだまだ後手に回ってるし、今後は今までのようにはいかないでしょうね」


 フリールームで休憩していた真と鋭子は、昨今のMASTERの拠点制圧の難度が高くなっている現状を重く受け止めていた。それは彼らと同じテーブルを囲っている勝枝と紀子も同感だったようで、二人の会話内容に頷いていた。


「確かに、今までは全国各地の拠点を支部や大師討ちが逐一潰していってはいたけど、永田町と霞が関の時のような大規模な襲撃がいつあってもおかしくないとこまで来てるってことかもな」


 勝枝は両腕を後頭部で組んで椅子に深く腰掛けながら言った。


「勝枝ちゃんの言う通りだと思うわ。その時だって戦争に近い状態だったし、あんな大きな戦いがまた起きるって考えたら……」


 勝枝の意見に乗る形で話を引き継いだ紀子は、不安そうな表情でそうつぶやいた。


「今までも何度かその危機を感じたことはありましたが、本格的に考えるべき時に来てますね」


 真は細目で向かい側の壁に飾られている「新戦組」の看板を眺めながらつぶやいた。


「それに、今まで私達が優位に立てたのは、闘気を持った人材がMASTER側よりも豊富だったことにある。だけどMASTER側も私達と遜色ないレベルの人材がいるとなると、そうも言ってられないわね」


 手元のアイスレモンティーを啜りながら紀子はそう言った。そうこうしていると、フリールームの扉が開く音が聞こえてきた。


「やはり、こちらにいらしてたんですね」


 入ってきたのは浮かない表情をした総次だった。


「どうしたんだい総次君。何かあったのかい?」


 先程までの暗い表情を務めて明るくさせた真は穏やかな口調で話しかけた。


「いえ、実は椎名さん達に伺いたいことがありまして……」


 そう言いながら総次は真達が囲っているテーブルに近づき、開いていた椅子の一つに腰かけた。


「それは何だい?」

「夏美さん達がここに入隊した時のことです」

「どうして気になったのかしら?」


 微笑みながら紀子が尋ねた。


「先程、澤村さんと話していた時、晦冥女子大襲撃事件当時のことについて多少伺うことが出来たんですが……」

「……そうか、まだ沖田君は当時のことについて詳しく知らないのよね」


 総次の質問を聞いた鋭子は暗い口調でつぶやいた。どうやら彼女の訳知りのようだ。


「……まあ、もう話してもいいと思うから話すけど、僕からしても本当にあの時の光景は異様だったよ」

「一体何があったんですか?」

「……キャンパスの半分以上が氷で覆われていたんだよ」

「氷で……どうしてですか?」


 総次は目を丸くさせながら真に対して前のめりになった。


「結論から言えば、冬美の水の闘気の暴走が原因だよ」

「闘気の暴走って……何故そんなことが……?」

「その話をするには、冬美達の過去について話すという遠回りをしなければならないんだけど……」

「夏美さん達のご両親が、BLOOD・Kという殺し屋によって殺害されてしまったということですね?」


 不意の総次の言葉に、三人は驚いて席を立ってしまった。


「どうしてそれを?」


 紀子が両手を口に当てて驚きながら尋ねた。すると総次は先程局長室での顛末を三人に説明した。


「まさかBLOOD・KがMASTER側に属してたなんて……」


 勝枝は驚きを隠せない様子だった。


「おまけに、よりにもよって冬美達と出くわすとは……それで二人は今……」


 落ち着きを取り戻して席に着き直しながら総次に真っ先に尋ねたのは真だった。


「任務報告が終わってから海堂さんに連れられて組長室にお戻りになられました。もっとも、突然話題を振った僕にも責任があるんですが……」

「何も知らなかったんだから仕方ないよ……」


 勝枝は落ち込んでいた総次をフォローするように優しく話しかけた。


「なら話は早い。冬美自身も言ってたけど、彼女が闘気を覚醒させたきっかけは、そのBLOOD・Kとの幼少期のトラウマだよ。その時が彼女の闘気の発言で、家を丸ごと氷漬けにしてしまったんだ。異様かつ、意味不明な光景で、当時のワイドショーでも原因不明の現象が起きている、としか報道されなかったからね」

「ですが突発的に闘気を覚醒させるならともかく、そのまま暴走する例なんて聞いたことないですが……」

破界はかい……」

「……何ですって?」


 真の話を聞いていた総次に突然話しかけたのは鋭子だった。それに続けて真が話を続けた。


「総次君は破界という能力は知っているかい?」

「確か、闘気の出力や量が大幅に上昇すると言われている、一種の強化形態のことですよね? 僕も存在だけは存じてます」

「基本的に破界の覚醒の理由は、闘気を覚醒した後に、より厳しい状況での瞑想や武術訓練を行ったり、精神的な要因で突如覚醒したりと色々なんだけど、冬美の場合はかなり稀なケースで、闘気の覚醒と一緒に破界に目覚めてしまったんだよ」


 真は淡々とした表情でそう言った。


「……だとしたら当時、何も知らなかったであろう冬美さんが力を制御しきれずに暴走を起こしてしまっても、おかしいことではないですね」

「冬美の場合、暴走を起こしたきっかけは極めて強い精神的ショックなんだ。晦冥女子大の半分以上の敷地が氷に覆われたのも、襲撃で身近な友人や恩師が虐殺された状況を目の当たりにしたのが理由だったと、本人も振り返ってるよ」


 晦冥女子大で起きた事件の経緯を聞き終えた総次は絶句した。その表情は興味本位で聞いてはいけないことを聞いてしまったという申し訳なさが含まれていたからだ。


「……それで、今の冬美さんは?」

「闘気のイロハについて私達が教えたし、何より夏美ちゃんがいるから、今はもう暴走の心配はないわ」


 紀子は総次の懸念を穏やかな口調で解した。


「そもそも、冬美が任務を行う際には必ずと言っていい程夏美ちゃんとの合同任務が基本になってるのは、冬美の精神バランスの安定の為っていうのもあるんだ。暴走の危険性が無くなっても、暴発や不発の可能性は十分に考えられるからね」

「姉妹だからってだけではなかったんですね……」

「そういうことだよ。さて、僕はそろそろ隊室に戻んないといけない時間だから、これで失礼するよ」


 そう言って真は席を立って先程まで飲んでいた缶コーヒーをごみ箱に捨ててフリールームを後にした。そんな真の後ろ姿を眺めていた総次に対し、紀子が彼の隣の席についてこんなことを耳元でささやいた。


「実はね。二人が入隊した時、勝枝ちゃん以外で一番二人の面倒を見てたのは真君なの」

「そうなんですか……」

「特に冬美ちゃんに闘気を教える時に一番活躍したのも真君なの。だから冬美ちゃんが夏美ちゃん以外で心を開けるのも彼だけなのよ」

「確かに、椎名さんと一緒にいる時の冬美さんは、夏美さんと一緒にいる時と同じくらい明るいですが、その理由がやっと分かりました」


 総次は納得した様子で静かに頷いた。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


「冬美……もう大丈夫?」


 時刻は午後十時。十番隊の組長室のベッドで横になっている冬美に、横で膝をついて様子を見ていた夏美がこう話しかけた。


「うん。ごめんねお姉ちゃん。お姉ちゃんの足手纏いになっちゃって……」

「何を言ってんのよ。あなたのフォローがあったから麗美達の合流まで持ちこたえられたんでしょ?」

「でも……」


 申し訳なさそうな表情でひたすら謝り続ける冬美。そんな彼女の気持ちを察した夏美は、急に彼女の両手を取った。


「冬美。あたしにとって冬美は自慢の妹よ。私だってさっきは気が動転して一瞬動けなかったけど、そんなあたしを冬美が助けてくれた。ほんとうにありがとう」

「……お姉ちゃん……」


 冬美は瞼をウルウルさせながら夏美につぶやいた。


「でも……なんであいつがMASTERに……何で今頃になって……」


 夏美は冬美の両手を握る手にやや力を入れ、歯を食いしばりながらつぶやいた。


「私もどうしてって思ったわ。どうしてあの人がまた私達の前に……それにあの人の目……」

「あの時と一緒。パパとママを殺した時と。あいつの目が……もう何度夢に出てきたか分からないわ……‼」


 徐々に冬美の手を握る力を強めながら声に怒気を含め始めた夏美。そんな夏美の様子を見た冬美は彼女の手を握り返してこう言った。


「お姉ちゃん。今の私達は無力じゃないわ。修一さんや勝枝さんに紀子さん。そして真さんもいる。皆がいるわ」

「……そうよね。もうあたし達は無力じゃない。もうあいつにも負けない。あいつを倒さないとパパとママが浮かばれない……‼」

「私もよお姉ちゃん。あの人の好き勝手にさせたくないわ」

「冬美……」


 冬美の強い言葉に心を動かされた夏美はそう言いながら冬美の手を握っていた力を抜き、柔らかく包み込んだ。


「でも今日の感じだと、あいつに勝てるかどうか分からない……」

「……お姉ちゃん。そのことで、明日になったら私と一緒に陽炎の皆さんを集めてくれる? 皆さんにお願いしたいことがあるんだけど……」

「お願いしたいことって……何なの?」

「あのね……」


 冬美はそう言いながら右手で夏美を手招きして耳元であることをつぶやいた。

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