第4話 翼とBLOOD・K

「はぁ。何で俺達が資料室の整理の手伝いをしなけりゃならねぇんだよ」

「気持ちは分かるけど仕方がないよ、慶介。今後僕達赤狼は表の戦いにも多く駆り出される。兵法ぐらいはしっかりと勉強し直さないといけないよ……」


 MASTER本部の資料室で、兵法の復習と資料室の整理の手伝いを翼から命じられていた慶介は、同じく命じられた将也にめんどくさそうな表情で愚痴を零し始めた。


「それに、八坂もアザミも尊もそれぞれ本部から命じられた仕事で手いっぱいで、この資料整理を行えるのが同志達以外に私達しかいなかったんだから……その上、ちゃんと他の同志達だって文句言わずにやってくれてるでしょ?」


 二人と同じように資料整理をしていた瀬里奈は、脚立に跨りながら左腕に抱えていた資料を棚に一つずつ並べながら慶介を窘めた。彼女が言うように、資料室には三人の他に資料室担当官三十人と二十名の赤狼の構成員が彼らと同じように手に持った資料を棚に戻して、別の資料を引き出していた。


 とは言え慶介が文句を言うのも決して無理ないことでもある。MASTER本部の資料室の面積は二百平方メートルあり、資料室の担当官は総勢で三百人程で、日本や世界のありとあらゆる分野の資料が保管されているのだ。


 各都道府県に関する資料だけでも膨大な量になり、担当官でもなく、余程の本好きでもない普通の人間が探そうとすれば最低でも一時間はかかると言われている。


「ああ~面倒くせぇ~‼」


 慶介は面倒くささとイライラからついに手にしていた資料を床に投げつけながら叫びだした。


「ああ~もう慶介ったら、これ大事な資料なんだよ?」

「んなもん分かってるよ‼ 分かってるけどマジで面倒くせぇんだよ。本部に戻ってからこんな仕事ばっかりで、俺達は小間使いじゃねぇんだぞ‼ 翼のヤロー‼」


 将也の諫めも全く効き目が無いようだ。それどころか火に油を注ぐ結果になってしまった。慶介のそんな姿を見た将也は両手で頭を抱えてその場でうずくまってしまった。


 すると資料室の扉が開き、彼らと同じように栃木や茨城に関する資料を右腕に抱えていた御影がやってきた。


「おやおや、随分といら立ってるようだね。廊下にも聞こえてたぜ」

「御影、お前からも言ってやってくれ、このままだと慶介の癇癪に付き合わされる将也が気の毒だ」


 苦笑いしながら吞気なことをつぶやいた御影に対して、瀬里奈は脚立から降りながら呆れ顔で御影に意見した。


「まあ気持ちは分かるよ。本来こういう仕事はウチの同志達やここの担当官に任せるべき仕事だ」


 そう言いながら御影は慶介の元へ向かってきた。


「だが、今赤狼はこの手の仕事が山ほどある。いくら赤狼の総兵力が四千人以上とは言っても、これだけ多くの任務を行えば、当然手の空いている人間も限られてくる。ここの担当官も日替わりで、常時全員いる訳でもない。それだけは分かってくれ」

「御影……」


 慶介は俯きながら苦々しい表情で御影を睨みながら彼の名を呼んだ。


「一連の任務が達成されれば、俺達の悲願を達成させるための計画実行に移れる。それまでの辛抱だ」

「……分かった」


 御影の言葉を聞いた慶介は少々落ち着いたようで、面を上げて周りを見た。


「悪い、皆……」

「いいよ慶介。一緒に手を取り合って頑張っていこうよ」


 将也や赤狼の同志達はそう言いながら慶介を労った。


「ありがとう御影。あなたのおかげで助かったわ」


 その様子を離れた場所で眺めていた瀬里奈は、御影に向かって少々声を張って言った。それを聞いた御影は微笑みながら彼女に無言で頷きながら再び資料室の扉に向かって歩いていった。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


(大師様は一体どういうつもりなんだ。俺にBLOOD・Kの様子を見に行ってほしいなんて……)


 心中で愚痴りながらも、翼は帰還したばかりのBLOOD・Kの部屋に向かっていた。突然大師が「少々BLOOD・Kの行動や戦いぶりに危機感を感じるから見に行ってほしい」と頼んだからだ。

 無論、他の人間を向かわせることも可能だったが、大師曰く『人殺しに快楽を得ている人間相手に並の構成員を合わせようとすれば彼の獲物になってしまう恐れがある』らしく、本部でもBLOOD・Kに対抗出来る程の猛者でないと到底話し合いが出来ないと考え、そこで白羽の矢が立ったのが翼だった。


(山根義明といい、あんな異常者を雇うことなどしなければいいものを……)


 内心で愚痴りながらもBLOOD・Kの前に辿り着いた翼は、部屋の扉の右側の壁に付いているボタンを押して開いた。灯りをつけていない薄暗い部屋のベッドの隅にBLOOD・Kは腰かけて俯いていた。翼は彼を確認するや否や近づいて話しかけた。


「……随分と、任務中に好き勝手やったようだな」


 尋ねられたBLOOD・Kは無言で翼を見上げ、口元をニヤリと歪ませながら話始めた。


「お前がクライアントが言ってた、赤狼とかいう下部組織の人間か?」

「赤狼の幸村翼だ。それと下部組織ではなく外郭組織だ」

「仮面で顔は分からねぇが声が若いな……思ってた以上にガキだったとはな……」

「確かに俺は、お前と比較すればガキだ。だが今は、お前の戯言を聞きに来た訳ではない」

「ほぉ~。じゃ何を聞く為に俺の所へ来たんだ?」

「お前の最近の様子についてだ。今日の横浜三十二支部防衛といい、これまでに依頼した暗殺任務といい、お前はいつも血を吐きながら帰還してくるらしいな。お前には一億円の金が掛っている。簡単に死なれると迷惑だ」

「へっ。そんなことを言う為にわざわざ来たのか? だったらクライアントが自分から来いってんだよ……」

「お前のように人殺しに至上の喜びを見出している獣相手に、大師様や並の人間を迂闊に出せない。お前の餌食になるだけだからな」

「じゃあお前は大丈夫ってことか?」


 BLOOD・Kはそう言いながら翼をにやけ顔で睨む。


「少なくとも、一方的にはやられない……」


 翼は仮面を外してBLOOD・Kを睨み返しながら言った。


「ふっ……ハハハハハッ‼ 面白いガキだ」


 突然BLOOD・Kは部屋の外まで轟くような大声で笑いだした。しかし翼は怯むことなく次の質問を切り出した。


「そんなことよりさっきの質問に答えろ。以前加山様に見せられたお前の健康診断書にも、これといった持病は記載されていなかった」

「そこまで分かってんなら、理由も見当がついてんだろ?」

「……何故いつも限界を越えて闘気を引きずり出そうとする? そんなことを続ければ心臓に負担が掛かり、最悪の場合心臓破裂の危険性があるのに……」


 翼が闘気に関する蘊蓄を語り始めると、BLOOD・Kはそれを横目に部屋の灯りをつけた。すると部屋の奥に年代物のスコッチやワイン。更にはブランデーや焼酎といった酒がずらりと置かれていた。


「これは一体……」

「クライアントから依頼金を前借して買ったものだ。とは言っても、もう半分以上飲んじまったがな……」

「どういうことだ?」


 翼はウォッカの瓶を一つ手に取って眺めながら尋ねた。それはアルコール度数が桁外れに高いものだった。他の酒もそれとほぼ同じ水準のアルコール度数のものばかりで、ここまで飲み続ければ急性アルコール中毒で死ぬ可能性があるのは、翼にはすぐに分かった。


「……つまんねぇんだよ。ここ最近の殺しがよ……」

「は?」

「ここ三年、身体にガタが来たみたいでな……昔のように思い描いた殺しが出来なくなっちまったんだよ……これじゃあ長く生きててもつまんねぇ……」


 翼はBLOOD・Kの姿を改めて見た。薄暗い明りしか灯っていなかった先程は分からなかったらしいが、背中まで届く長い髪が白髪化しており、頬もこけたていた。その風貌はどことなく老人のような外見と言っても違和感が無かった。


「……出来ることなら、早いことあの世に行きたいってか?」

「ああ。だが持病のねぇ俺にとって手っ取り早い方法は、酒におぼれるか、闘気の暴走でくたばるかしかねぇ。出来るなら死ぬときは殺し合いの中で死にてぇんだよ」


 にやけながらも哀愁を漂わせ始めたBLOOD・Kだが、翼は相変わらず不審そうな表情で話を聞いていた。


「俺としては、貴様がどこでのたれ死のうか知ったことではないが、お前に払った一億円分はしっかり働いてもらうぞ」

「……分かった……」


 BLOOD・Kの返事に、少々驚きを見せる翼。


「何だ?」

「意外だっただけだ。こうもあっさりと引き受けたことが」

「へっ、一応依頼だからな……これでもプロだ」

「そうか……」


 そう言って翼は赤狼の仮面を被って部屋を後にしようとした。


「待て」


 するとBLOOD・Kは突然背を向けたばかりの翼を呼び止めた。


「何だ?」

「お前に一つ、約束してもらいたい」

「何が願いだ」

「もし、新選組モドキともう一度戦うことがあったら、ツインテールの小娘と絵本に出てくるお姫様みてぇな服を着た小娘が出てきたら、俺を出してくれ」


 BLOOD・Kの注文を聞いた翼は首を傾げて十秒程考える素振りを見せた後、改めて彼の方を見た。


「あいつらか……」

「知ってるようだな……」

「同志から話は聞いている」

「そうか……」

「それで、何故あいつらなんだ?」

「……俺が昔、依頼で殺した夫婦のガキで、あの時俺のことを随分と怯えた目で見ていてな……本来なら皆殺しにするべきだったんだが……」

「だが?」

「……勘がな、俺の勘がビンビン感じ取ったんだ。あの小娘達はいずれとんでもねぇ怪物になるってな……」

「その勘の根拠は?」

「その小娘の内の一人、まあさっき言ったお姫様みてぇな格好をしてた小娘の方がな、俺の姿を見た瞬間に家全体を氷で覆い尽くしやがったんだよ」

「あの女の水の闘気か……しかし家を氷漬けにする程とは……」

「それでピンと来たぜ。あの小娘達が俺の前に何らかの形で現れる。それもあの強大な力をモノにしてな……俺はそいつらを力諸共食らい尽してぇんだよ……」

「……一応大師様や加山様には伝えておく。だがお前が死にたがっていることに関しては伏せる。こんなことがお二方に知られればあらぬ不安を抱かせかねないからな」

「頼むぜ……」


 BLOOD・Kの歪んだ口から発せられた感謝の言葉を背にしながら、翼は部屋を後にした。

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